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私はフラグを叩き折る
5個目 父と精霊は密約を交わす
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「この子の名前はルーシーにします!」
小さな胸に精霊を抱きながら笑う娘は、光に包まれて幸せそうに笑った。精霊に承諾され、簡単な挨拶を済ませた後は池のぐるぐると走り周り、咲いていた花で冠をつくり、一緒にお茶をし、疲れてしまったのか庭で転がるとそのまま寝てしまった。娘の奔放さに苦笑しつつ、起こさないようにゆっくりと抱き上げると、安心したかのように力を抜き頬ずりしてきた。
光り輝いているのは精霊だけではない。
あまりの愛らしさに口角が上がるのを必死に抑えながら我が子を見つめていると、ふと視線を感じた。何者か探すまでもない、精霊だ。
ガビーが必死に考え『ルーシー』と名付けられた精霊は、私の目を見ながら誘導するかのように空を飛び、使用人から離れた場所へと移動した。そっとガビーを侍女に預けそこへ向かうと、頭の中に声が聞こえてきた。
『なぜガブリエラに話さなかったのかな?』
厳かにも軽やかにも、男にも女にも聞こえる不思議な声音で問うのは、疑いようもなく目の前に浮遊した精霊だった。不敬にならぬよう細心の注意をし姿勢を正しはしたものの、どう返答すべきか迷い曖昧に頷いた。
「それは精霊との契約についてでしょうか? それともあなたのことでしょうか?」
我が子の為に、精一杯の虚勢を張り笑顔を作る。
『両方ともだよ』
「あの子はまだ幼く、己の世界すらままならない子供です。当惑させるべきではないかと」
『それは君たちの理屈だね』
「守り慈しむのが親の努めと心得ています」
『なればこそ、先に説明すべきではなかったのかな? 一度契約してしまえばこうして話すことは出来るが、契約を反故には出来ない。知っていただろう?』
「ガブリエラが笑って過ごせるのであれば、何ほどのこともありません」
ガブリエラに教えた精霊との契約には、まだ語っていないことがあった。それはこの精霊についてもだ。そのことで後々に問題が起ころうと、全て解決してみせる。覚悟の上で契約するよう誘導した。それ程に、この精霊を逃したくなかったのだ。
『呆れたね。いつの日にか彼女が知れば、きっと泣いてしまうよ。嫌われるかも知れない。それでも話さないのかい?』
「秘匿すると決めましたから。あなたが伝えなかったのも、娘の為ではありませんか?」
『そうだね。精霊は契約した相手を守るし力を貸す。だけど、その力をどう使うかは彼女が決める。君たちではない』
「構いません。あなたがあの子の友でいてくださる限り、我が家はルーシー様の意向を無碍には致しません」
精霊は契約者により、その知能が変ずる。ガブリエラと契約したルーシーは、明らかに成人した者と同等以上の知性を有していた。チクりと胸に小さな痛みが走るが、己の頬を打ち振り払う。相対した精霊は、じっと私の眼を見ながら溜め息を吐いた。
『君の覚悟は理解したよ。面倒臭い話はここまでにして、我々の愛し子について語らおうか』
途端に柔らかい空気になった。緊張がほぐれた私は、ふっと軽く息を零してから笑みを浮かべた。話すことなど山ほどあるのだ。
様々な出来事を語り、誰にも言えなかった懺悔をし、最後に願いを口にする。
「精霊であるあなたに、このような事を口にする愚か者に慈悲をお与えください」
『聞くだけ聞いてあげるよ』
「ガビーはあなたをただの友だと考えています。先ほどもそうでしたが、悪戯をしたり、貴族としてあるまじき振る舞いをすることもあるでしょう」
『そうだね。誰よりも自由な子だ』
「叱責しなければならぬこともあります」
『家族の方針に口を出す気はないよ。この国の貴族として生きていくんだ。自由の対価には義務が生じる。文句はないよ』
「その上で、ルーシー様を我が家の一員として迎え入れたいと考えています。敬い奉るのでは、あの子が気にしてしまうでしょうから……」
『それは本当に彼女のためなのかな?』
ザワリと空気が揺れる。
呼吸をするのも億劫なほど重くなり、一筋の汗が背を伝った。それでもなんとか口を開けたことを自画自賛したい。
「ガビーのためです。良いことも悪いことも支え合える存在は、あの子の安らぎになります。何卒、御寛恕を」
誠意を込め頭を下げると、今度は優しい光が私を包み込んだ。ハッと顔をあげれば、顔を寄せた精霊が目に入った。
『加護とまではいかないが、君にも力を貸してあげよう。期待を裏切らないでおくれよ』
ガブリエラが起きたら、家族になったと説明しなさい。そう呟いた精霊に感謝をし、細かな打ち合わせをした。
実際のところ、精霊を叱りつけることが出来るかは自信がない。それ以前に、愛する娘を叱れるかも不明だ。必要であれば仕方ないが、そのようなことがないことを祈った。
この話から数日後には、二人まとめて叱りつけることになり、数年に渡って心の底から心配し、気苦労が積み重なることになるのだが、この時の私には想像も出来ないことだった。
小さな胸に精霊を抱きながら笑う娘は、光に包まれて幸せそうに笑った。精霊に承諾され、簡単な挨拶を済ませた後は池のぐるぐると走り周り、咲いていた花で冠をつくり、一緒にお茶をし、疲れてしまったのか庭で転がるとそのまま寝てしまった。娘の奔放さに苦笑しつつ、起こさないようにゆっくりと抱き上げると、安心したかのように力を抜き頬ずりしてきた。
光り輝いているのは精霊だけではない。
あまりの愛らしさに口角が上がるのを必死に抑えながら我が子を見つめていると、ふと視線を感じた。何者か探すまでもない、精霊だ。
ガビーが必死に考え『ルーシー』と名付けられた精霊は、私の目を見ながら誘導するかのように空を飛び、使用人から離れた場所へと移動した。そっとガビーを侍女に預けそこへ向かうと、頭の中に声が聞こえてきた。
『なぜガブリエラに話さなかったのかな?』
厳かにも軽やかにも、男にも女にも聞こえる不思議な声音で問うのは、疑いようもなく目の前に浮遊した精霊だった。不敬にならぬよう細心の注意をし姿勢を正しはしたものの、どう返答すべきか迷い曖昧に頷いた。
「それは精霊との契約についてでしょうか? それともあなたのことでしょうか?」
我が子の為に、精一杯の虚勢を張り笑顔を作る。
『両方ともだよ』
「あの子はまだ幼く、己の世界すらままならない子供です。当惑させるべきではないかと」
『それは君たちの理屈だね』
「守り慈しむのが親の努めと心得ています」
『なればこそ、先に説明すべきではなかったのかな? 一度契約してしまえばこうして話すことは出来るが、契約を反故には出来ない。知っていただろう?』
「ガブリエラが笑って過ごせるのであれば、何ほどのこともありません」
ガブリエラに教えた精霊との契約には、まだ語っていないことがあった。それはこの精霊についてもだ。そのことで後々に問題が起ころうと、全て解決してみせる。覚悟の上で契約するよう誘導した。それ程に、この精霊を逃したくなかったのだ。
『呆れたね。いつの日にか彼女が知れば、きっと泣いてしまうよ。嫌われるかも知れない。それでも話さないのかい?』
「秘匿すると決めましたから。あなたが伝えなかったのも、娘の為ではありませんか?」
『そうだね。精霊は契約した相手を守るし力を貸す。だけど、その力をどう使うかは彼女が決める。君たちではない』
「構いません。あなたがあの子の友でいてくださる限り、我が家はルーシー様の意向を無碍には致しません」
精霊は契約者により、その知能が変ずる。ガブリエラと契約したルーシーは、明らかに成人した者と同等以上の知性を有していた。チクりと胸に小さな痛みが走るが、己の頬を打ち振り払う。相対した精霊は、じっと私の眼を見ながら溜め息を吐いた。
『君の覚悟は理解したよ。面倒臭い話はここまでにして、我々の愛し子について語らおうか』
途端に柔らかい空気になった。緊張がほぐれた私は、ふっと軽く息を零してから笑みを浮かべた。話すことなど山ほどあるのだ。
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『聞くだけ聞いてあげるよ』
「ガビーはあなたをただの友だと考えています。先ほどもそうでしたが、悪戯をしたり、貴族としてあるまじき振る舞いをすることもあるでしょう」
『そうだね。誰よりも自由な子だ』
「叱責しなければならぬこともあります」
『家族の方針に口を出す気はないよ。この国の貴族として生きていくんだ。自由の対価には義務が生じる。文句はないよ』
「その上で、ルーシー様を我が家の一員として迎え入れたいと考えています。敬い奉るのでは、あの子が気にしてしまうでしょうから……」
『それは本当に彼女のためなのかな?』
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誠意を込め頭を下げると、今度は優しい光が私を包み込んだ。ハッと顔をあげれば、顔を寄せた精霊が目に入った。
『加護とまではいかないが、君にも力を貸してあげよう。期待を裏切らないでおくれよ』
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実際のところ、精霊を叱りつけることが出来るかは自信がない。それ以前に、愛する娘を叱れるかも不明だ。必要であれば仕方ないが、そのようなことがないことを祈った。
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