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アリスの記憶
しおりを挟むアリスがソファで横になると言ってから、数分と立たず穏やかな寝息が聞こえてきた。
余程疲れていたのだと思う。初めて一人でダンジョンに言って、思いもよらない事故に巻き込まれたのだから。
そんな彼女は、少し変な可愛らしいお供を連れて帰ってきた。
モフモフのその子は、眠っているアリスのお腹の上で、優雅に紅茶を嗜んでいる。
小さな手でカップを持つ姿は実に愛らしいのだが……。
「ふぅ。やっぱり食後の紅茶は沁みるね。何百年ぶりにこんなホッとした気持ちを味わったよ」
「アリスから聞いた話では、ボロボロの宝箱に入っていたみたいだけど、どうして?」
「さあね。眠っている間のことはボクにもわからないさ。深い眠りにつくと、本体の魔宝石だけが残る。それを誰かが宝箱にいれて保管していたんじゃないかな。時間が経ってボロボロになったのだと思うけど」
「それじゃ別の質問。侵略者って何なの? ダンジョンの中にのみ現れる彼らが世界に何を齎すの?」
食事の際、ミルフィが言っていたことだ。
『”侵略者”は「悪」。文字通り世界を脅かす侵略者だ』と。
それ以上は何も言わなかった。アリスが詳しく聞こうとしていたけれど、話を逸らしてしまう。
もしこの子の言うことが本当なら、私たちは世界について何も知らないのかもしれない。
「正直な話、ボクも詳しくは知らないんだ。”侵略者”から世界を守るために、ボクたちが創られた。だから、ボクには”侵略者”が『悪』だという知識しかないんだ」
「……その『悪』を退治するのが魔法少女の役目なんでしょう? アリスにそんな危険なことをさせるつもり?」
「残念ながら、これは彼女が選んだ道だ。ボクもできる限り守ると誓うよ。それでも心配なのはわかる。出来れば見守っていてあげてほしい。仲のいいお姉ちゃん、としてね」
……そんなことを言われたら、何も言えないじゃない。
アリスには内緒で、こっそり聞いた。ミルフィにはアリスの記憶や感情が筒抜けらしい。
アリスが、私のことをお姉ちゃん、だと思っていてくれていると知った時は、嬉しくて泣きだしてしまいそうだった。
姉としては、アリスにそんな危険なことをさせるわけにはいかない。
しかし、アリスがようやく進むべき道を決めることができた。あんなに晴れやかな笑顔を見たのは初めてだったから、アリスの意志を尊重したい気持ちもある。
「危険な旅になるかどうかは、これからのアリス次第だ。そう思いつめることもないさ。……それより、ボクからも少し聞いていいかな?」
「私に答えられることなら」
「それじゃ……君はアリスの『アカデミー』時代の話を聞いているのかな?」
「少しだけよ。入学してからの講義の話と、退学するまでの経緯くらいね」
アリスは頑なに「アカデミー」の頃の話をしない。
聞いても苦笑いでいつもはぐらかそうとする。
いい思い出じゃないのは分かるけど、少しくらい教えてくれてもいいと思う。
「そうなのか……。実は、彼女の記憶には少々プロテクトがかかっていてね。思い出したくない記憶を、無意識に心の奥に閉じ込めて忘れようとしているみたいなんだ」
「そんなに嫌なことがあったの? それなら、あまり話したくないのもわからなくは……」
「嫌な事、とは言い切れないかな。アリスの友人との記憶だからね」
友人? 「アカデミー」在学中、アリスに友人がいたなんて話は聞いたことがない。
あの子の性格なら、確かに一人や二人なら友人がいてもおかしくはないだろうけど。
そんなに忘れようとするなんて、酷い喧嘩でもしたのかしら。
「……喧嘩であった方が、どんなに平和だったことだろうね」
どこか含みのある言い方。
ミルフィの言動には、その記憶ではよっぽどのことがあったと察せられる。
そして、ミルフィは静かにアリスの記憶について語り始めた。
「その記憶の友人は、アリスとはとても仲がよくてね。親友と言っても過言ではない程に。ある日、一対一で魔法演習を行う講義があった。仲のいい二人はペアになって演習を始めた。その時、アリスは一度だけ――正確には二度目だけど、無自覚に”身体強化”を使ったんだ。制御できない”身体強化”では、加減することもできず、アリスはその友人に大怪我を負わせてしまった。その日以来、友人がアリスの前に姿を現すことはなかった。罪悪感に押しつぶされそうになっていたアリスは、無意識に記憶を封じ込め、自分の心を守った。いくら罵倒されようが、アリスにとっては友人を殺しかけた罪悪感に比べれば、微風みたいなものだろうね」
そんなことがあったなんて……。
私は無責任にも、アリスの傷を抉ろうとしていたのかもしれない。そう思うと、私の胸が痛んだ。
――しかし、不思議なことがある。
「……どうしてその話を私にしたの? アリスの知られたくない過去をわざわざ掘り返すようなことなのに」
「……ケイト嬢。少し調べてほしいんだ。そのアリスの友人が今どうなっているか。もしかすると、アリスの傷を癒せるかもしれないからね。アリスには……心から笑っていてほしいじゃないか」
アリスを思っての発言。そこに悪意なんて一ミリも感じられなかった。
私は心優しい使い魔さんに笑いかけ、大きく頷く。
「そうね。調べてみるわ。その子の名前を教えてくれるかしら?」
「――カスミ・スフレイン。スフレイン伯爵家の三女だそうだよ」
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