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ヘブン
しおりを挟むそのカフェは、辺境という大きな街の中にひっそりと佇む、隠れた名店。
知る人ぞ知る秘密のカフェには、魔法でもかけられているのではないかと疑うほど、人の目に触れることはない。
偶然、運よく、奇跡的に見つけるか、誰かに紹介してもらわなければ店に辿り着くことさえ不可能。
なのに、そのカフェは二十年以上も営業しているという。
故に、料理の味は言わずもがな。こだわり抜いた紅茶や珈琲、東の地で嗜まれているという緑茶についても言うに及ばず。
静かで、穏やかな極上の一時を味わうことができる最高のカフェ――「ヘブン」。
「……まさに天国、ってね」
「マスターは元冒険者、美人店員さんの素性は知れず。ケイトに教えてもらわなかったら、私も知らないままだったかもしれない。あの店を知らない人は、人生を損していると思う」
「辺境でも知っているのは、数十人ほど。この大きな街には数千という人口が集まているのにもかかわらず、だ。まさに隠れた名店。うんうん。浪漫に溢れていると思うよ。噂さえ流れないのだから、大したものだ」
そう。ミルフィの言う通り、そんな隠れた店があるのなら、噂の一つや二つあってもおかしくはない。
誰もが、その噂をもとに「ヘブン」を探そうとするはずだ。
しかし、「ヘブン」にまつわる噂なんて、辺境に来て数年で一度も聞いたことが無い。
ケイトの話では、マスターの人脈、もしくは美人店員さんの謎の力で抑え込まれているのではないかと。
確かに、そう考えるのが妥当だろう。実際、私もそう思うし。
そんなことを思っていると、いつの間にか「ヘブン」の扉の前に立っていた。
街の喧騒から離れ、音の無い世界に迷い込んでしまったかと勘違いするほどの静けさ。……いつもなら。
「今日は何だか賑やかだね。僕らの他に誰か来ているのかな」
「うーん……この時間だと、鍛冶屋街のおじいちゃんくらいしか来ないと思うけど。女の子の声が聞こえるわ」
「耳障り……というほどでもないけど、店の雰囲気を察してほしいものだね。これでは静かにパンケーキを楽しめないじゃないか。
……もしかして、門の前で遭遇したあの女じゃないだろうね?」
「そんなはずはないわ。あの四人の中でこの店のことを知っているのは、エドとシェリーだけよ。ノンノには……残念ながら誰も教えていないわ。あの子が来るとほら……」
言葉を濁しても、ミルフィはそれだけで察する。
あの子が来るとお店の雰囲気が台無しになってしまう。この店を気に入っている者ほど、誰に紹介するか慎重になっているらしい。
「となると、この声の主は、偶然見つけたか、または誰かの紹介を受けたか。ただ、気になるのは」
「一人じゃない、ってことね」
この騒ぎ立てる声の女性とは他に、もう一人静かにお茶を嗜んでいる少女の姿が、と扉の隙間から垣間見えた。
特徴的な桃色の髪の少女は、優雅にお茶とケーキを味わっている。
所作はまさに貴族のそれ。騒いでいる女性は、メイド服を着ているからその少女のお付きかしら。
貴族令嬢がこんな場所に来るなんて吃驚。
「とにかく入ってみようか。どうやら、うるさいのはあのメイドさんだけみたいだし。他にもおじいさんとかおじさんとか何人かいるけど、気にしていないみたいだから、受け入れられてはいるようだ。それに――ボクはメイドさんも大好きだからね」
「はいはい。そういうのいいから」
相変わらず、ミルフィの趣味嗜好は私には理解できない。
メイドさんなんて、ただの召使い――なんてことを言ったら、数時間のメイド談義になってしまうから、私は何も言わない考えない。
心を無にし、私は扉を開いたのだった。
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