人魚姫の王子

おりのめぐむ

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二人だけの空間

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「今日は時間に余裕があるから……」

 そう言って森谷知夏は午前中、教室にやってきた。
 俺はいつものように書くだけの課題のみに取り組んでいた。

「ねえ、どうしてこの課題しないの?」

 いつの間にか隣の席に腰を下ろし、ここ数日間無視し続けた課題を指差す。
 数学や化学のことだ。分かるわけねーだろ。
 見る気もしない課題を最初からやる気がなかった。

「わぁ~、何これ。中学の問題だよ。ふざけてる」

「え?」

「橘川くんが数学や化学が出来ないと思ってるんだ」

 怒りを露わにして課題を握り締め、何を思ったのか、

「今日はこれをやろう!!」

 だとか言い出す始末。

「お前、何言ってんだ?」

「だって悔しいじゃない? 馬鹿にされてんだよ。橘川くんはそんな人じゃないのに……」

 どうも俺に対する思い込みは日に日にエスカレートしているようだ。
 もうコイツには否定やら脅しやらは通用しない。

「分からないところは私が教えてあげるから、今日はコレ!」

 机の上の課題をすばやくすり替え、早く解けと言わんばかりだ。

「うっせぇなぁ……。分かるわけねぇだろ……」

「見もしないで思い込んでるだけなの! 早くっ」

 うざっと思いつつ、課題を見てみると言うとおりだった。
 中学の時、やった記憶のある問題。
 不思議なことにスラスラと解ける。
 想い返せば中2ぐらいまでは勉強できてた方だ。

「ほら、やっぱり! 分かってるじゃないっ!」

 嬉しそうに声を挙げ、それ見たことかと得意気。

「お前って変なヤツよな……」

 ため息交じりの言葉に反応したのか、

「変って何よ、変って。中学問題の課題を出す先生の方がよっぽど変だわ。ついでに課題を見もしないで判らないって言ってるあ・な・た、も!! それとね、ずっとずっと言おうと思ってたんだけど……」

 大きく息を吸い、呼吸を整え、まじまじと見つめる。

「お前って呼ぶの、やめてくれない? 私にはちゃんと名前があるんだから。え~と、そうね、知夏って呼び捨てでもいいわ。せめて学校で1人ぐらい名前で呼んでくれる人がいてもいいし……」

「お前、友達いね~のか?」

「失礼ね。こう見えても私は人望に厚いのよ。ただ、親しげに呼べないみたい。恐れ多いらしいのよね。……だから、お前はやめて!! 分かった?」

「女の名前なんて呼べるかよ」

「そう、じゃあ、名前で呼ぶまでは返事しないから」

 そう言いきると俺の書き込み課題をぎゅっと胸に抱きかかえた。

「おい」

 絶対に離さないといった態度で呼びかけも無視。
 仕方がないので机の上に残された課題を解くことにした。
 意外なことにどんどん進んだがある問題に躓く。
 書くだけの課題は取り上げられ、解けない問題にぶち当たった俺は先に進みようがなかった。
 掛時計の音が響き、無常にも時間だけが過ぎていく。

「おい、いい加減にしろよ」

 ちょっと凄んでみても全くの無視。
 畜生! なんて女だ!!

「おい……。……ち、……。…チ、ナツ…」

 ボソッと呟いた瞬間、よく聞こえないと耳に手を当てるジェスチャーで返される。

「知夏っ!!!」

 もうヤケクソに叫んだ。すると嬉しそうな返事で答えやがる。

「合格っ!! 今度からちゃんとそう呼んでね。まあ、幼い頃はち~ちゃんとか呼ばれてたけど、知夏の方がマシでしょ」

 からかい気味に笑った後、引っ掛かっていた問題を教えだした。
 それからお昼には弁当を取り出し、午後は再び俺の家庭教師へと徹した時間を過ごしていた。
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