人魚姫の王子

おりのめぐむ

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引き寄せる見えないモノ

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 3階フロアに辿り着いた時、知夏の降りてくる気配がないことに気づく。
 振り返ると屋上へと繋がる踊り場で立ち止まったまま。

「ねぇ、橘川くん」

 そして一段一段ゆっくりと降りながら続けた。

「……またこうやって私の話を聞いてくれる?」

 手すりに手をかけながら一段一段。

「……これからもまた一緒にお弁当を食べてくれる?」

 一歩一歩近づく知夏の顔はさっきとうって変わって沈んでいた。

「知夏……」

 不安げな表情は今にも泣きそうな感じだった。
 次の瞬間、俺は確信した。

―――離れたくない、と。

 俺は黙ったまま大きく頷くと知夏は残りの段を勢いよく駆け降りて抱きついてきた。
 気が付くと俺もぎゅっと知夏を抱きしめていた。 


 ……あの日。
 思わず抱きしめてしまった俺は自分の行動が信じられなかった。

 ただ、離れたくない―――。

 そんな気持ちが高まって訳が判らなかった。
 腕の中にいる知夏の温もりを感じ、ぎゅっと力を込めていた。
 すぐに我に返り、とっさに離れたが……。
 何だ? この感じ。知夏に対しての、この感じは……?

 もうすぐ連休にさしかかろうという4月下旬。
 日曜日以外、部活のある知夏は必ず登校していた。
 6月にコンクールがあるとかで練習するためらしい。
 知らなかったがコーラス部は県下でも優秀らしく競合揃いとか。
 入賞を狙うのが当たり前という考えのもと、部活動が行なわれている。
 だから週末だとか連休だろうが関係ない……だとさ。
 ほぼ毎日の登校で学校側もクレームがこないよう抜け目なく部活の時間を制限している。
 午前中とか午後とか短時間に絞って……の話だ。
 そこで知夏は提案してきた。

「橘川くんさえよければ、部活始まる前か終わった後にでも一緒に弁当食べてもらえないかな?」

 知夏は常に時間に追われてるといった感じだ。
 いや、少ない時間を有効活用してるのかもしれない。
 Aクラスは特別だ。成績を上位に保つため、補習もあるらしい。
 午前の授業が始まる前、午後の授業前の昼休み内小テストもその一環だ。
 おまけに7限目が実施され、そのあと部活というスケジュール。
 前まではこれに生徒会があったから忙しい理由も分かる。
 普段の学校生活で春休みのように昼を食べるのは困難。
 で、部活のみがある休日は比較的ゆとりがあるとかで半ば懇願していた。
 俺も別に休みの日は用事があるわけもなく、ただ一人でぶらぶらと過ごしてきた。
 気晴らしに弁当ぐらい付き合ったっていいだろうと。
 暇つぶしにちょっくら学校に行ってもいいだろうと。
 そこで連休中に知ることのできた様々な謎。

――知夏が弁当にこだわっていたワケ。

――劣等生扱いされている俺にこだわっていたワケ。

 頭の中のもやもやが解消され、すっきりとした出来事。
 俺の忘れていた遠い記憶を蘇らせてくれた、あの歌。
 それは例の秘密の場所から発せられた―――。
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