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懐かしのメロディー
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それは5月に入った連休だった。
時は部活終了後の昼過ぎ。場所は屋上。
座る場所は確保され、オニギリ弁当もスタンバイOK。
あとは食うぞというところで留まっていた。
突然、知夏がずっと迷っていることがあると切り出したからだ。
なんでも強引にコトを進める頑固な面のある知夏が、だ。
尋ねると部活のことらしい。
「連休明けが締め切りなんだけど……。その……」
珍しく言いにくそうで本当に困惑している様子。
「は、締め切り? 何が? はっきり言えよ」
下を向いてしばし沈黙していたがようやく口を開いた。
「6月にあるコンクールのことなんだけどね。合唱と独唱の部門があって……」
「で?」
「その……、独唱に参加を……って思ってたんだけど……」
知夏は遠慮がちに小さなため息を一つ。
「……代表者は一人なの」
「それがどうした?」
「実はこの出場が音大への推薦枠の一つになってるのね。それで部長が目指しているの。私は音大には行けないから推薦は必要ないんだけど……、出たいの。どうしても」
「何でだ?」
「ずっと歌いたかった曲があるの。……それにある人にも会えるかもしれないし……」
「……へえ」
俺は横で座っている知夏の表情に小さな期待があるのを感じた。
それに出場することによって何かの糸口を見いだせるかのような。
「どんな歌だ?」
あえて核心に触れず、ちらっと知夏を見る。
「聴きたい?」
そう言って知夏は少し照れながらスッと立ち上がると深呼吸をした。
俺は横で座ったまま、アスファルトの壁にもたれていた。
サワサワといい風が吹いたと思うとそれに合わせて知夏の声が流れ始めた。
最初は静かで優しく穏やかに―――。
それがだんだんと透き通って染み入るようなメロディーへと変わる。
聴いているうちに知夏の声が深々と入り込んできていつの間にか目を閉じていた。
頭の奥で何かが刺激され、ある光景が浮かんできた。
……小さな、女の子だ。
両耳の上で真っ赤なリボンをつけて結んでいる女の子。
……そいつがパクパクと口を開いて……、歌っている……?
そしてそいつの目の前で男の子がちょこんと座って聴いている……?
やがて後方から優しげな女性の声が響く。
『ちーちゃん、お歌上手ね』と―――。
「……ちー、ちゃん?」
思わず口に出していた。
その言葉に反応したかのように知夏の旋律が途絶える。
「……もしかして、思い出してくれたの?」
知夏は驚いた顔で俺の横にしゃがみ込む。
「えっ?」
俺はぼんやりとしたままで訳が分からなかった。
髪を二つに結んだ知夏の顔が目の前にある。
頭の奥底で甦ったおぼろげな記憶の真っ赤なリボンの女の子。
カメラのファインダー越しの様に次々といろんな光景が頭に浮かぶ。
――泣いている女の子。
――形がいびつなオニギリ。
――手をつないでいる女の子と男の子。
――綺麗な砂浜。
女の子の歌を聴いている男の子は……幼き日の、俺?
”ちーちゃん”と声をかけた女性は……、死んだ母親?
そして、一生懸命歌ってた女の子は…もしかして……?
「……知夏、なのか?」
息を止めて確かめる。
「”ちーちゃん”、って……、真っ赤な、リボンの、女の子は……?」
「……ヒ、ヒロくん!」
和らいだ表情の知夏の瞳に涙が浮かびあがった。
次の瞬間、知夏は俺の首に手を回して抱きつき、肩で泣いていた……。
時は部活終了後の昼過ぎ。場所は屋上。
座る場所は確保され、オニギリ弁当もスタンバイOK。
あとは食うぞというところで留まっていた。
突然、知夏がずっと迷っていることがあると切り出したからだ。
なんでも強引にコトを進める頑固な面のある知夏が、だ。
尋ねると部活のことらしい。
「連休明けが締め切りなんだけど……。その……」
珍しく言いにくそうで本当に困惑している様子。
「は、締め切り? 何が? はっきり言えよ」
下を向いてしばし沈黙していたがようやく口を開いた。
「6月にあるコンクールのことなんだけどね。合唱と独唱の部門があって……」
「で?」
「その……、独唱に参加を……って思ってたんだけど……」
知夏は遠慮がちに小さなため息を一つ。
「……代表者は一人なの」
「それがどうした?」
「実はこの出場が音大への推薦枠の一つになってるのね。それで部長が目指しているの。私は音大には行けないから推薦は必要ないんだけど……、出たいの。どうしても」
「何でだ?」
「ずっと歌いたかった曲があるの。……それにある人にも会えるかもしれないし……」
「……へえ」
俺は横で座っている知夏の表情に小さな期待があるのを感じた。
それに出場することによって何かの糸口を見いだせるかのような。
「どんな歌だ?」
あえて核心に触れず、ちらっと知夏を見る。
「聴きたい?」
そう言って知夏は少し照れながらスッと立ち上がると深呼吸をした。
俺は横で座ったまま、アスファルトの壁にもたれていた。
サワサワといい風が吹いたと思うとそれに合わせて知夏の声が流れ始めた。
最初は静かで優しく穏やかに―――。
それがだんだんと透き通って染み入るようなメロディーへと変わる。
聴いているうちに知夏の声が深々と入り込んできていつの間にか目を閉じていた。
頭の奥で何かが刺激され、ある光景が浮かんできた。
……小さな、女の子だ。
両耳の上で真っ赤なリボンをつけて結んでいる女の子。
……そいつがパクパクと口を開いて……、歌っている……?
そしてそいつの目の前で男の子がちょこんと座って聴いている……?
やがて後方から優しげな女性の声が響く。
『ちーちゃん、お歌上手ね』と―――。
「……ちー、ちゃん?」
思わず口に出していた。
その言葉に反応したかのように知夏の旋律が途絶える。
「……もしかして、思い出してくれたの?」
知夏は驚いた顔で俺の横にしゃがみ込む。
「えっ?」
俺はぼんやりとしたままで訳が分からなかった。
髪を二つに結んだ知夏の顔が目の前にある。
頭の奥底で甦ったおぼろげな記憶の真っ赤なリボンの女の子。
カメラのファインダー越しの様に次々といろんな光景が頭に浮かぶ。
――泣いている女の子。
――形がいびつなオニギリ。
――手をつないでいる女の子と男の子。
――綺麗な砂浜。
女の子の歌を聴いている男の子は……幼き日の、俺?
”ちーちゃん”と声をかけた女性は……、死んだ母親?
そして、一生懸命歌ってた女の子は…もしかして……?
「……知夏、なのか?」
息を止めて確かめる。
「”ちーちゃん”、って……、真っ赤な、リボンの、女の子は……?」
「……ヒ、ヒロくん!」
和らいだ表情の知夏の瞳に涙が浮かびあがった。
次の瞬間、知夏は俺の首に手を回して抱きつき、肩で泣いていた……。
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