人魚姫の王子

おりのめぐむ

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さよならの景色

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 別れは突然やってきた。
 もうすぐ幼稚園が夏休みに入ろうとしていた時のこと。
 それまで本当に楽しい日々だった。
 毎日のように知夏は俺の家に遊びに来て母親とともにおやつを作ったり、『はいっ』と嬉しそうに母親から教わったおにぎりを得意げに差し出したりもした。
 他にも俺の前で大好きな歌を披露したりといろいろだ。
 夢のような時間だったと思う。
 そんなある日、知夏は泣きながら俺に訴えた。
 父親が突然いなくなったと。
 そのせいで幼稚園を辞めなければならなくなり、俺とも遊べなくなると泣きじゃくった。
 だけどどうしようもない事とも分かっていたらしい。
 俺はただただ戸惑うばかりだった。
 そうする内にどんどん別れの日は近づく。
 俺は幼い自分が悔しかった。

 "もっと大きかったらちーちゃんと別れなくてすむのに……"と。

 やがて引っ越しの前日。
 俺は知夏を引っ張ってとある場所へ向かっていた。

 ”お父さん、海にね、連れて行ってくれるって約束してたのに……”

 引越が決まってから知夏はずっとこの言葉を言い続けていた。
 それがもう叶わないことだと分かっていても、だ。
 俺は最後だと思い、決意した。
 知夏と知夏の父親が約束していたことを果たすために。
 道も場所も分からない目的地へと園児2人が歩いて。
 見知らぬ風景にかなりの不安があったと思う。
 だけど、行かずにはいられなかった。
 日が傾き、お腹も空いていたがただ歩き続けた。
 ついに日が落ち、まん丸の月が現れた頃、砂浜にたどり着いた。
 月明かりに照らされた砂浜はきらきらと輝いていて打ち寄せる波が潮の匂いを運んでいた。
 疲れていたことを忘れて、俺らは波打ち際へと走っていた。
 その頃、大人たちの間で行方不明と騒ぎになっていたらしく、すぐに俺たちは保護された。

 ……それっきり、会っていなかった。

 幼き日の約4ヶ月間の日々。
 今になって思い出した。
 そしてはっきりと確信できる。

―――俺はその頃、知夏が好きだったってことが……。
―――早く大人になりたいと願っていたことが……。

 ……そんな記憶もすっかり無くしていた。

 母親が死んでから俺の歯車が狂い始めたのだ。
 度重なる父親の再婚で何もかもが信じられず、毎日が苦痛の日々へと変化した。

 そして今日の俺が存在する―――。
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