人魚姫の王子

おりのめぐむ

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偽りの王子様

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「……私ね、あの頃、ヒロくんの事、王子様だって思ってた」

 少し照れながらすっきりとした顔の知夏。

「お弁当のコトだって、海のコトだってね、いつも困った時にスッと現れて助けてくれる王子様だって……。だけどあの日以来、引き裂かれたような別れ方をしたから悔しくて、絶対もう一度ヒロくんに会うんだって思ってた」

 知夏は俺の横に座り直した。

「何とか一般入試でこの高校に合格してヒロくんを見つけた。……でもあの頃のヒロくんとは随分と変わってた。クラスは違うし、悪い噂だけしか伝わってこなかったけど、私は今のヒロくんは本当はみんなの言うような人じゃないって信じてた。だけど何の接点も無いまま高2の終わりを迎えてあの出来事が起こったの。他校の生徒に絡まれて困っている時にヒロくんが現れたんだよ」

 目をぱあっと輝かせて知夏は嬉しそうに声を上げる。

「やっぱりヒロくんは王子様なんだって!! ……笑っちゃうでしょ? でもそう思わずにはいられなかった。また助けてくれたって」

 俺は何も言えず、ただ聞いていた。

「私のことを覚えてなかったみたいだったけど、やっと接点が出来て嬉しかった。進級で困っているのを知って今度は私が助ける番だと思ったわ。あの頃にヒロくんがしてくれたように今度はって」

 知夏が半ば強引にコトを進めていた根拠はここにあった。
 あの時の俺は訳も解らず困惑し、だけど嫌じゃなかった。

「接しているうちに変わってない、”あの頃のままのヒロくんがいる”って判った。そして今、私のことを思い出してくれたヒロくんがここにいるって!」

 知夏はホッと一息つくと広げた弁当のおにぎりをそっと握り締める。

「私は感謝してもしきれないぐらいヒロくんに感謝してる。ヒロくんのおかげで今の私がいるんだもん。本当にありがとう」

 握ったおにぎりを笑顔で差し出す。

「……俺はそんな良いヤツじゃない」

 俺は吐き捨てるように返す。一瞬、知夏の顔がこわばる。

「……どうしてそんな嘘をつくの?」

「嘘?」

「そうだよ。ヒロくんは本当の自分を偽ってる」

「何?」

「何かから逃げるかのように、今の自分を偽ってる!」

 頭の中でピシッと何かが砕ける感じがした。それを確認することができなかったが。

「違う!」

 とっさに立ち上がり、否定。

「違わないよ」

 知夏も負けじと立ち上がる。

「ヒロくんは何かに反発して、何かから逃げてるだけだよ!」

 知夏の言葉が次々と胸に突き刺さる。

「違う! 今の俺が本当の俺なんだ!!」

 ただ声を荒げて否定し、その場を去ろうとした。

「そうやって誤魔化しても私は本当のヒロくんを知ってるよ。を持った橘川弘樹くんを!!」

 一瞬、立ち止まったが振り切る形で足を進めた。

「私、また明日。ここで待ってるから!! 待ってるからね!!」

 背後にその声を聞きながら俺は階段を降り始めていた。
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