人魚姫の王子

おりのめぐむ

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悪夢のコンクール

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 いよいよコンクールも明日となった6月半ば。
 空を見上げると薄暗く、時折雨が降り続いていた。
 季節はすっかり梅雨入りしてしまったんだなと思わせる。
 ジメジメとした空気を肌で感じ、不快感さえおぼえる。
 だけどそんなことを吹き飛ばすかのように知夏の声は絶好調だった。
 屋上で会えるのも最後となった先週末、どんよりした雲を振り払うかのように歌声を響かせた。

「来週の土日はコンクールだし、部活も引退でここで会うのも今日が最後」

 秘密の場所で思い出の地となった屋上にお別れと精一杯の声を届けていた。

「ここで練習した気持ちをそのまま本番で発揮しろよ。今日で最後になるこの場所だけどこれからは2人しか知らない思い出の地となると思えば励みになる、だろ?」

 俺たちはコンクール終了後のこれから会う場所は図書館と約束していた。

「そうだね。ありがとう、ヒロくん」

 それからあっという間だった。
 明日の1日目は合唱の部。そして2日目が独唱の部という編成。
 俺は知夏に内緒で独唱の部の日にこっそり会場に行こうと決めていた。
 それまでは家で勉強に取り組もうと意気込んでいた。


 土曜日。知夏にとってコンクール1日目。午後4時過ぎ。
 机の上にあった俺の携帯が鳴り響く。
 出てみると興奮気味の知夏から。

「ヒロくん? 合唱の部、金賞取ったの!!」

「……電話して大丈夫なのか?」

 初めてかかってきた電話に驚きながらも心配した。

「あっ、ちょっとだけなら平気。こっそり抜け出してきちゃったの。あまりにも嬉しくてヒロくんに早く知らせたかったの」

「そうか。その調子で明日も頑張れよ」

「うん。ありがとう。ホント言うと今日金賞取っちゃったから怖気づいてたの。でもヒロくんの声を聞いて安心した。明日頑張れそう。それじゃあね」

「ああ。またな」

 短い会話だったが俺も知夏の声を聞き、さらに勉強がはかどった。

 そしてコンクール2日目。独唱の部。
 知夏にとって堂々と親父に会える日。
 俺は薄暗い天候の中、バスで会場へと向かった。
 会場は各高校の制服がごった返していて人の入りも多い。
 パンフレットをもらい、知夏の順番を確認すると7番目。
 コンクールは既に始まっていて、ステージの前方に1人が立って歌っていた。
 その目前に審査員席が設けられ、あの中に知夏の父親がいる。
 ドキドキしながら知夏の登場を待つ。
 あと1人と、そいつが歌い終わるのが待ち遠しかった。
 いよいよ知夏の番。
 そう思ってたのにステージに現れたのは何と合唱部の部長だ。
 そこですかさずアナウンスが流れる。

「本日出場予定だった森谷千夏さんが急病のため、原田幸子さんに変更しております」

 ……知夏が急病?!
 昨日の電話ではあんなに元気だった、のに?!
 信じられなくて見慣れた制服を探し出し、合唱部の連中を捕まえた。

「おい、森谷知夏はどうしたんだよ!」

 後輩だと思う合唱部の3人組に問いただす。
 俺の剣幕にビックリしながらもおずおずと話し出した。

「あの……、ご家族の方がみえてまして……。パンフレットをご覧になった途端、顔色を変えて、その……連れて行かれました」

 手に持っていたパンフレットを見てピンとくる。
 父親の名前を見つけた家族は会わせまいと無理矢理連れて帰ったんだと。
 何てこった! 知夏はショックだったに違いない。
 目前に親父がいるのに結局会うことさえ許されないとは!

 やがて夕刻を向かえ、コンクール終了となった。
 結果発表後は撤収とばかりに退場したり、片付けたりと一時は騒がしかったが、それもほんのひと時であっという間にひと気が無くなった。
 残念ながら俺の学校は賞を取る事が出来ず、いつの間にか姿を消していた。
 やりきれない気持ちで客席を後にしたが、会場の裏口に足を向けていた。
 室内に居たときには気づかなかったが、外ではざあざあと雨が降っていた。
 降りしきる雨の中、裏口のドアが開き、傘を差し向けた男と共に杖を付いた男が出てきた。
 そこにはタクシーが横付けされ、乗り込もうとしていた。
 俺はとっさに走り出し、そのタクシーに近づいた。
 半開きのドアに向かって俺は叫ぶ。

「知夏はあんたにすごく会いたがっていたんだ!!」

 アスファルトに反射する音に負けじと必死だった。
 ドアが閉じられ、傘を差した男も反対側からタクシーに乗り込む。
 車は少し動いたかと思ったら俺のそばに近づき、窓ガラスがスッと開いた。
 くせのある少し長めの髪をした男が顔を覗かせる。
 面影がどことなく知夏に似ていた。すぐに知夏の父親だと思った。

「……知夏は今日あんたと会うのをずっと心待ちにしていたんだ。このコンクールにあんたが来ることを知って会うために一生懸命練習していたんだ!」

 空からの圧迫に抵抗しながら俺はただただ知夏の気持ちを伝えたかった。
 ただそれだけを伝えたかった。

「君は……?」

 知夏の父親がそう問いかけたので答えようとした時、

「先生、お時間の方が……」

 傘を差していた秘書らしき男が切羽詰った様子で釘を刺す。

「すまない。知夏によろしくと伝えてくれ」

 父親はそう言いながら窓から俺に傘を手渡した。
 受け取った途端、タクシーは足早にその場を去っていった。
 空からはもっともっと激しい雨が降り続いていた。


 相変わらず雨の降り続く翌日。
 あんなに親父に会うのを楽しみにしていたというのに会うことさえ否定された知夏。
 知夏の気持ちを考えると何て言ったらいいのか分からなかった。
 重い気持ちのまま、自分の靴箱を開けるとそこにはいつもあるノートが無かった。
 勉強どころじゃないよな……と知夏のショックの大きさを感じた。

 時間は刻々と過ぎていった。あっという間に昼休みだ。
 朝から降ったり止んだりを繰り返した雨で少し肌寒い感じがした。
 いつもなら知夏と会えない時間など気にしないのに今日は何か違った。
 会ったからといって何も出来る訳じゃないのだが1日が物足りなく感じた。
 いつもなら感じる安心感が何故だか不安感へと変わっているような。
 湧き上がってくる焦燥を抑えながらいつもの生活をかき乱してはダメだと言い聞かせながら今日という日を終えた。
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