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一筋の可能性
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来週からは夏休みだ。時間が無い。だけど伝えられない。
苛立ちと焦りを抱えながら週の半ば、水曜日になった。
今学期最後の美術の授業。それは1学期を振り返るという名目だった。
4月に鉛筆デッサンした相手を描くことでどれだけ上達したかを実感するためと行なわれ、俺はまた橋本とペアを組む。
スケッチブックを境にチラチラと俺を見ながら橋本は鉛筆をさっと走らせていた。
「あら、橘川くん、そんな顔してるかしら?」
橋本の絵を覗き込んだ美術のババアがそう呟く。
それがすごく気になり、すぐさまスケッチブックを取り上げた。
白い画用紙に精密に描かれた鉛筆の軌跡。
力強さと繊細さを使い分け、その人物を浮き上がらせていた鉛筆画。
俺は愕然とした。橋本の描いたその顔は焦りに満ちていた。
普段はそういった様子を見せないよう、ポーカーフェイスを装ってたというのに。
橋本の画力は勿論のこと、洞察力の感性にも驚かされる。
「橘川くん、そんな顔じゃないって怒らないこと!」
ババアに釘を刺され、スケッチブックを奪い返された。
俺は続きを描く振りをしながら新たな決意を宿す。
美術のババアが遠くに離れたことを見計らって橋本に言った。
「橋本、頼む。これを知夏、……いや森谷に渡してくれ!」
それは図書館で見つけたポスター。
きっかけがあればとずっと内ポケットに小さく折りたたんでいた。
握り締めた後や折り癖が付いてすっかりぼろぼろになっていた紙。
知夏に父親のことだけでも知らせたかった。
そして会わせてやりたいと島へ渡るチケットを挟み込んでいた。
今の現状では俺との関わりでせっかくのチャンスを逃してしまう。
俺が退けば知夏に対する今の監視体制も少しは緩むだろうと考えた。
心の奥底を見抜く橋本なら分かってくれるだろうと必死だった。
最後のチャンス、藁をもすがる気持ちで懇願した。
橋本もじっと俺を見、コクンと頷いてそれを受け取るとポケットにしまった。
あとは知夏にきちんと伝わるのを願いつつ、もう無茶な行動を取ることを止めた。
翌日、相変わらずの行動を強制されつつ、教室へと向かった。
SHRが始まるまでの間、机にうつ伏せていたら人の気配がした。
顔を上げるとそこには何か言いたげな橋本の姿がある。
「わ、渡してくれたのか?」
高まる気持ちを抑えながら橋本を見つめる。
橋本はコクンと頷くと同時に担任が教室に入って来た。
担任は不審そうにこっちを見たがそれももういい。
知夏にあのことさえ通じればもうそれだけでいい。
「ありがとう。橋本」
席に戻ろうとしていた橋本に精一杯の感謝の気持ちを込めてお礼を言った。
「何をやってるんだ?」
一度立ち止まった橋本は担任の声に驚いて慌てて席に着いた。
「別に、何にも」
知夏の願いさえ叶えばいい。それだけを思いながらとぼけ続けていた。
それなのにあまりにもしつこく詮索するから思わず担任を突き飛ばしてしまった。
その光景をたまたま生活指導の野郎に見られ、再び停学の続きをくらうことになった。
まあ、停学が解けること自体気に食わなかった奴等だから簡単にコトを持ち込んだのだろう。
その方が清々すると大人しく処分を受けた。
これで知夏に対する制限が俺を制限することによって確実に緩むだろうからと。
そんな風にしてあっという間に終業式を迎えた。
明日から夏休みだが進路決定までの道のりの長い高3には浮かれる暇は無い。
就職組は秋からの就職試験で求人票を選別し、履歴書を書き上げるという準備期間。
進学組はここからが勝負の分かれ目、気合を入れるべきと補習や模試などの期間。
当然、Aクラスは毎日のように学校に通うことになるだろうが。
音楽祭は幸いにして日曜日。朝一の船に乗れば午後の音楽祭には十分間に合う。
上手い具合に知夏が会えるといいなと思いつつ、家での日々を過ごしていた。
苛立ちと焦りを抱えながら週の半ば、水曜日になった。
今学期最後の美術の授業。それは1学期を振り返るという名目だった。
4月に鉛筆デッサンした相手を描くことでどれだけ上達したかを実感するためと行なわれ、俺はまた橋本とペアを組む。
スケッチブックを境にチラチラと俺を見ながら橋本は鉛筆をさっと走らせていた。
「あら、橘川くん、そんな顔してるかしら?」
橋本の絵を覗き込んだ美術のババアがそう呟く。
それがすごく気になり、すぐさまスケッチブックを取り上げた。
白い画用紙に精密に描かれた鉛筆の軌跡。
力強さと繊細さを使い分け、その人物を浮き上がらせていた鉛筆画。
俺は愕然とした。橋本の描いたその顔は焦りに満ちていた。
普段はそういった様子を見せないよう、ポーカーフェイスを装ってたというのに。
橋本の画力は勿論のこと、洞察力の感性にも驚かされる。
「橘川くん、そんな顔じゃないって怒らないこと!」
ババアに釘を刺され、スケッチブックを奪い返された。
俺は続きを描く振りをしながら新たな決意を宿す。
美術のババアが遠くに離れたことを見計らって橋本に言った。
「橋本、頼む。これを知夏、……いや森谷に渡してくれ!」
それは図書館で見つけたポスター。
きっかけがあればとずっと内ポケットに小さく折りたたんでいた。
握り締めた後や折り癖が付いてすっかりぼろぼろになっていた紙。
知夏に父親のことだけでも知らせたかった。
そして会わせてやりたいと島へ渡るチケットを挟み込んでいた。
今の現状では俺との関わりでせっかくのチャンスを逃してしまう。
俺が退けば知夏に対する今の監視体制も少しは緩むだろうと考えた。
心の奥底を見抜く橋本なら分かってくれるだろうと必死だった。
最後のチャンス、藁をもすがる気持ちで懇願した。
橋本もじっと俺を見、コクンと頷いてそれを受け取るとポケットにしまった。
あとは知夏にきちんと伝わるのを願いつつ、もう無茶な行動を取ることを止めた。
翌日、相変わらずの行動を強制されつつ、教室へと向かった。
SHRが始まるまでの間、机にうつ伏せていたら人の気配がした。
顔を上げるとそこには何か言いたげな橋本の姿がある。
「わ、渡してくれたのか?」
高まる気持ちを抑えながら橋本を見つめる。
橋本はコクンと頷くと同時に担任が教室に入って来た。
担任は不審そうにこっちを見たがそれももういい。
知夏にあのことさえ通じればもうそれだけでいい。
「ありがとう。橋本」
席に戻ろうとしていた橋本に精一杯の感謝の気持ちを込めてお礼を言った。
「何をやってるんだ?」
一度立ち止まった橋本は担任の声に驚いて慌てて席に着いた。
「別に、何にも」
知夏の願いさえ叶えばいい。それだけを思いながらとぼけ続けていた。
それなのにあまりにもしつこく詮索するから思わず担任を突き飛ばしてしまった。
その光景をたまたま生活指導の野郎に見られ、再び停学の続きをくらうことになった。
まあ、停学が解けること自体気に食わなかった奴等だから簡単にコトを持ち込んだのだろう。
その方が清々すると大人しく処分を受けた。
これで知夏に対する制限が俺を制限することによって確実に緩むだろうからと。
そんな風にしてあっという間に終業式を迎えた。
明日から夏休みだが進路決定までの道のりの長い高3には浮かれる暇は無い。
就職組は秋からの就職試験で求人票を選別し、履歴書を書き上げるという準備期間。
進学組はここからが勝負の分かれ目、気合を入れるべきと補習や模試などの期間。
当然、Aクラスは毎日のように学校に通うことになるだろうが。
音楽祭は幸いにして日曜日。朝一の船に乗れば午後の音楽祭には十分間に合う。
上手い具合に知夏が会えるといいなと思いつつ、家での日々を過ごしていた。
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