人魚姫の王子

おりのめぐむ

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誓いの海辺

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 ほとんど薄暗い雲に覆われて梅雨再び到来を思わせるような曇り空。
 その切れ間切れ間にでも姿を現そうとしている月がほんのり道を照らしていた。
 俺は走っていた。少しでも早くあの場所に近づこうと必死で走っていた。
 知夏がいると思える場所。
 それはあの海に違いないと。
 何故か分からないがそこだと直感し、走っていた。
 大きな雲がすっかり月を隠し、街頭の明かりを頼りに真っ暗な道を走る。
 走っても走っても目的地へは簡単にたどり着けない。
 こんな長い道のりをあの日知夏はどんな気持ちで通ったのだろうか?
 ふと父親へ会えなかったあの出来事を思い出し、再度そうならないことを願っていた。
 明日を目前とした再会の日。
 それだけを叶えたいために精一杯やったつもりだ。
 それなのに、何故? 昨日から姿を消すことになったんだ?
 息苦しさを誤魔化しながらただただ足を進めていた。
 その場所に近づくにつれて絶対に居ると確信すら覚えてきた。
 やがて真っ暗闇の中で波の音が響いてきた。
 街頭も無ければ月明かりも無い。
 聴こえてくる音だけがああ、やっとたどり着いたんだなと実感する。

 暗さに目も慣れた頃、寄せては返す波打ち際を確認できた。
 今は海水浴シーズンで昼間は賑わってるに違いない海。
 なのにここ最近の天気の悪さからか? そんなに人の訪れを感じさせない海。
 静かでまるで人の気配すら感じることの無い海。
 真っ暗な中、ざくざくと砂浜を歩くと転びそうになる。
 砂の埋まる感じが足を奪われてしまいそうだ。
 それでも俺は必死に宝物を探す。
 暗闇の中でも輝きを失わない、知夏という宝を……。

 居た! と思った時には走り出していた。
 砂に縺れそうになりながらもひっそりと座り込んでいる知夏に近づくために。

「知夏!!」

 声に反応し立ち上がろうとしている知夏に抱きつく。

「お前、何やってんだよ!」

 腕の中に居ることを確認しながら少し怒り気味に言う。

「もう、家には戻らない……!」

 意外な答えに驚きながら知夏を離し、両肩を掴み、真っ暗の中、顔を見つめた。

「どういうことだ?」

 知夏は泣き崩れながら再び俺の胸へと飛びついてきた。
 そしていきさつを淡々と話し始めていた。
 俺は憤りを感じた。
 どうやら昨日知夏の家族が、秘密にしていた音楽祭の情報を見つけ出し、目の前で焼却したらしい。
 それをきっかけにこれまでのいろんな蓄積も含め、家族が信じられなくなって飛び出してしまったようだ。

「私、いつまでも子供じゃないって言ったの。自分で何でも判断できる年頃になってるって。だけど聞く耳持たずだった。このままだと私は言いなりの人形になってしまうって思った」

 知夏も俺と同じように見えない何かで縛り付けられていると感じた。
 このまま決められた自分たちのまま、ずるずると生きていていいのだろうか?
 確かに未成年、という障害はある。だけど幼児とは違うんだ。
 この一件でぼんやりと蘇った幼き日の思い出。
 早く大人になりたかった小さい頃の俺。
 何故あの頃あんなに早く大人になりたがっていたのだろう?
 そう、多分、自由な人間になりたかったんだろう。
 親から縛り付けられることのない、大人に。

「なあ、知夏。何もかも捨てて俺と行かないか?」

 いつの間にかそう口に出していた。

「俺は知夏とずっと居たいと思う」

 アマちゃんだと思えるが、知夏さえ居れば何でも出来ると信じられる。

「俺、たいしたヤツじゃないけど、知夏をずっと守りたい」

 この気持ちは本物だと伝えずにいられなかった。

「知夏さえ居れば他に何もいらない」

 知夏は黙っていた。暗闇の中どんな顔をしているのか分からなかった。
 突然こんなことを言われて戸惑っているに違いない。
 時間が経つにつれ、不安が襲ってくる。
 バカなこと言ってしまったのかな?
 そう思い直していると突然、

「……ねえ、それってプロポーズって思っていいの?」

 泣いていたはずの知夏が少し照れたような声を漏らした。

「だったら私はヒロくんとどこでも付いて行く」

「知夏?」

「私もヒロくんしかいらない!」

 分厚い雲のほんの少しの切れ間からちらりと月が姿を見せた。
 俺たちはこんな手段とはいえ、2人で生きていこうと月に誓う。 


―――2人で生きていこう。
 そう決めたのもつかの間、何をどうするか考えていなかった。
 ただ、頭にあったのは明日にしか出来ないこと。
 それは知夏の父親に会いに行くこと。
 これを逃したら今度はいつになるか分からない。
 とりあえず親父に会わせることが先決だと思った。
 もし万が一、知夏が父親と暮らしたいとなればそれでもいい。
 俺が働きながらでもそばに居たっていいやと。
 その父親がアイツ等みたいな大人だったら知夏と去ってやる。
 とにかく知夏の願いは全て叶えてやりたい。
 知夏と居ることさえ出来れば何でも。
 これから先のことなんて分からない。
 どんな困難が待ち受けていようとも乗り越えてみせる。
 ただ知夏と居れればいい、……それだけだった。
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