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離れた手と手
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荒れ狂った海は弱まるどころか勢力を増して猛威を振るっていた。
薄っぺらな椅子が濡れて掴まっている手を滑らせようとも必死で支えていた。
どんなことがあっても腕の中にいる知夏を離してはいけない。
その思いしかなかった。知夏を守ること、それだけだ。
知夏も俺を必死で抱きしめていた。それだけが励みだった。
もうこうなってくると周囲を見回す余裕が無くなっていた。
ただ悲鳴と強風と波しぶきとモノの壊れる音が響き渡る。
目なんて開けていられない、ただ必死に耐えるのみだ。
再び大きな揺れが訪れた時、今まで踏ん張っていた椅子がバキッと音を立てた。
それと同時に掴まっていた俺たちはバランスを失い、重力に従って身体が奪われた。
思い切り背中を壁にぶつけ、その衝撃で抱きしめていた手が緩んでしまった。
次の瞬間、反対側に揺れ、緩んだ手からするりと知夏が離れていく。
「ヒロくーーん」
知夏の叫び声が響き、見にくい視界の中、姿を探す。
在ったはずのドアがいつのまにか無くなっていて吹きさらしの状態に変わり、掴まるものも無く、激しい揺れで知 夏はずるずると船外へと呑み込まれていた。
「知夏―――!!!」
必死に身体を支えながら知夏の方へ近づこうとした。
かろうじて残っている椅子を使って何とかドアの辺りに近づくとデッキの壁に掴まっている知夏の姿があった。
「知夏!!」
割れたガラス窓枠とドアの壁を支えに知夏の方へ必死に手を差し伸べた。
何度も手が触れるか触れないかのところで揺れが生じ、その度にバランスを崩さないように構えた。
知夏も必死に耐えていたがだんだんと伸ばす手の力が無くなっているようだ。
家を出てから徐々に体力を消耗していたのだから当たり前だ。
早く船内に連れ戻し、俺が支えてやりたい。
こんなところで死んでたまるか!
俺は奮起し、渾身の力を振り絞って手を伸ばした。
ぐいと捕まえた感触があった。
ようやく握られた手、離してなるものか!
相変わらず揺れる船に舞い上がる波しぶき。
負けじと掴んだ手の力を緩めることはない。
自分の方へと引き寄せるのみだ。
知夏の方も片手から両手を俺の左腕に移そうとしていた。
あと少し、もう少しで知夏をそばに引き寄せられる!!
そう思ったのもつかの間、後部に激痛が走った。
どこから飛んできたのか何が当たったのか分からぬまま、ガツンとした衝撃。
あっと思ったときには遅かった。
離さないと誓った手が緩み、薄れ行く視界の中で知夏の姿が消えていた。
「知夏、知夏、知夏―――!!」
声にならない叫びがリフレインして意識を失っていた。
気がついた時はほっぺたを軽く叩かれる感触。
「良かった。意識はあるのね」
ぼんやりとした視界の中、髪の短い女の顔が映る。
「もう大丈夫よ。すぐに病院に運ぶから安心して」
しっかりとした声で女は微笑みかけた。
身体が重く、頭や背中が痛い。
朦朧としつつある意識の中、瞬時に知夏のことが浮かぶ。
「……な…つ」
「え?何?」
目の前にいる女に知夏のことが伝えたいのに上手く伝えられない。
「……ち、なつ……を……、ちな……つ…」
「ち・な・つ?」
「さが……さない、と……。ち、な……つを……、さ……がさ…」
女は勘がいいのか、俺の言葉を必死で拾ってくれた。
「分かった。知夏って子を捜してるのね?」
力なく頷く。力が出ないので頷いてるかさえも分からない。
起き上がろうという意思はあるが身体がいうことを利かない。
ただ横たわっているだけの非力な自分がまどろっこしかった。
「この事故で身元が分からない人たちがたくさん救出されてはいるわ。その子かどうか分からないけど」
意識や気力は知夏のことへと向けられていたが起き上がることはできなかった。
ただ救出された中に知夏がいることを願いつつ、完全に意識を失った。
薄っぺらな椅子が濡れて掴まっている手を滑らせようとも必死で支えていた。
どんなことがあっても腕の中にいる知夏を離してはいけない。
その思いしかなかった。知夏を守ること、それだけだ。
知夏も俺を必死で抱きしめていた。それだけが励みだった。
もうこうなってくると周囲を見回す余裕が無くなっていた。
ただ悲鳴と強風と波しぶきとモノの壊れる音が響き渡る。
目なんて開けていられない、ただ必死に耐えるのみだ。
再び大きな揺れが訪れた時、今まで踏ん張っていた椅子がバキッと音を立てた。
それと同時に掴まっていた俺たちはバランスを失い、重力に従って身体が奪われた。
思い切り背中を壁にぶつけ、その衝撃で抱きしめていた手が緩んでしまった。
次の瞬間、反対側に揺れ、緩んだ手からするりと知夏が離れていく。
「ヒロくーーん」
知夏の叫び声が響き、見にくい視界の中、姿を探す。
在ったはずのドアがいつのまにか無くなっていて吹きさらしの状態に変わり、掴まるものも無く、激しい揺れで知 夏はずるずると船外へと呑み込まれていた。
「知夏―――!!!」
必死に身体を支えながら知夏の方へ近づこうとした。
かろうじて残っている椅子を使って何とかドアの辺りに近づくとデッキの壁に掴まっている知夏の姿があった。
「知夏!!」
割れたガラス窓枠とドアの壁を支えに知夏の方へ必死に手を差し伸べた。
何度も手が触れるか触れないかのところで揺れが生じ、その度にバランスを崩さないように構えた。
知夏も必死に耐えていたがだんだんと伸ばす手の力が無くなっているようだ。
家を出てから徐々に体力を消耗していたのだから当たり前だ。
早く船内に連れ戻し、俺が支えてやりたい。
こんなところで死んでたまるか!
俺は奮起し、渾身の力を振り絞って手を伸ばした。
ぐいと捕まえた感触があった。
ようやく握られた手、離してなるものか!
相変わらず揺れる船に舞い上がる波しぶき。
負けじと掴んだ手の力を緩めることはない。
自分の方へと引き寄せるのみだ。
知夏の方も片手から両手を俺の左腕に移そうとしていた。
あと少し、もう少しで知夏をそばに引き寄せられる!!
そう思ったのもつかの間、後部に激痛が走った。
どこから飛んできたのか何が当たったのか分からぬまま、ガツンとした衝撃。
あっと思ったときには遅かった。
離さないと誓った手が緩み、薄れ行く視界の中で知夏の姿が消えていた。
「知夏、知夏、知夏―――!!」
声にならない叫びがリフレインして意識を失っていた。
気がついた時はほっぺたを軽く叩かれる感触。
「良かった。意識はあるのね」
ぼんやりとした視界の中、髪の短い女の顔が映る。
「もう大丈夫よ。すぐに病院に運ぶから安心して」
しっかりとした声で女は微笑みかけた。
身体が重く、頭や背中が痛い。
朦朧としつつある意識の中、瞬時に知夏のことが浮かぶ。
「……な…つ」
「え?何?」
目の前にいる女に知夏のことが伝えたいのに上手く伝えられない。
「……ち、なつ……を……、ちな……つ…」
「ち・な・つ?」
「さが……さない、と……。ち、な……つを……、さ……がさ…」
女は勘がいいのか、俺の言葉を必死で拾ってくれた。
「分かった。知夏って子を捜してるのね?」
力なく頷く。力が出ないので頷いてるかさえも分からない。
起き上がろうという意思はあるが身体がいうことを利かない。
ただ横たわっているだけの非力な自分がまどろっこしかった。
「この事故で身元が分からない人たちがたくさん救出されてはいるわ。その子かどうか分からないけど」
意識や気力は知夏のことへと向けられていたが起き上がることはできなかった。
ただ救出された中に知夏がいることを願いつつ、完全に意識を失った。
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