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小さな光
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「大丈夫ですか?」
振り向けばこの病棟の看護師だった。
「橘川さん、ですよね?」
言葉を発することが出来ず、頷くだけだった。
看護師は座り込んだ俺を起こし、異常が無いかを確認した。
「退院したからといって無理はしないで下さい。まだ右腕のリハビリが残ってるんですからね」
「えっ?」
「あら、ごめんなさい。実はあなたが入院していた病棟の荒木さんと知り合いでね」
荒木とはあの口うるさい看護師だ。ってことはこの人が知り合いの看護師だったのか。
「とりあえず、異常は無いみたいだから安心してください」
穏やかな笑みをこぼすとその看護師はその場を去ろうとした。
「……あっ、あの、知夏は……、もう……?」
俺は弱弱しい声でその看護師に話しかけていた。
「えっ……?」
穏やかな顔から急に強張った顔へと表情を変え、看護師はポツリと呟く。
「知ってしまったのですね?」
ここではなんですからとこの階のナースステーションへと移動した。
「荒木さんと話して橘川さんには黙っていようって決めたんですよ」
看護師は申し訳無さそうに切り出した。
「森谷さんは何とか意識を取り戻し、元気になられたんですが障害が残ってしまってね。これ以上の回復は無いだろうと先生がおっしゃってました」
その言葉にますます衝撃を受ける。
「ご家族の方はそれはもう、ショックを受けられましてね。橘川さんはどんどん回復しているのにそれが知れたら大変だと……。ごめんなさいね」
ただ呆然と話を聞くしか出来なかった。
その時、けたたましくナースコールが鳴り響く。
「ごめんなさい。ちょっと行かなければ……」
看護師は少しホッとしたかのように俺を出口に促しながら病室へと駆けていった。
俺はその場で今聞いた話を頭の中で巡らせる。
何も知らず、ノウノウと入院してておまけに知夏を避けていた。
自分のバカさ加減に無償に腹が立ち、拳に力が入る。
包帯で吊られた右腕は微妙に反応しただけでそれ以上の力が入らない。
まだまだリハビリの必要があるって言われてたっけ。
自嘲気味に笑い、右腕を見つめる。
―――リ・ハ・ビ・リ?
突然、電気が走ったかのように俺はリハビリ室へと駆け出していた。
「高野っ!」
息を切らしながら顔馴染みの理学療法士に声をかける。
「おっ? 橘川、今日はリハビリ日じゃないだろう?」
他の患者を補助しながらカラッとした笑いを向けてくる高野。
「聞きたいことがあるんだけど?」
「見ての通り、今はお仕事中だ。あとでいいだろ?」
少し呆れたような口調で笑っていた。
室内は数人のリハビリ患者が療法士たちと共にリハビリに励んでいた。
俺もその一人だ。
今は右腕を残すのみとなったリハビリだが、全く歩けなかった頃を考えると嘘みたいだ。
リハビリは地道な努力を要する。小さな積み重ねが回復を促す。
ちっとも変わらない治療に飽き飽きして俺はサボることばかりを考えていた。
そんな時、高野が言った。
100にならなくても1戻ればいい患者だっている。1が2になる可能性があるからと。
少しの変化で頑張ろうって気になるんだ。だからお前もやる、とカラッと笑いながら。
いつも軽くお説教され、ここまで回復してきた。
だから、だから訊いてみたかった。
「で、訊きたい事って何だ?」
30分後、作業を終えた高野が俺の横に腰を下ろす。
「あのさ、リハビリしても直らないことってあるのか?」
高野は少し困ったような顔をしてどういうことだと訊き返してきた。
仕方なしに知夏のことを話す。
「橘川、結論から言うと完治する見込みはない」
聞きたくない言葉が俺を突き刺す。
「障害が残ってしまったものはどうしようもないんだ」
気の毒そうに話を続ける高野をただただ見つめる。
悔しくて仕方がない。何で俺じゃなかったんだ?
代わってやれるなら俺が代わってやりたいっ!!
落ち込む俺に高野は小さな希望をくれた。
「ただな、今以上に状態を悪くしないためにもリハビリは必要かもしれない」
その言葉で小さな光を見い出す。
今がベストの状態ならそれ以上落とさないようにする。
根気と積み重ねが必要な大事なことだ。
代わってやることの出来ない身体なら唯一俺が出来る全てのこと。
「高野、ありがとうっ!」
再び、知夏の病室へと向かった。
振り向けばこの病棟の看護師だった。
「橘川さん、ですよね?」
言葉を発することが出来ず、頷くだけだった。
看護師は座り込んだ俺を起こし、異常が無いかを確認した。
「退院したからといって無理はしないで下さい。まだ右腕のリハビリが残ってるんですからね」
「えっ?」
「あら、ごめんなさい。実はあなたが入院していた病棟の荒木さんと知り合いでね」
荒木とはあの口うるさい看護師だ。ってことはこの人が知り合いの看護師だったのか。
「とりあえず、異常は無いみたいだから安心してください」
穏やかな笑みをこぼすとその看護師はその場を去ろうとした。
「……あっ、あの、知夏は……、もう……?」
俺は弱弱しい声でその看護師に話しかけていた。
「えっ……?」
穏やかな顔から急に強張った顔へと表情を変え、看護師はポツリと呟く。
「知ってしまったのですね?」
ここではなんですからとこの階のナースステーションへと移動した。
「荒木さんと話して橘川さんには黙っていようって決めたんですよ」
看護師は申し訳無さそうに切り出した。
「森谷さんは何とか意識を取り戻し、元気になられたんですが障害が残ってしまってね。これ以上の回復は無いだろうと先生がおっしゃってました」
その言葉にますます衝撃を受ける。
「ご家族の方はそれはもう、ショックを受けられましてね。橘川さんはどんどん回復しているのにそれが知れたら大変だと……。ごめんなさいね」
ただ呆然と話を聞くしか出来なかった。
その時、けたたましくナースコールが鳴り響く。
「ごめんなさい。ちょっと行かなければ……」
看護師は少しホッとしたかのように俺を出口に促しながら病室へと駆けていった。
俺はその場で今聞いた話を頭の中で巡らせる。
何も知らず、ノウノウと入院してておまけに知夏を避けていた。
自分のバカさ加減に無償に腹が立ち、拳に力が入る。
包帯で吊られた右腕は微妙に反応しただけでそれ以上の力が入らない。
まだまだリハビリの必要があるって言われてたっけ。
自嘲気味に笑い、右腕を見つめる。
―――リ・ハ・ビ・リ?
突然、電気が走ったかのように俺はリハビリ室へと駆け出していた。
「高野っ!」
息を切らしながら顔馴染みの理学療法士に声をかける。
「おっ? 橘川、今日はリハビリ日じゃないだろう?」
他の患者を補助しながらカラッとした笑いを向けてくる高野。
「聞きたいことがあるんだけど?」
「見ての通り、今はお仕事中だ。あとでいいだろ?」
少し呆れたような口調で笑っていた。
室内は数人のリハビリ患者が療法士たちと共にリハビリに励んでいた。
俺もその一人だ。
今は右腕を残すのみとなったリハビリだが、全く歩けなかった頃を考えると嘘みたいだ。
リハビリは地道な努力を要する。小さな積み重ねが回復を促す。
ちっとも変わらない治療に飽き飽きして俺はサボることばかりを考えていた。
そんな時、高野が言った。
100にならなくても1戻ればいい患者だっている。1が2になる可能性があるからと。
少しの変化で頑張ろうって気になるんだ。だからお前もやる、とカラッと笑いながら。
いつも軽くお説教され、ここまで回復してきた。
だから、だから訊いてみたかった。
「で、訊きたい事って何だ?」
30分後、作業を終えた高野が俺の横に腰を下ろす。
「あのさ、リハビリしても直らないことってあるのか?」
高野は少し困ったような顔をしてどういうことだと訊き返してきた。
仕方なしに知夏のことを話す。
「橘川、結論から言うと完治する見込みはない」
聞きたくない言葉が俺を突き刺す。
「障害が残ってしまったものはどうしようもないんだ」
気の毒そうに話を続ける高野をただただ見つめる。
悔しくて仕方がない。何で俺じゃなかったんだ?
代わってやれるなら俺が代わってやりたいっ!!
落ち込む俺に高野は小さな希望をくれた。
「ただな、今以上に状態を悪くしないためにもリハビリは必要かもしれない」
その言葉で小さな光を見い出す。
今がベストの状態ならそれ以上落とさないようにする。
根気と積み重ねが必要な大事なことだ。
代わってやることの出来ない身体なら唯一俺が出来る全てのこと。
「高野、ありがとうっ!」
再び、知夏の病室へと向かった。
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