咽び泣き

惰眠

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1章

1話

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 私の名前は、安藤あんどう すず
 他人の負の感情が聞こえてしまう、そんな女だ。

 今日から私も高校一年生となる。

 自由な校風が売りの春雨高校。
 ここに行けば、苦労する私でも少しは通いやすく感じるかもしれないと、淡い期待を背負っている。

 制服は、枝色のブレザーに桜色か白色のワイシャツと決まっている。
 男子生徒は、チェック柄のグレーのズボンと空色のネクタイ。
 女子生徒は、チェック柄のグレーのロングスカートと空色のネクタイ。
 アクセサリーや髪染めなどは自由だが、制服は決まっているらしい。

 制服は可愛い方だと思う。

 入学式のために潜った校門からは、綺麗な桜並木が続き、私たちを歓迎するムードは完璧だった。

 私は、肩より少し長い黒髪に、いつも通り頭に付属する藍色のヘッドホンを付け登校した。

 私と同じ一年生と思われる人波の中には、金髪に染めている人やネイルをするもの、ピアスを開けている人たちが見かけられた。

 正直な気持ち、少し馴染めるかという不安感が襲うが、私は歩みを止めないようにと努力した。


 入学式も無事終わり、さっそく新たなクラスへと案内される。

 まだ、来たばかりのこのクラスで、期待と不安感から周りを見渡す。

 クラスでは、すでに仲良さげに話題を広げる者や、私のようにひっそりと席に座り続ける者もいる。
 自由な校風ゆえだろうか、一クラスの中でも髪を染めている人をちらほら見かけた。

 私は、窓際の一番前の席だった。

 あまり後ろを見すぎると不審に思われると思い、小説を開き目で文字をなぞる。

 そこに繰り広げられていたのは、よくある物語だ。

 幼馴染の夫婦の話。
 夫婦は仲良さげに話し、楽しげに物語は進む。
 途中、妻が事故に遭い、そこから物語は急展開を迎える。

 今読んでいるのは、ちょうどそこだ。

 きっと、この物語は、ドラマなんかになるのだろう。

 そんなことをぼーっと考えながらクラスに先生が現れるのを待つ。

 先ほど私たちを案内してから、少し席を外している。

 耳には、ヘッドホンからハスキーな女性歌手が歌う洋楽が流れる。
 ゆったりとした曲調に、ハスキーで力のある歌声が妙に耳に残る。

 アプリから流したランダムな音楽でも、たまに気に入る曲が流れると、少しだけ気分が上がるものだ。

 私は、この教室の音を忘れて小説に没頭した。

 気づけば、先生が何かを話している。

 慣れた手つきで音量を少し下げ、声が少し聞こえる程度に収める。

 私たちの担任は、田中(たなか) 千代(ちよ)という女の先生のようだ。

 見た目は若く、こじんまりした姿が可愛らしい。
 たれ目に楕円形の眼鏡、少し高めのポニーテール。
 雰囲気としては、優しい感じが漂う。

 口調はハキハキとしているが、言葉は柔らかい方だろう。

 ボリュームは抑えているが、耳に流れる音楽のせいで、余りどのような声をしているかつかめない。
 しかし、これ以上音を下げると、あの声が私を襲いそうで怖くてできない。

 新しいクラスということで、その場で立って自己紹介をするということになった。

 出席番号が一番ということもあり、私から始まった。

 その時、改めてクラスの全体を見渡した。

 クラスは合わせて28人いるようだ。
 目が眩むほど、人がいる。

 全員が一斉に私のほうを見ている。

 何とか声を押し出し、自己紹介をする。
 内容は、田中先生がテンプレートを軽く作ってくれている。

「初めまして。出身中学は、住岡中学です。趣味は、読書や音楽を聴くことです。よろしくお願いします。」

 簡潔な内容を話し、席に座る。

 先生に乗っかるように、クラスでは拍手が行われる。

 緊張から心臓の鼓動が聞こえる気がするが、スムーズに次の人に自己紹介の順を振られた。

 私は、その他大勢と同じように順に回される自己紹介する人物を傍観し、拍手した。

 自己を盛大にアピールする者。
 私のように簡潔に終わらせる者。
 質問を投げかけ馴染もうとする者。

 自己紹介は十人十色に行われた。

 先生の締めくくりが終わると、先生が号令をかけた。

「起立。気を付け。礼。」

 疎らな声で、その会は締めくくられた。

 入学式当日ということもあり、この日は自己紹介と今後の日程など、簡単な説明で終わった。

 もうすでに仲良くなったものは、肩を並べて廊下に出ていく。

 私は、教室のざわめきが少し楽になるのを待った。

 そんな私を見てだろうか、田中先生が話しかける。

「音楽、何聞いてるの?」

「洋楽を少し。」

「洋楽が好きなのかな?」

「ランダムに流してたら、最近は洋楽がよく流れてきてるので、それを聞いてます。」

 納得の返事とともに、思わぬ質問が投げられた。

「先生も聞いていいかな?」

「あ、えっと…。」

 言葉が詰まる。
 この音楽を聞かせるということは、このヘッドホンを外すということになる。

 そうなれば、嫌な声をまた聴くことになるだろう。

「ごめんね。引き止めちゃったね。」

 気づけばクラスは静まり返っていた。

「全然、大丈夫です。」

「今度良かったら、おすすめの音楽聞かせてくれるかな?」

「わかりました。探しておきます。」

「うん、ありがとう。」

 私は、茶色い革の学生カバンを持って立ち上がる。

「じゃあ、これから一年間よろしくね。」

「よろしくおねがいします。」

「さようなら。」

「さようなら。」

 私は、何とも言えないぼそりとした声で答える。

 あまり距離を詰められることに慣れていないせいもあったが、一番は緊張からだろう。

 目の前の彼女の心の声を聴いて、裏切られてしまうということを考えると少し怖くなって、私はヘッドホンを左手で抑えた。

 そして、音を大きくする。

 盛大なサビだ。

 一人寂しい帰り道を壮大なものにしてくれそうなその曲は、私にとって気力を引き出す材料となった。

 帰り道は若干の夕暮が見える。

 まだ、早い時間だが、ヘッドホンを突き抜けて烏が鳴くのを聞くと、夜が近づいていることを考えてしまった。

 最初に通った桜並木や、校門を潜る。

 振り返ってみると、そこには改めて大きな校舎が待ち構えている。

 帰り道は、最初とは打って変わって、数人の人が通るのみで少し寂しい。

 私は、今日の緊張が抜けないまま自宅へと向かった。
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