未来で愛人を迎える夫など、要りません!

文野多咲

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私の思うレディ

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マクシは指摘する。

「それは、親離れネ。ジュリエッタは成長したネ。親の用意したものでは満足できなくなったネ。自分の好きな服を着たくなったネ」

ズボンやドレスの件をぴたりと言い当てられた気がして、ジュリエッタは思わずマクシを見返した。

「そう! そうなの! お母さまと私の趣味は違うってことにも、最近、気づいたのよ!」

「成長をよろこぶべきネ」

「ならば私は良い方に変わったの?」

「変わったことの自覚はあるネ。では、ジュリエッタは今の自分と、変わる前の自分のどっちが好きネ」

「もちろん、今の自分よ。前の私は、今は大嫌いよ。自分のことだけで何も知ろうとしない浅はかな令嬢だったわ」

そして、それはそのまま母親への評価となる。つまり今は夫人を浅はかに感じる。

「では、自分を貫くネ。ときに子どもの変化に反抗する親もいるけど、そんなの無視するネ」

「反抗しているのは子どもではなく親なの?」

「親は反抗されてると思ってても、反抗しているのは親ネ。いつか親はわかるネ。わからなくても諦めなければならないときがくるネ。子どもに落胆させられるのも親の仕事ネ」

見てきたように言い当てられて、マクシを見つめる。

「あなた、何でもお見通しなのね。その通りよ。お母さまは私に落胆してらっしゃるわ」

「何度でも落胆させるネ」

「お母さまは私を愛してくれているから苦しいわ」

「愛は何の免罪符にもならないネ。それに落胆しているのは子どもも同じネ。ジュリエッタも夫人に落胆し傷ついているネ」

ジュリエッタは顔を上げた。形にできない自分のモヤモヤが明確に浮かび上がった気がした。

(そうだわ。私もお母さまにはひどく落胆したわ。そして傷ついた)

「親への落胆は自分への落胆でもあるネ。ジュリエッタも過去の自分に落胆してるネ。でも、過去の自分は子どもネ、大人になって、大人の自分が許してやるネ」

マクシの言葉は今のジュリエッタに染み渡る。ジュリエッタに涙がこぼれてきた。

「これが大人になるということのなのね」

ジュリエッタをマクシが優しく抱きしめてきた。

「しっかり大人になるネ」

「うん、私、大人になる……。侯爵さまを守れる大人になる……」

ジュリエッタはマクシの胸に顔をうずめて泣いた。

目に涙を浮かべて二人を見つめるハンナの横で、父子は既視感を覚えていた。

(あれ、これデジャブ……?)

ジュリエッタはひとしきり泣くと顔を上げた。

「マクシ、ありがとう! 私、大人になって、私の思うレディを生きるわ!」

マクシのお陰で、ジュリエッタに元気が出てきた。

涙が収まると、ジュリエッタは地図を取りだした。こちらがマクシを呼び出した本来の用件だ。

「ところで、大陸のどこかに切れ目はないかしら」

「切れ目?」

「うん、切れ目」

東の海と西の海には通り道があるはずだ。

「途方もないネ」

マクシは一蹴した。しかし、大商人のマクシですら知らない通り道があるはずだ。

(ノルラントが攻めてくるにはそれしかないもの)

***

その夜、父子とマクシを迎えての晩餐となった。

帰宅してきた侯爵をジュリエッタが出迎える。

「侯爵さま!」

ジュリエッタは侯爵に抱き着いた。ジュリエッタの侯爵を見る目はとろけそうに甘い。全身から侯爵への恋心を発散している。

「ジュリエッタ」

侯爵もまた同じだった。二人はとろけるクリームのようだ。バルベリから王都への道中でも仲睦まじかったが、一層濃密になっている。

「むむむ……!」

「これは……!」

その様子に父子の顔つきが変わる。マクシを見れば、マクシはうんうんとうなずいている。父子はマクシを物陰に引っ張った。

「もしやあの二人は?」

「本物の夫婦になったネ」

「ついにか!」

「では、私は伯父に!」

「わしはじいじに!」

マクシはぎろりと二人を睨む。

「それは神の思し召しネ。期待は圧力になるネ。そっとしときな!」

父子は「はいぃっ」と返事した。

***

テーブルに着いたジュリエッタは、父と兄の機嫌がすこぶる良いのに目を見張った。

「婿殿、わしから祝わせてくれ。侯爵夫妻の仲睦まじさを祝って、乾杯じゃー!」

マルコが立ち上がる。

「閣下とジュリエッタの末永い幸福を祈願して、僭越ながら歌を捧げます」

「今夜は無礼講じゃー!」

侯爵邸は隅から隅までお祝いムードになった。公爵邸からもワイン樽が届いて、使用人らに振る舞われる。心地の良い初夏の夕べに庭に出れば、いつしか、主も客も使用人も、歌に踊りを楽しんでいる。弦に笛の音も重なった。

公爵は目に涙を浮かべてがしっと侯爵に抱き着いた。

「婿殿、ジュリエッタを末永くよろしゅう」

いつぞやは険しい目で睨んでいたはずの公爵は、今は少しのわだかまりもなく、侯爵に対して全面的な好意を示している。

(お父さまは元平民だからと疎むような人ではないわ。お母さまとはやはり違う)

ジュリエッタは今更ながらどうして二人は衝突もせずにこれまでやってきたのかが気になった。そこで、侯爵がその場を離れたときに、先ほどいったんひっこめた質問を口にした。

「どうして、お父さまは私に侯爵さまとの結婚を勧めたの?」

「急になんじゃ?」

「私のハンガーストライキを止めてくれたことに今、深く感謝をしているの。私、侯爵さまと結婚できて本当に嬉しいの。お父さまは、どうして、侯爵さまとの結婚を後押ししてくれたの?」

「馬には乗ってみよ、人には沿うてみよ、と思ったまでじゃ。会いもせずに断るのは、食わず嫌いと一緒じゃ」

(お父さまはやっぱり単純なんだわ、お母さまと違って)

思えば夫人はそら恐ろしい。複雑怪奇すぎる。王命のままに娘を結婚させて、未亡人になった暁には王太子妃に据えようと図っていたのだ。それが娘を思ってのことだとしても、うすら寒い。

王命に従った上で未亡人になれば、王家も公爵家に負い目を感じることまで計算に入れて、婚姻後の両家の力関係で優位に立とうと目論んだとすら思える。

(お母さまなら、あり得るわね)

そして、以前のジュリエッタならば、嬉々としてそれに応じるだろう。エドウィンが遊び人だろうと、優位に立てるのであれば、婚姻を受け入れてもいい。それに王妃の座を手に入れられる。それは、レオナルダ家の繁栄につながる。そう思ったはずだ。

しかし、今のジュリエッタは違う。王妃の座など要らない。智謀でレオナルダ家の繁栄を願わずとも、レオナルダ家は正当に繁栄すればよいだけのこと。

そして、今は、ただ、侯爵とずっと一緒にいたい。それだけを願っている。

騎士らの中心にいる侯爵に向けてジュリエッタが足を踏み出せば、侯爵と目が合い、侯爵からジュリエッタへと近づいてくれた。すぐに目が合うこと、目が合えばそこにジュリエッタへの愛情が灯ること、ただそのことが嬉しくて涙が出そうになる。そんなジュリエッタだった。

***

翌日、ジュリエッタはズボン姿で実家を訪れていた。

客間に現れた夫人は、目をとがらせている。

「またその格好なのね。本当にがっかりだわ」

ジュリエッタは素知らぬ顔で夫人に向けて優雅に笑んでみせた。

「何度でもがっかりなさってくださいませ。子に落胆するのも親の仕事だそうですわ」

「やはり、変な思想にかぶれてきたのね、あなた」

「今日は、娘として会いに来たのではありません。領主夫人として『ヌワカロール農法』を紹介にしにきたのですわ」

ジュリエッタの隣には、ファビオ・ヌワカロールがいた。今日はファビオを夫人に紹介するために訪れた。

レオナルダ領では、レオナルダの家令がファビオの補佐官を追い返したことを、ファビオから耳に入れていた。

ファビオは準備万端だった。バルベリ領での過去10年の穀物の出来高の増加、家畜の増加について、克明に記した資料を持参していた。

「農家の暮らしはずいぶんと豊かになるわ」

しかし、夫人は白々しい顔をするばかりだった。

(今にその顔つきが変わるんだから)

ジュリエッタは冷淡な夫人にも気がくじけることはなかった。

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