未来で愛人を迎える夫など、要りません!

文野多咲

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侯爵の消息2

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ジュリエッタの胸で不安が渦巻いている。

戦勝記念パーティーのことで侯爵に恨みを持った王太子が何かしたのではないか。そんな疑惑が大きくなっていく。

「王女殿下を起こすか、宰相閣下を呼び出してください。今すぐに」

ジュリエッタは官吏に強く言った。

間もなくして、ジュリエッタのもとに宰相が現れた。ジュリエッタ一行は客間に移動していた。

「宰相閣下、侯爵さまの馬が馬留にあります。侯爵さまは王宮にいるはずです。一緒に邸に戻りたいの。侯爵さまにそう伝えていただける?」

「おかしいですな。閣下は昨日、王宮を出たはずですが」

訝しむ宰相とともにもう一度、馬留に向かった。やはり侯爵の愛馬に間違いない。

宰相はそれを認めると、王宮の出入記録を官吏に持ってこさせた。

そこには昨日の夕方、侯爵が王宮を出たとの記録が確かにあった。宰相は別宮の記録も持ってこさせた。そこで、宰相の顔色が変わった。ジュリエッタはその記録帳を手に取った。

王宮を出た後、侯爵が王女宮に入宮した記録があった。そして、出宮した記録はない。

(シャルロットの住まいに……? そしてそのままそこにいるってこと……?)

宰相は不埒なことが起きていると思い込んだのか、ジュリエッタに気まずそうな顔を向けた。

「何かの間違いでしょう。そ、そのうち、閣下も侯爵邸にお戻りになられましょう。あとは夫婦でゆっくりとお過ごしになってみられては……」

ジュリエッタの父親ほどの宰相は、まるで娘を気遣う口調で言ってきた。しかし、その気遣いはジュリエッタには無用だった。

(侯爵さまがいまさらシャルロットと浮気をするはずはないわ。私と愛し合っているんだもの。何かが起きているのよ)

「王女宮に向かうわ」

王女宮に入れば、メイドたちは一様に首を横に振った。

「侯爵閣下はお越しになられておりません」

それを聞いてもジュリエッタは王女宮に足を踏み入れた。

入り口から順に部屋を覗くも、来客のある様子はない。たとえ、侯爵一人が王女宮の奥に入ったとしても、側近らは玄関近くの客間に控えているはずだ。しかし、建物内にはそんな気配はない。

(やはり、王女宮への入宮記録はまやかしね)

王女宮から出ていこうとするジュリエッタに声が聞こえてきた。

「朝っぱらから、何の騒ぎかしら」

階段を下りてきたシャルロットは起き立ちらしく、薄いガウンを羽織っただけだった。どこかみだらさが漂っている。

「あら、ジュリエッタだったの?」

シャルロットはジュリエッタに近づいてきた。可愛らしく見上げる空色の目。そのとき、シャルロットの薄ピンクのガウンの肩に一本の黒い毛髪が引っ掛かっているのが目に入ってきた。

(侯爵さまと同じ黒髪)

凝視するジュリエッタの目線に気が付いたのか、シャルロットは黒髪を摘まみ上げた。その髪にうっとりと口づける。

その仕草もとても愛らしい。

「その黒髪は誰のかしら?」

ジュリエッタは冷ややかに訊いた。

(どうせ私に訊いてほしいのでしょう。見え透いた真似を)

「ジュリエッタ、あなたも無粋ねえ。今をときめく黒髪の方といえば、王都には一人しかいないでしょう」

(私に猿芝居は通じない)

「もしも、私の夫のことを指すのなら、夫は私にしか興味がないの。これだけは断言するわ」

ジュリエッタは言い切って、シャルロットに背中を向けた。

しかし、ジュリエッタの不安はますます大きくなった。

シャルロットは侯爵が邸に戻らなかったのを知っているのだ。そして、ジュリエッタが王宮に来ることを見越して、王女宮への入宮記録を偽装して、黒髪まで用意していた。

侯爵は王宮にいるはずだ。

ジュリエッタは王宮に戻った。

「侯爵さまを探しましょう」

引き連れてきたバルベリ騎士らに言う。騎士たちは散らばって捜索を始めた。しばらくして、一人の騎士が戻ってきた。

「馬留に閣下の馬も、騎士らの馬もおりません。いなくなっています」

(侯爵さまは邸に戻ったの?)

ジュリエッタは侯爵邸に遣いをやった。しかし、侯爵邸には侯爵たちも馬たちも戻っていないのが確認された。

ジュリエッタの追及を交わすために馬を移動したとしか思えなかった。宰相に追求すれば、宰相も首を横に振った。

(何かが起きてるんだわ。侯爵さまを一刻も早く探さなければ)

***

ジュリエッタは王宮の客間に陣取り、バルベリ騎士に王宮内の捜索を続けさせた。

「とにかく侯爵さまを探しすのよ。衛兵に制止されれば、私の名前を出しなさい」

同時に、ファビオに指揮を頼み、侯爵邸のバルベリ騎士を総動員して、王都の捜索も始めた。

ジュリエッタは王宮を出て、王都の貴族邸を自ら訪ねて、侯爵の消息を尋ねた。しかし、貴族らからは芳しい返事はなく、その態度も怪しいものはなかった。

「侯爵さまがそんなに心配だなんて、ジュリエッタさまもすっかり侯爵さまに骨抜きなのね」

「こんなに素敵な奥方を不安にさせるだなど、閣下も罪な男だ」

貴族らの物言いには、ジュリエッタが猜疑心で夫の居場所を尋ね歩いているように見えたに違いないが、たとえどういう目で見られてもジュリエッタは捜すことをやめなかった。

(嫉妬に狂った妻に見えることなど気にしている場合ではないわ)

***

ジュリエッタは騎乗で王都の街を駆け回る。

(それにしても王都がこんな悲惨な場所だったとは……)

馬車通りは華やかで活気に満ちているのに、一歩裏通りに向けば、乞食に浮浪者があふれている。民衆がジュリエッタに向ける目は暗く、時に憎悪も浮かんでいる。

(貴族の格好の私を見て、そんな目を向けているのだわ)

予知夢でも、ノルラント軍に捕まったジュリエッタを人々はあざ笑っていた。良い気味だとせせら笑いながら見ていた。それは何も特別にジュリエッタだけを憎んでいたわけではない。民衆には貴族へのうっぷんが溜まりに溜まっている。

民衆はごみを漁るような暮らしをしているのに、貴族は食べきれずに残している。贅沢を贅沢だと気付かずにいる。

馬車の通れない裏通りに入らなければ、ジュリエッタは民衆のそんな暮らしに気づくこともなかっただろう。

(間違っているわ、こんなの。人として扱われていない。お母さまも陛下も民衆を人として扱っていない……)

バルベリではここまで貧富の差はひどくはなかった。路地裏も活気に満ちていた。

そう思ったところで、ちょうど通り過ぎる馬車が目に入った。中には、見覚えのある50絡みの男が見えた。

(テイラー総督……?)

テイラーには少し前に侯爵の名で手紙を送ってあった。テイラーの不正のからくりが分かったからだ。

(もしかして私に会いに来たのかしら。何らかの釈明でもするつもりで?)

しかし、そのことに時間を割く余裕はそのときのジュリエッタにはなかった。そして、そのときにテイラーを追っておかなかったことを後に悔やむことになる。

***

侯爵の消息が掴めないまま、一週間が過ぎた。王宮にも王都内にも、その痕跡さえも見つからない。

街道にはバルベリを示す黒い甲冑の騎士たちが行き過ぎたという情報は一切ないために、侯爵は王都に、それも王宮にいるに違いなかった。

ジュリエッタは、夜は王宮の客間を陣取って過ごし、昼間は王宮内や王都を探し回り、時折、身じまいを整えに侯爵邸に戻る、そんな生活をしている。

王宮では、ジュリエッタたちの分の食事も用意されるようになったが、喉も通らない日々だ。

(侯爵は王宮にいるはず)

王家への抗議の意思も込めて、ジュリエッタは王宮に居続けている。

王宮ではジュリエッタのふるまいに誰も口出ししてこないものの、王族の誰一人としてジュリエッタの前に姿を現さないでいた。

(もしかして、もうどこにもいないの……?)

不吉な考えに、ジュリエッタは立っているのもやっととなる。

殺されて埋められたとすれば、捜索は困難を極める。

王宮内のバルベリ騎士には、そのことも含めたうえでの捜索をするように伝えた。ジュリエッタもバルベリ騎士らも焦燥に駆られていた。

その翌日、王都じゅうに一報が轟いた。

『バルベリ将軍、謀反』

(いったい、どういうこと?)

ジュリエッタはがくんと膝から崩れ落ちた。

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