未来で愛人を迎える夫など、要りません!

文野多咲

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侯爵の消息3

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「バルベリ将軍が陛下を裏切ったのか?」

「将軍は、英雄ではなかった。和平は茶番。ノルラントと密通していただけだったのさ」

「ノルラントと図って、王都に攻める計画を立てていたそうだぞ」

いたるところで、そんな噂が人々の口端に上っている。

***

侯爵は王宮の地下牢に幽閉されていた。王宮に呼び出されたのち、問答無用に捕縛された。側近らもともに。

侯爵にはそうされる理由に心当たりはない。そのために、何か間違いが起きたに違いないと思った。

(今頃、ジュリエッタが心配しているはずだ)

侯爵は自分のことよりもジュリエッタのことを案じた。

幽閉後、地下牢に国王が現れた。国王は苦しげな顔で言ってきた。

「侯爵、貴様が反逆を考えていたとはな、実に残念だ」

そう一言だけ残して背を向けた。

「何のことです?」

そう問いかけるも国王は背中を向けて遠ざかっていった。

翌日から、侯爵は身に覚えのない罪を白状させられるために背中に鞭を受けることになった。

鞭のしなる音と、侯爵のくぐもったうめき声が、地下牢に響く。それは同じく幽閉されているヤンスらにも耐えがたい苦しみとなった。

一週間後、王女が現れた。

(シャルロット王女……?)

「侯爵さま、お可哀そうに……」

シャルロットは悲し気に言ってきた。

「侯爵さまは、ジュリエッタに裏切られたのです。ジュリエッタは、王太子との再婚を選んだの。王妃になるつもりなのよ。そこでジュリエッタはあなたを捨てたの。ジュリエッタが反逆を仕立て上げたのよ。お可哀そうな侯爵さま。でも、私なら侯爵さまを助けられますわ」

シャルロットは目に涙を浮かべている。侯爵ははっきりと言った。

「ジュリエッタがそんなことをするはずがありません。私はジュリエッタを信じる」

そのときの侯爵に、ジュリエッタを疑う気持ちはほんの少しも起きなかった。

シャルロットの顔は一瞬、醜く歪んだ。シャルロットに苛立ちがこみ上げる。

(いつまでその気力が続くかしら。いいわ、あなたは苦しんだ果てに死んで、ジュリエッタは絶望する。そういう終わりを迎えるのよ)

シャルロットはにっこりを侯爵に微笑んだ。そして、地下牢を去った。

***

宰相が王宮の客間に居続けるジュリエッタのもとへやってきた。ジュリエッタに告げる。

「侯爵閣下の身柄は地下牢に幽閉されていることをお知らせします。これは陛下とごく一部のみが知っていたことで、先ほど、かん口が解かれました」

それを聞いたジュリエッタは胸を撫でおろした。

(侯爵さまは生きている………!)

次に怒りがこみ上げる。

(幽閉だなんてどういうつもり?)

バルベリ騎士が王宮を捜索しようにも、どこにでも立ち入ることができるはずもなく、どこかに監禁されていることは念頭にあったが、まさか地下牢に幽閉されているとは思いもよらなかった。

「いったい何の罪で拘束されているのです。きちんと説明いただきましょうか」

ジュリエッタは国王の居場所を尋ねた。

その日、国王は在宮していた。国王のいる部屋に通されると、ジュリエッタは、国王に飛びつかんばかりに駆け寄った。

「陛下、どうしてこうなっているのです? 侯爵さまが陛下を裏切るはずがありません」

国王はジュリエッタに冷たく言い放った。

「テイラー総督がすべてを告発したのだ」

「テイラー?」

(まさか、そのために王都にやってきたの? 侯爵を裏切るために)

「ここに証拠もある」

国王は、仰々しい書面を見せてきた。

「これは?」

「バルベリ候、いや、もはやあいつは侯爵などではない。ダニエル・シルベスとノルラントとのやりとりだ。バルベリ領と引き換えにノルラント軍がブルフェン王都に出兵する、という密約文書だ。ノルラントはバルベリを手に入れ、ダニエル・シルベスは王位を手に入れる」

(テイラー、まさか、このようなことをしでかすとは)

テイラーは不正を指摘されて釈明に来るどころか、刀を向けたのだ。

不正の追及を交わすために、偽の密書を仕立てたに違いなかった。

「陛下、これは完全な捏造。テイラーこそが裏切り者です。テイラーはバルベリの城郭都市の税収をごまかしています」

国王の目は見開かれた。

「ほう?」

「城郭都市ではノルラント侵攻より物価が上がってインフレが起きているのです。この10年で人口増が2倍、そしてインフレで物価は3倍。つまり、10年前に5千ゴールドだった税収は、単純計算で3億ゴールドとなります。しかし、テイラーは1億ゴールドしか納税していません」

これが不正のからくりだ。

総督だった数年間で、テーラーは数億ゴールドもの金を着服していたことになる。ファビオの不正のからくりは農民に富を保持させるものだったが、テイラーは自分の腹を太らせるものだった。そして、それを守るために侯爵を陥れようとしている。

「陛下、テイラーの侯爵への裏切りは、王家への裏切りと同じこと。陛下、私がテイラーの罪を必ずや追求し、王家への裏切りを正します」

「ほう、好きにするがいい」

「では侯爵を今すぐ釈放してください」

「しかし、シルベスの謀反が嘘だという証拠にはならない」

「陛下! 陛下、テイラーを取り調べください! この密書はテイラーの偽造です!」

「そなたが好きに取り調べるがよい。テイラーの居場所はもう知らぬ。自分で探すがいい」

テイラーはバルベリへ帰ったというのか。ジュリエッタが追いかければ逃げるに違いない。

「では、陛下、密書を調べさせてください! その密書を私に!」

しかし、官吏が密書をジュリエッタから遠ざけた。

「ジュリエッタ、ここまでにせよ。密書を損なえば、そなたも罪人となる。そうなるのは余も悲しい。もうそなたは手を引け。これ以上、王宮で過ごすことも許さぬ。そなたのためだ」

国王はそう告げると手を振った。ジュリエッタは国王の間より締め出されてしまった。

(何てこと……)

ジュリエッタは眩暈を覚えるも、倒れるわけにはいかない。

「侯爵さまのところに向かうわ」

廊下に出たジュリエッタは地下牢に向かった。その後をハンナとバルベリ騎士が追いかける。

地下牢の入り口に着くも、衛兵が当然のように阻止してきた。

しかし、国王の姪であるジュリエッタに衛兵は遠慮してその剣を向けてはこない。

地下牢の入り口からジュリエッタは叫んだ。

「侯爵さまっ、ご無事ですか?」

声を限りに叫ぶも、こだまだけが返ってくる。そんなジュリエッタに呼びかける声があった。

「ジュリエッタ」

王太子エドウィンだった。両脇に令嬢を抱き、背後にも令嬢らを群がらせている。

エドウィンはジュリエッタを見ると、令嬢らの腰から手を外した。ずかずかと近づいてくると口角を上げた。

「そろそろお前に迎えをやろうと思っていたところだ」

「殿下、侯爵さまは無実です」

エドウィンは鼻で笑った。

「ふん、名目ばかりの夫のことなどどうでもよいではないか」

ジュリエッタは腰に伸びてきたエドウィンの手をはねのけた。エドウィンはにやりと笑うと、強引にジュリエッタの腰を抱いてきた。

ジュリエッタはその手をくるりと捻ってエドウィンの背中でねじり上げた。

「殿下、私は侯爵さまを愛しているの。身も心もささげているの。お願い、陛下に謀反は捏造だと言って。お願いよ、エディ、私の夫を助けて」

さすがに衛兵は、ジュリエッタに剣を向けてきた。衛兵らをエドウィンが制し、エドウィンはジュリエッタの拘束を振り払うと、ジュリエッタを乱暴に押しのけた。

「ほぅ、あの男に体を差し出したのか」

後ろへ倒れ込みそうになるジュリエッタをハンナがかばい、さらにハンナをバルベリ騎士が支える。ジュリエッタは態勢を整えるとエドウィンにすがった。

「エディ、お願い、夫を助けて、お願いよ」

ジュリエッタはエドウィンに愛称で呼びかける。従兄妹のよしみに縋り付きたかった。

エドウィンは残忍そうな顔で、ジュリエッタのあごに手をかけた。顎を取って左右に振る。

「良いざまだな、ジュリエッタ。自ら汚物になったとは。だが、おかしなことに俺は少しも萎えないのだ。あの男に汚されたお前を俺が汚し直すと思えばますます気が高ぶるよ。ジュリエッタ、お前は俺をどこまでもそそる」

ジュリエッタはエドウィンに尋常ならざるものを感じて怖気が走る。

それでもエドウィンにすがるしかない。

「エディ、夫は仕組まれたの。お願いよ、助けて」

「まだわからないのか、哀れなジュリエッタ。無実かどうかなどどうでも良いのだよ。邪魔になったから消す。戦争が終わって、英雄も無用の長物となった。それだけのことだ」

ジュリエッタはそのとき理解した。国王はテイラーの捏造を知りながらそれに乗っかっているのだ。侯爵を排除するために。

予知夢にはなかった筋書き。侯爵と心を通わせてしまったから起きた変化であるならば、何たる悲劇か。

(でも、悲劇で終わらせるつもりは私にはないわ)

「ではせめて、夫の無事を確認させて」

「いいだろう。最後にその姿を目に焼き付けておくといい。だが、あやつにはお前が謀反を仕組んだと知らせている。シャルロットの口からな。いまだ夫婦と思っているのはお前だけかもしれぬ。衛兵、通せ」

(そうやって、私たちの仲を裂こうとするのね。でも、私たちの絆はそんなに脆くはないわ)

ジュリエッタは毅然と胸を張ったまま、地下牢へと足を進めた。
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