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22、元聖女、説得に失敗する

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 ────城の玄関ホールに出ると、外出から戻ったばかりらしいウィルフレッドが外套がいとうを侍従に預けているところだった。


「ウィルフレッド!!」


 私はスカートを持ち上げて階段を駆け下り、夫の身体を確かめる。


「怪我は!?
 痛いところはない!?」

「ああ、いや……無傷だ」

「無事ならいいけど……本当に……。
 とりあえず部屋に戻る?
 少し休んだ方がいいわよね?
 お茶も用意させましょう」


 私はとにかく、ウィルフレッドもショックだろうから少しゆっくりさせてあげたいと思い声をかけていたのだけど、何だか彼は気まずそうに微妙に目をそらしている。

 何かあったのかしら?


「恐れながら王妃陛下、国王陛下は何ら問題ないかと存じます」

と横から私を慰めるように、若い侍従が口を挟んできた。

「この間も今回も、見事にご自身で暗殺者を鮮やかに取り押さえていらっしゃいましたから」

「…………は?」

「いずれもかなりの手練れでしたのに、見事に相手の呼吸を読み、まるで危なげなく……王妃陛下にお見せしたいほどのお手並みでございました」


 主人の武勇伝をすごく話したくてたまらなかったらしい若い侍従と、対照的に、すっ……と、フェイドアウトしかけたウィルフレッド。
 その夫の胸元を、私はぐっと掴んだ。


「待って。暴漢じゃなくて暗殺者? しかも、この前にも?」
「…………いた」
「それ、私、聞いてないんですけど?」
「…………ああ、言ってない」
「どういうことか、目を合わせて説明してくれるかしら?」
「……………………ちょっと、時期的な問題が」
「時期的な問題?」


 そのまま問いただそうとすると「あ、国王陛下お戻りですね!!」と女官長がウィルフレッドに声をかける。


「王妃陛下もいらっしゃるならちょうど良いですわ。2か月後に予定されます、王妃陛下のお誕生日式典の件なのですけれど……」

「お誕生日……式典??」


 それも私、聞いてない。
 ウィルフレッドが諦めたようにため息を漏らした。


     ***


「つまり……私の誕生日の祝典をしたいから、暗殺者のことをおおっぴらにして大事にしたくなかった、って言いたいのね?」

「結婚して最初の誕生日だ。さすがに盛大に祝うぞ」

「……さすがにダメよ。
 イベントって暗殺の絶好の機会よ?
 あなたの安全を優先してよ。だいたい……」


(……私の方があなたより先に36歳になるし?)


 数字を頭のなかで浮かべると、地味にくるものがある。
 私の追放のほんの少し前に誕生日を迎えたウィルフレッドよりも、私の方が誕生日が早い。


「先代まで必ず続けていた行事のひとつだ。
 祝賀行事がなければ逆に国民がいぶかしく思うだろう。…………それに」


 少し考えてから、ウィルフレッドは続けた。


「おまえは俺に、妻の誕生日も祝わせないつもりか?」

「……それは……その……嬉しいんだけど、ね?
 暗殺者対策を考えましょうよ」


 王城には結界が張られているから、魔法攻撃や呪いは効かない。
 それにそこそこ以上の魔力の持ち主が紛れ込んだら、ウィルフレッドや私には感覚的にわかってしまう。

 だからウィルフレッドを暗殺しようとしたら、外出時を狙うか、魔力を持たない暗殺者を王城の中に侵入させるしかない。

 聞けば、2件とも犯人は、警備が薄くなる一瞬を突いて刃物で直接彼に襲いかかってきたそうだ。
 それも私がいないタイミングを狙っている。

 いずれもウィルフレッド自身が取り押さえ、彼には傷ひとつなかったのは不幸中の幸い。


(これも、ヨランディアが絡んでいるのかしら……)


 私が狙われたわけじゃないから、考え違いかもしれないけど……。


「そもそも王の暗殺未遂なんて珍しくもない」

「珍しくなかったって、防げなければ1回で死んじゃうかもしれないのよ?」

「心配してくれているのか?」

「…………ええ、心配よ」


 私自身のことなら、魔法攻撃は効かないし、物理攻撃でも即死や意識を失ったりしなければ、最悪その場で自分に〈治癒魔法〉をかければだいたい何とかなる。

 だけどウィルフレッドが狙われて、そこに私が居合わせなかったら。
 ……ゾッとする。


 やっぱり、ウィルフレッドのことは大切だ。

 一緒にすごした青春の思い出はほんとうに素晴らしい宝物。
 15年たっても私のことをものすごく覚えていてくれるのが嬉しい。
 垣間見せる男の顔がすごく魅力的だったり。
 時々めんどくさかったり可愛かったり。
 私の知らない顔がまだあったり。
 知らないところですごく私を大切にしてくれていることに気づいた瞬間が、ものすごく幸せだったり。

 これが『愛』なのかすらわからないけれど、とにかく、私は彼を失いたくない。


「あのね。ヨランディアのことで報告したいことがあるの。
 もしかしたら、メアリーや宰相以上に脅威になるかもしれない男がいるのよ」


 ────そう言って私は、メアリーに近付いている『魔術師』について話した。
 彼は私を恨んでいるから狙うとしたら私になると思うけど、何かを企んでウィルフレッドに害を加えるかもしれない。
 心配すぎる。

 そう思って、私は懸命に説明したのだけど。


「心配してくれるのは嬉しいが、さっきも言ったように暗殺の危険はいつも付き物だ。
 危険だから止めると言い出すと何もできなくなる」

「……でも」

「おまえのことは絶対に守るから、安心して祝われてくれ」

「………………」


 それからしばらくウィルフレッドと話したけれど、彼は折れず、最終的に、私はうなずくことになった。


     ***


 私が聖女だった頃も、一応毎年の誕生日のお祝いはあった。
 といっても、メアリーの誕生日祝いよりも派手にするわけにはいかない。
 礼拝をして貧困層の人々に施しをして、みんなで晩餐を頂いて……そんな感じのものだった。


 だけど今回はどうやら、晩餐会も舞踏会もあり、余興もあり、ドレスも新たに仕立て……と、かなり豪華なものになるようだ。
 最近私もだいぶドレスやジュエリーについてわかり始めたので、ウィルフレッドは私の好みを聞きながら、何枚も新しいドレスを仕立てさせ始めた。


「できれば、年齢相応に落ち着いた感じだと良いのだけど……」


と仕立て屋に言うと、


「それももちろん素敵ですが、王妃陛下はお美しいですし、歳を重ねたからこそ似合う華やかさ、可愛らしさというものもあるのですよ。
 せっかくの誕生日の祝宴なのです。
 新しいご自身の魅力を発見されてはいかがですか?
 国王陛下もその方がお喜びですよ」

などと言われ、それもそうねと、乗せられてしまう。
 ……確かに、ウィルフレッドにがっかりされるよりは魅力的だと思われた方がいい。
 見た目についてはいつも誉めてくれるけど。


「王妃陛下は愛されていらっしゃいますね」


 いつもにも増していろんな人にそう言われる。
 普段ならひきつり笑顔で受け流してるけど、今はどう答えて良いかわからない。


(どうか、何事もなく終わりますように。
 暗殺の首謀者が諦めますように……)


 水晶玉を利用して、ヨランディアや他の敵国への警戒は怠らないようにしながらも、私は祈らざるを得なかった。


     ***
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