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23、元聖女、誕生日当日

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     ***

 ────その日の朝、学生時代の夢を見た。

 ウィルフレッドとその他の友人たちで、私の誕生日祝いをしてくれている夢だった。
 大学の寮の食堂を借り、お酒と、それぞれが持ちよった食べ物。
 誰かの誕生日にはいつも、身分関係なしにこんな風に祝ったっけ。

 夢の中のウィルフレッドはまだ夫ではなく、私も気兼ねなく話した。

 そのうち酔いだした誰かが
『女の子なんだし聖職者の道なんかより結婚した方がいいんじゃないか、年取ったときに後悔するんじゃないか』
と言いだし、めんどくさいなと思いながら私が反論しようとした時、

『聖職者の道は個人の幸せとは遠いと俺も思うが、“女の子なんだし”というのが気に入らない』
とウィルフレッドが言い返してくれた。

 そう、ウィルフレッドはこういう友達だった。
 少し近めの距離感で自分の意見を忌憚なく言うけど、私を女扱いはせず公平に、それでいて男と同じであることを強要するのではなくてフラットに扱ってくれる。
 同学年でも、上から目線でものを言ったり何かを押し付けるという男子学生が多かった中で、ウィルフレッドは安心して懐に入れて、安心して懐に入れられて、何でも話せる相手だった。

 憤然としたウィルフレッドに、私は微笑んで『ありがとう』という。
 少し頬を赤くして目をそらす。昔の彼の、照れ隠しみたいなこんな仕草も懐かしい。

 …………目を覚ましたとき、私は36歳になっていて、同じベッドの中にいたのは、15年後の彼。
 もう私の夫になっているウィルフレッド。

 昨日の夫婦の営みのあとで私を抱き寄せた体勢のまま、まだ眠っていて目を覚ましていない。

 誰よりも近い距離と体温。高鳴ってしまう胸。
 なのに、なぜだろう。こんな時でもどこか『愛している』という言葉に抵抗があるのは。


 その寝顔を見つめていると、間もなくウィルフレッドは目を覚まして「誕生日おめでとう」と言って私に口づけた。


     ***


(ちょ、…………派手、じゃない?)


 早い朝食をいただいて、その直後。
 王城のバルコニーに出た私の目に飛び込んできたのは……街で行われているお祝いパレードだった。


(あれ、国王用のパレードと勘違いしていない?)


 巨大王妃人形が練り歩き、周りを仮装した人が踊る。大きな垂れ幕。遠すぎてわかりにくいけど楽器を奏でながら歩いている人もいるようだ。


「人が……すごいわね」

「あれはこちらが動員したわけじゃないぞ。
 たまには騒ぎたい者たちがおまえの誕生日をいいことに踊っているのさ。
 今日は出店や大道芸で稼ぐ人間もいる。
 経済効果は大きい。
 派手に祝われるのも悪いことじゃないだろう?」

「う、うん……」

「もちろん、それだけじゃないがな。
 今年はおかげで全土で豊作になった。
 国民は俺たちが思うより敏感だ。
 ルイーズが来てから国の空気が確実に変わったと感じ取っているんだろう」


 それは確かに、魔力と国を治めた経験を生かして王妃としての仕事はやってきたつもり。
 ただ、それは私1人の力じゃないし、ウィルフレッドの王としての力、それからミリオラ宰相ほか、支えてくれる人あってのことだ。

 それでもまぁ、みんなが私の誕生日にかこつけて羽目を外せる程度には認めてくれているのなら……。


(…………ん、あれ?)


 よくわからないけれど、なぜか目が熱くなってきた。なぜだろう。
 じわっと出てきた涙をウィルフレッドに見られる前に、私はまぶしいふりをしてぬぐった。


「……あ、そうだわ。
 相談した救貧院のことなんだけど」

「ああ。各地の救貧院に伝え、施しも進めている。
 それと、酒が入って暴れだす人間がいないよう、街中には騎士団も配備している。
 心配せず、楽しめ。
 それともパレードも近くで見るか?」

「さすがに今あなたを外に出すわけにいかないからいいわ」


 『王妃』の誕生日を、みんなも楽しんでくれているのよね。
 そう思い、唇の端を持ち上げる。


「この後、城の中で誕生日の挨拶を受け取るが、午後には反対側のバルコニーから国民の前に姿を見せる。がんばれよ」

「ああ……そっか、やっぱり顔出しするのね。
 ……思ったより年増って思われないかしら」

「そろそろ怒るぞ?」


 つい卑下することを口にすると、ぐにゅっ、と、いつかの仕返しのようにウィルフレッドが頬を掴んできて笑ってしまう。
 「冗談よ」と返した。


「ちゃんと顔を上げて、おまえの綺麗な顔を皆に見せてやるんだぞ」


 さすがに遠すぎて、綺麗も何もよくわからないんじゃないかしら。
 ……例によって、スゴ腕侍女たちによってとっても綺麗にはしてもらっているけれど。


 ────パレードを見た後、私たちは城の中に戻る。
 玉座の間に出ると、ミリオラ宰相を筆頭に、貴族たちが序列順に並び、私たちを待っていた。


「王妃陛下、お誕生日おめでとうございます!」

「王妃陛下のお輿入れ以来、我が国は目に見えて繁栄の道を歩んでおります」

「幾久しく国王陛下をお支えくださいますよう、ご多幸とご健康をお祈り申し上げます」


 聖女時代を思い出しながら王妃らしく微笑んで、鷹揚に振る舞いつつ、順番に貴族たちのお祝いの言葉、それからお祝いの贈り物を受け取った。


 誕生日仕様の昼食を挟んだ後、今度は貴婦人たちが私の部屋にお祝いにやってくる。

 そのなかで、一番最後に、

「あのう……王妃陛下。お誕生日おめでとうございます」

と遠慮がちにやってきた一団がいる。いずれも華やかな美女ばかりだった。

 つい、私は苦笑いをする。
 彼女たちはウィルフレッドに想いを寄せていて、私を呪ってそれぞれ『呪い還り』を受けてしまった女性たちだ。

 みんな元々容姿自慢だったから、『呪い還り』は相当トラウマになっているらしい。

 彼女たちは私に『謝罪』し『絶対の忠誠』を誓ったので、いまは王城の中や貴族同士の情報収集、それから実験的な政策への協力など、たくさん私の手助けをしてもらっている。


「どんな女性にも見向きもしなかった陛下からご結婚以来あれだけの寵愛を受けていらっしゃるのですから……最初からわたくしたちなどでは敵いませんでしたわ」

「……どうぞ、末永くお幸せでいらしてください」


 そう言われて、嬉しく思っている自分がいることも否定できない。
 私よりも若い彼女たちの方が、きっとウィルフレッドの子を授かりやすかったとわかっていても。
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