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31、元聖女、帰還する
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ウィルフレッドは武力を使う決断が早いけれど、同時に搦め手から勝率を高めることも忘れない。
敵対している国に対しては、平時から重臣や有力貴族に懐柔を仕掛けている。
また情報収集能力を強化し、また巧みに偽情報を流すことで相手を撹乱して、少ない犠牲で勝利を重ねてきた。
そして今回。
ウィルフレッドはガストラ王国側にこんな偽情報を流した。
『────グライシード王国は隠蔽しているが、暗殺者の手によって、すでに国王は死亡した』
『暗殺者がガストラ王国の者であるということはすでに発覚。
イヴェットは暗殺への関与を疑われ幽閉されており、近いうちに追放される可能性がある』
『国王の死の事実を隠しながらも、実権はすべて王妃ルイーズが握っている。時期を見計らい、王族の誰かを次期国王として擁立する予定』
『だが王妃の腹にはすでに亡きウィルフレッド国王の子がいる。出産後、新王は早々に退位させられる見込みである』
感心してしまうぐらいバランスよく説得力のある偽情報だ。
私が王妃になる前にヨランディアを聖女として15年間統治していた経験を持つことを、うまく使っている。
嘘の情報にあわてたガストラ王国は浮き足立った。
イヴェットを王位に就けるため、そして王妃(私)を追放するため、急いで軍を送ってきた。
それがこちらの罠とも知らずに。
私たちの結婚以来、国境を守る結界は順調に増やせていたから、ガストラ王国の進軍ルートは限られていて簡単に予測できる。しかも季節は冬。進軍には不向きな時期だ。
急ごしらえの上に寒さで弱ったガストラ軍を、グライシード軍は地の利を生かしてあっさり壊滅させ、多くの兵を捕虜にした。
そしてそれだけじゃ終わらなかった。
宣戦布告なき侵略に対する抗議を名目に、ウィルフレッドはさらに進軍させる。
ガストラ王国軍のルートをさかのぼるように攻め入り、瞬く間に王都を包囲。
すでに主力が壊滅状態となっていた敵軍の降伏は早く、その勢いであっという間に現国王を退位させてしまった。
元々骨肉の争いをしていた王族同士の結束は脆く、王を守る者はいなかった。
ウィルフレッドは、王族の中で一番冷遇されていた若者を王位に就けた。
(追ってイヴェットを王位に就けるという案も浮上したそうだけど、彼女は固辞したみたい)
ガストラ王国はグライシード王国に比べて高位貴族それぞれの力と独立心が強く、王家への忠誠心が弱い。
元々有力貴族の懐柔を図っていたウィルフレッドが、早急に貴族たちの領地や身分を保証することで、抵抗勢力もほぼ抑え込むことができてしまった。
こうして、ガストラ王国はあっさりとグライシード王国の属国と化したのだった。
────戦争の始め方も上手ければ、終え方も上手い。
綿密な段取りとすばやい用兵、的確な判断で死者も抑え、時間も短く収め、混乱も最小限に……。
自国を守り利益を得つつ、敵国にも安定した落としどころをつけた。
正直私は、大怪我を負ったばかりなのに自ら兵を率いていったウィルフレッドを心配していた。
だけど予想よりもずっと早くグライシードに帰還してきた夫の手腕に、私は思わずため息をついたものだ。
***
「────言い訳じみて聞こえるかもしれませんが、わたくし自身はもう、追放以降は聖女猊下に何もする気はなかったのですよ」
ガストラ王国の始末がついてほどなくして、私はウィルフレッドとともにヨランディアに入国した。これまでの決着をつけるためだ。
王城の応接室で対面した宰相は、弱々しく言い訳をした。
最後に会った時からは想像もつかないほどげっそりと痩せ、10歳以上は年を取ったように見えたその姿。
ヨランディアの実権を握るかわりに相当な苦労を味わったのだろう。無茶なクーデターなんか起こすから。
「追放のみならず我が妃に呪いを向け、さらに銃口を向けておきながら、ひどい言い草だな」
ウィルフレッドが苛立ちを隠さず言う。
「ええ。我が国がグライシード王国に対してしてしまったことは、このまま宣戦布告をされてもおかしくないほどのことでしょう。
そうではなく先にお二人がこの国にいらしたのは、温情に過ぎないと承知しております」
実際のところは、グライシードからヨランディアまでは直接軍を送るには遠すぎる。
ありうるとしたらどちらかというと、同じ暗殺という手段だろう。
(やろうと思えば私の方からは呪いという手も使えるけど、あらぬ疑いをかけられたその手を結局使ってしまうことはしたくなかった)
「ひとつはっきりさせておきたいこととしては、私自身はもうグライシードの王妃だということです」
私は言う。
「今からヨランディアの聖女に戻ろうとか王位に就こうだとかそんな考えはもちろんありません。
ですが、ウィルフレッドの妻として、グライシードの王妃として、夫や国に今後も危険があるままなのは見過ごせないということです」
ウィルフレッドは武力を使う決断が早いけれど、同時に搦め手から勝率を高めることも忘れない。
敵対している国に対しては、平時から重臣や有力貴族に懐柔を仕掛けている。
また情報収集能力を強化し、また巧みに偽情報を流すことで相手を撹乱して、少ない犠牲で勝利を重ねてきた。
そして今回。
ウィルフレッドはガストラ王国側にこんな偽情報を流した。
『────グライシード王国は隠蔽しているが、暗殺者の手によって、すでに国王は死亡した』
『暗殺者がガストラ王国の者であるということはすでに発覚。
イヴェットは暗殺への関与を疑われ幽閉されており、近いうちに追放される可能性がある』
『国王の死の事実を隠しながらも、実権はすべて王妃ルイーズが握っている。時期を見計らい、王族の誰かを次期国王として擁立する予定』
『だが王妃の腹にはすでに亡きウィルフレッド国王の子がいる。出産後、新王は早々に退位させられる見込みである』
感心してしまうぐらいバランスよく説得力のある偽情報だ。
私が王妃になる前にヨランディアを聖女として15年間統治していた経験を持つことを、うまく使っている。
嘘の情報にあわてたガストラ王国は浮き足立った。
イヴェットを王位に就けるため、そして王妃(私)を追放するため、急いで軍を送ってきた。
それがこちらの罠とも知らずに。
私たちの結婚以来、国境を守る結界は順調に増やせていたから、ガストラ王国の進軍ルートは限られていて簡単に予測できる。しかも季節は冬。進軍には不向きな時期だ。
急ごしらえの上に寒さで弱ったガストラ軍を、グライシード軍は地の利を生かしてあっさり壊滅させ、多くの兵を捕虜にした。
そしてそれだけじゃ終わらなかった。
宣戦布告なき侵略に対する抗議を名目に、ウィルフレッドはさらに進軍させる。
ガストラ王国軍のルートをさかのぼるように攻め入り、瞬く間に王都を包囲。
すでに主力が壊滅状態となっていた敵軍の降伏は早く、その勢いであっという間に現国王を退位させてしまった。
元々骨肉の争いをしていた王族同士の結束は脆く、王を守る者はいなかった。
ウィルフレッドは、王族の中で一番冷遇されていた若者を王位に就けた。
(追ってイヴェットを王位に就けるという案も浮上したそうだけど、彼女は固辞したみたい)
ガストラ王国はグライシード王国に比べて高位貴族それぞれの力と独立心が強く、王家への忠誠心が弱い。
元々有力貴族の懐柔を図っていたウィルフレッドが、早急に貴族たちの領地や身分を保証することで、抵抗勢力もほぼ抑え込むことができてしまった。
こうして、ガストラ王国はあっさりとグライシード王国の属国と化したのだった。
────戦争の始め方も上手ければ、終え方も上手い。
綿密な段取りとすばやい用兵、的確な判断で死者も抑え、時間も短く収め、混乱も最小限に……。
自国を守り利益を得つつ、敵国にも安定した落としどころをつけた。
正直私は、大怪我を負ったばかりなのに自ら兵を率いていったウィルフレッドを心配していた。
だけど予想よりもずっと早くグライシードに帰還してきた夫の手腕に、私は思わずため息をついたものだ。
***
「────言い訳じみて聞こえるかもしれませんが、わたくし自身はもう、追放以降は聖女猊下に何もする気はなかったのですよ」
ガストラ王国の始末がついてほどなくして、私はウィルフレッドとともにヨランディアに入国した。これまでの決着をつけるためだ。
王城の応接室で対面した宰相は、弱々しく言い訳をした。
最後に会った時からは想像もつかないほどげっそりと痩せ、10歳以上は年を取ったように見えたその姿。
ヨランディアの実権を握るかわりに相当な苦労を味わったのだろう。無茶なクーデターなんか起こすから。
「追放のみならず我が妃に呪いを向け、さらに銃口を向けておきながら、ひどい言い草だな」
ウィルフレッドが苛立ちを隠さず言う。
「ええ。我が国がグライシード王国に対してしてしまったことは、このまま宣戦布告をされてもおかしくないほどのことでしょう。
そうではなく先にお二人がこの国にいらしたのは、温情に過ぎないと承知しております」
実際のところは、グライシードからヨランディアまでは直接軍を送るには遠すぎる。
ありうるとしたらどちらかというと、同じ暗殺という手段だろう。
(やろうと思えば私の方からは呪いという手も使えるけど、あらぬ疑いをかけられたその手を結局使ってしまうことはしたくなかった)
「ひとつはっきりさせておきたいこととしては、私自身はもうグライシードの王妃だということです」
私は言う。
「今からヨランディアの聖女に戻ろうとか王位に就こうだとかそんな考えはもちろんありません。
ですが、ウィルフレッドの妻として、グライシードの王妃として、夫や国に今後も危険があるままなのは見過ごせないということです」
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