この上なく愛

天宮叶

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予期せぬ客人

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薬屋の仕事を行いながら、昨日の街での出来事を思い出す。捨てたいと思う気持ちとは裏腹に、またライアン様に会えることを期待してしまっている。

「店主は居るかな?」

「はい。僕が店主ですが……」

 入ってきたお客様に声をかけられて、視線をそちらへと向ける。見るからに高貴な方だとわかる装いに驚いてしまった。窓の外に数人の護衛が待機しているのが見える。金色の髪をなびかせたその人が、パープルダイヤのような美しい瞳をこちらへと向けている。

「君がライアンの想い人か。たしかに美しい髪色をしている。リトル村の住民にしか現れない特徴的な色だ」

「貴方様はいったい……」

ライアン様のことを気軽に呼び捨てにしているうえに、故郷のことまで知っているなんて……。たしかに僕の持つ緋色の髪はリトル村に生まれた人にしか現れない色だ。唯一の生き残りである証でもある。

だからこそつい警戒してしまう。そんな僕に向かってにこりと笑みを浮かべてきた男性が、懐から瓶を取り出した。この薬屋で使用している薬瓶だ。

「そんなに警戒しないでくれ。媚薬をライアンに頼んでいたのは私なんだ。ライアンの目を盗んで来るのは大変だったんだよ」

「媚薬って……もしかしてオーウェン国王陛下⁉」

「正解。君に想い人が居ると誤解されてしまったから、もう買いに行けないとライアンから言われてしまってね」

 慌てて頭を下げると、頭上からクスクスと楽しげな声が降ってくる。想像よりも物腰の柔らかい方のように感じた。

「本日は媚薬のご購入でしょうか」

「媚薬はしばらく止めることにしたんだ。シルが疲れてしまったようだから」

 シル様は陛下の恋人のことだろう。相当楽しまれたみたいだ。少しだけ同情してしまう。でも、媚薬を買いに来たのでないのなら、どうして陛下が薬屋に足を運んだのだろうか? それに先程から、僕がライアン様の想い人だと勘違いしているみたいだ。

「……では、どのようなご用事で来られたのですか?」

「ただの好奇心だよ。あの堅物がどんな子に惹かれているのか知りたくなってね。ふふ、確かに君を気にかける理由は良くわかる。特にライアンはリトル村の件を気にしているからね」

 故郷のリトル村は盗賊が放った火によって全焼してしまい、跡形もなくなってしまっている。当時幼かった僕には、原因も自分を助けてくれた人の名前すらわからなかった。だから、故郷を襲った盗賊の捕縛が、ライアン様が騎士団長に就任してから初めての任務だったことを知ったのは十八歳の頃。それから三年の月日が経っている。

「ライアン様からも会ったことがないかと聞かれたことがあります。ですが、気のせいだとお伝えしました。ましてや、想い人だなんてありえないことです」

 誤魔化し続けるのは無理だとわかっている。それでも、伝えられない。助けられた命はもうじき病によって散ってしまう。それなのに伝えられるわけがない。悲しませたくなんてない。あの日のことを、ライアン様が覚えていてくれるだけで十分だ。そうすればずっと彼の記憶に残り続けられる。僕は傲慢だから、記憶にだけでも留まっていたいと望んでしまうんだ。

「随分と強情なんだな。私の目には君が自分のことをライアンに知ってほしいと思っているように見えるのに」

「っ、それは……」

 図星だった。瞳が熱くなる。本当は伝えたいことが沢山あるんだ。でも、病が進行し花が目の前を散っていくたびに、勇気も気力も、希望すら薄れていってしまう。僕の心臓はもうじき止まってしまうだろうから。

呪いをしてしまった今はもっと……。

「君の薬はよく効く。でも、どんな良薬でさえ治せない病を君は患っているようだ」

 陛下の視線が、床へと向けられている。拾い損ねていたのか、スイートバイオレットが一輪転がっていた。そのあと、廃棄袋に入れられているスイートバイオレットを紫の瞳が一瞬だけとらえた気がした。

 この方はどこまで見透かしているのだろうか。自分のすべてがさらけ出されているようで怖くなる。

「気持ちは伝えられるうちに言葉にしておくべきだ。それが円満の秘訣だよ。それに、ライアンとは幼馴染なんだ。できれば幸せになってほしい」

 ようやく陛下がこの場所に来た理由がわかった気がした。ライアン様のことを大切にされているんだ。上司と部下ではなく、親友として。だから、僕がどんな人間なのかを確かめておきたかったのかもしれない。

 もしも呪いを行ったことを知ったら、陛下は僕を咎めるだろうか……。聞いてみたい。

きっと誰でもいいから自分のことを叱ってくれる人が欲しかったのだと思う。

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