お飾りオメガに愛印の上書き

天宮叶

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それはリコも同じ。

 目があった瞬間、何か大きな渦のようなものに心が巻き込まれるような感覚がした。けれど、それは一瞬。すぐ後には、やるべきことへと思考が切り替わる。

「僕はリコ・ホーガンといいます。この馬車の主です。幸い護衛が数人ついていますので、馬を安全な場所へ運ぶお手伝いができると思います」

「……助かる。私はアルバーノ・グレーだ。……彼はもう走ることはできないだろう。疲れていることはわかっていたのに道中を急ぐあまり無理をさせてしまった」

「大切な相棒だったのですね……」

「ああ、そうだ」

 馬を一撫でした彼は、立ち上がると運ぶのを手伝ってほしいと申し出てくれた。それに応えるように人を呼び、馬を道の脇の草むらの上に寝かせてやる。するとアルバーノが、腰に下げていた剣をおもむろに抜いた。そのまま馬の喉元へと切っ先を近づける。

「っ、殺すのですか?」

「このままでは苦しみが長引くだけだ。いっそ楽にしてやったほうがいい」

 アルバーノのいうことはわかる。けれど、大切な馬を手にかけるなどリコには到底できない。紫の瞳が、横たわる馬の顔をしっかりと捕らえている。そのまま剣が勢い良く馬の喉元を貫いた。残酷だけれど、走れなくなった馬の運命は決まっている。思わず目をそらすと、剣を鞘に戻したアルバーノがリコへと謝罪をしてくれた。

「こんなことに君を巻き込んでしまいすまなかった」

「……いいえ、かまいません。出会いとは運命で決まっているものだと祖父から聞かされて育ちました。ですから、これも運命なのでしょう。ところでグレー様はこれからどちらへ行かれるのですか?」

「私はヒルマイナ領へ向かう予定だ」

「丁度良かった。僕もヒルマイナへ向かっているのです。良ければ馬車でお送りいたします」

 ヒルマイナはホーガン伯爵家が管理している領地だ。リコは顔をほころばせると、アルバーノへと提案する。ヒルマイナ領に入ったらアルバーノを降ろしてあげればいい。彼は馬を亡くし困っている上に、ここから徒歩で向かうには少し遠い。困ったときはお互い様だ。

「……いいのか?」

「ええ、かまいません。さぁ、行きましょう」

馬車に乗り込むと、向かい合って椅子に腰掛ける。少しすると馬車が動き出し、山道を進んでいく。時々石を踏んでしまうのか、大きく揺れて椅子から落ちそうになってしまう。

「わっ」

 一際大きく馬車が揺れた瞬間、衝撃でリコは前のめりに椅子から落ちてしまった。目の前にいたアルバーノが慌てて支えてくれる。大きな節ばった手が肩に触れ、顔を上げると至近距離にアルバーノの端正な顔が飛び込んできた。離れなければならない。わかっているのに、どうしてだかリコは彼から離れることができない。それはアルバーノも同じようだ。見つめ合ったまま、体内を満たす渦が膨れ上がっていくのを感じ続ける。このままでは歯止めが効かなくなると本能が告げている。

「どうして……」

 リコの身体から自然と発情期特有のフェロモンが流れ始めた。つい先日発情期を終えたばかりのリコは、不自然な発情に戸惑う。それに、どうしてだか番以外には感じることのできないフェロモンが、アルバーノには感じられるようなのだ。

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