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夕食の卓を囲みながら、フリードリヒの斜め横に腰掛けるケニーを盗み見る。本来なら平民のケニーは伯爵家の屋敷にすら、足を踏み入れることは難しいだろう。それなのに、今はおかしなことに一緒の卓を囲み、まるで自分が正妻かのようにフリードリヒへと気安く話しかけている。マナーは最低限教わったのだろう。下手くそながらも必死に様式に乗っ取ろうとする様子が垣間見える。それがさらに、リコの気分を悪くさせた。
「フリードリヒ様。僕は貴方が愛人を抱えようと文句など言いません。ですが、家族で囲む卓に彼を連れてくるのはお控えください。使用人達の目もありますから」
リコは決して気弱な性格ではない。けれど、実家を助けてもらった恩があるために貞淑な妻となることを心がけている。それでも、時々感情が自分でもコントロールできないほどに荒れ狂ってしまうときがあった。
実家を助けるために、売られるような形で婚姻をしたけれど、本当は物語のような恋愛に憧れていたのだ。出会いから恋に落ちるまでの間、お互いがお互いのことだけしか目に入らなくなるような、熱くて甘い恋物語。貴族のオメガとして生を受けたのだから、そのような夢は捨てなければならないとわかっている。それでも、憧れは消せなかった。
フリードリヒはその夢を叶えられない。ふと、頭に浮かぶのはアルバーノの存在。夫のいるリコはアルバーノと結ばれることなど許されない。それなのに、あの事故を思い起こすたびに、胸が高鳴り、心が沸き立つのを感じられる。
「ケニーは愛人などではない」
けれど、浮かれていた心はフリードリヒの一言で飛散してしまった。酷く憎々しげにリコのことを睨みつけてくる彼。その隣で、ケニーが勝ち誇ったような笑みを浮かべているのが見えた。
「僕は貴方の妻です。彼はまだ正式に第二婦人に迎え入れられたわけでもないのに、愛人以外にどう呼べばいいと?」
「っ、黙らないか! お前にあるのはホーガン伯爵婦人という肩書だけだ。俺にとっては妻などではない!」
お飾りの妻だとはっきりと言われてしまい、少なからず絶望感を感じてしまう。たしかに顔を合わせたのは婚姻の日が初めてだったし、それまでは名前を知る程度の気薄な関係だった。だから気持ちがないとしても仕方のないことだとリコは覚悟していた。けれど、怒鳴られるほどのことをリコはしていない。
それに、正妻であるリコがケニーに対して厳しくなるのは仕方のないことではないだろうか。貴族と平民では生きてきた環境も違う。認めないわけではないけれど、いい気分はあまりしない。それがリコの本音だ。
「……そうですか。それなら僕は自室で大人しくしています」
言いたいことはまだ沢山ある。けれど、自分も過ちを犯した以上あまり責めることもできない。それに、これ以上話をしたところで平行線だ。リコはただフリードリヒと良きパートナーとして、穏やかに過ごすことができればいいと願っていただけなのだ。愛人が居ようとそれは変わらない。でも、無理なのだろう。
離縁するという選択肢も取ることができない。離縁するためには、ホーガン伯爵家がシュピラーレ子爵家のために肩代わりしてくれた借金を返さなければならないからだ。そんな大金など到底用意することはできない。
自室に戻ると、疲れを癒やすようにベッドへと横たわる。着替えることすら面倒だ。そのくらい精神的にも肉体的にも疲労している。
(もう、会うことはないだろうな)
アルバーノの輝く紫の瞳に見つめられたときのことを思い出しながら、リコはそっと目を閉じた。
「フリードリヒ様。僕は貴方が愛人を抱えようと文句など言いません。ですが、家族で囲む卓に彼を連れてくるのはお控えください。使用人達の目もありますから」
リコは決して気弱な性格ではない。けれど、実家を助けてもらった恩があるために貞淑な妻となることを心がけている。それでも、時々感情が自分でもコントロールできないほどに荒れ狂ってしまうときがあった。
実家を助けるために、売られるような形で婚姻をしたけれど、本当は物語のような恋愛に憧れていたのだ。出会いから恋に落ちるまでの間、お互いがお互いのことだけしか目に入らなくなるような、熱くて甘い恋物語。貴族のオメガとして生を受けたのだから、そのような夢は捨てなければならないとわかっている。それでも、憧れは消せなかった。
フリードリヒはその夢を叶えられない。ふと、頭に浮かぶのはアルバーノの存在。夫のいるリコはアルバーノと結ばれることなど許されない。それなのに、あの事故を思い起こすたびに、胸が高鳴り、心が沸き立つのを感じられる。
「ケニーは愛人などではない」
けれど、浮かれていた心はフリードリヒの一言で飛散してしまった。酷く憎々しげにリコのことを睨みつけてくる彼。その隣で、ケニーが勝ち誇ったような笑みを浮かべているのが見えた。
「僕は貴方の妻です。彼はまだ正式に第二婦人に迎え入れられたわけでもないのに、愛人以外にどう呼べばいいと?」
「っ、黙らないか! お前にあるのはホーガン伯爵婦人という肩書だけだ。俺にとっては妻などではない!」
お飾りの妻だとはっきりと言われてしまい、少なからず絶望感を感じてしまう。たしかに顔を合わせたのは婚姻の日が初めてだったし、それまでは名前を知る程度の気薄な関係だった。だから気持ちがないとしても仕方のないことだとリコは覚悟していた。けれど、怒鳴られるほどのことをリコはしていない。
それに、正妻であるリコがケニーに対して厳しくなるのは仕方のないことではないだろうか。貴族と平民では生きてきた環境も違う。認めないわけではないけれど、いい気分はあまりしない。それがリコの本音だ。
「……そうですか。それなら僕は自室で大人しくしています」
言いたいことはまだ沢山ある。けれど、自分も過ちを犯した以上あまり責めることもできない。それに、これ以上話をしたところで平行線だ。リコはただフリードリヒと良きパートナーとして、穏やかに過ごすことができればいいと願っていただけなのだ。愛人が居ようとそれは変わらない。でも、無理なのだろう。
離縁するという選択肢も取ることができない。離縁するためには、ホーガン伯爵家がシュピラーレ子爵家のために肩代わりしてくれた借金を返さなければならないからだ。そんな大金など到底用意することはできない。
自室に戻ると、疲れを癒やすようにベッドへと横たわる。着替えることすら面倒だ。そのくらい精神的にも肉体的にも疲労している。
(もう、会うことはないだろうな)
アルバーノの輝く紫の瞳に見つめられたときのことを思い出しながら、リコはそっと目を閉じた。
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