お飾りオメガに愛印の上書き

天宮叶

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 ホーガン伯爵家へと、隣国のエタンセルから三週間後に使節団が尋ねてくると聞かされたのは、避暑地から帰ってきてから一週間も立たない頃だった。やたらと屋敷中が慌ただしいことに疑問を感じていたリコは、その話を聞いてすぐに納得する。ホーガン伯爵家は貿易路に関する事業を執り行っている。船や馬車など、海を渡り山を超えるすべを心得ている上に、詳細な貿易路の地図も所有しているのだ。その情報を得るため時々こうして他国から使者が来ることもある。

朝、目を覚ますと軽い朝食を一人で取り終えてから、使節団の名簿を確認していく。その途中、グレー公爵という名に目が止まった。勘違いでなければ、アルバーノもグレーというファミリーネームだったはず。綴られた名前から目が離せなくなる。

(まさかそんなはずない……) 

 自身に言い聞かせながら名簿を閉じた。

あっという間に時間は過ぎ、リコは使節団を迎える準備に追われていた。食事の手配や設営を使用人に指示しながら、屋敷内の見回りを行う。これも伯爵夫人としての役目だから手は抜かない。きっと縋っているだけなのだ。リコがホーガン伯爵家の妻として必要とされるのは、家を取り仕切っているときだけだから。

 そのことでフリードリヒからお礼を言われたことなどはない。それでいいとも思うし、そんなことは望んではいない。ただ、一言でいいからリコを必要としていると言ってほしかった。そうでなければホーガン伯爵家にリコの居場所などないに等しいから。

屋敷内を歩き回っているうちに、フリードリヒの執務室の前まで来てしまっていた。ついでに使節団について確認しておこうと、扉をノックしようとしたとき、中から甘い喘ぎ声と息遣いが聞こえた気がして手を止める。気持ち悪さが込み上げてきて、その場から逃げ出した。

————まるで悪い夢を見ているみたいだ。そうじゃないのなら、どうしてこんなにも辛い思いをしなければならないのだろう。

 リコは嫌悪感と悔しさを我慢しながら、人目を避けて自室へと戻った。先程耳にしたものが脳裏にこびりついて離れない。フリードリヒとケニーの逢瀬を目の当たりにし、ふつふつとやるせなさが湧き上がってくる。

 リコは使節団の話を聞いてから、睡眠時間を削り準備に取り組んできた。五日後には王城への挨拶を終えた使節団が、伯爵家へと尋ねてくる。それなのに、フリードリヒはケニーにかまってばかり。今回に限ったことではなく、ケニーに出会ってからのフリードリヒはまるで別人のように仕事を疎かにするようになってしまっている。

(泣いていたってなににもならない。僕がしっかりしないと……)

 流れそうになる涙を必死に押さえつける。時々、どうしてこんなにも必死に今の場所に縋りついているのかわからなくなる。いっそのこと向こうから離縁してくれれば楽になれるというのに。けれどそれは叶わないだろう。フリードリヒはリコを愛していないにもかかわらず、決して手放そうとはしないから。

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