手持ちキッチンで異世界暮らしを快適に!

榊原モンショー

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獣人族の宴①

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 俺がネルトに拉致されてはや十数分。

「この度は、娘のルーナの面倒を見て頂き、本当に、本当に感謝する」

 俺は、十数人の獣人族から最敬礼の土下座で迎え入れられている状況にいた。
 眼前には煌びやかな食事の数々。山の幸、海の幸がふんだんに盛り込まれた食事になかなか手をつけられずにいると、側に仕えていた巫女服のようなものを来た獣耳美少女が、小皿に料理を装った。

「さぁさぁ、ルーナの代わりで恐縮ではありますが、不肖私、ロン族の長を務めさせて頂いておりまする、エクセン・ロン・ハルトがお迎え致します故――」

 ……えっと……どうしてこうなった。

 確か、拉致されたあの後、木と木の間を器用に跳躍しつつ――それも、右手に俺を、そして左手にはキッチン一式を持ったその少女は軽やかに森の奥深くへと向かっていった。
 というか、どのタイミングでキッチン一式持ち出す余裕があったのかなどを聞いてはみたかったが、いかんせん通り道がギリギリすぎて俺が少しでも動くとどこかの木の枝にぶつかってしまいそうでかなり怖かった。
 ただただ縮こまって為すがままにされていた俺だった。
 そして、木々が開けた所には既に十数人の獣人族が土下座をして俺を迎え入れて、ネルトさんにはその食事の前で下ろされた――こんな感じだったはずだ。

「さぁさ、御仁! そなたは酒はいける口かな?」

「い、いや……俺、未成年なんでお酒はちょっと……」

「む。これこれ、御仁にブドウジュースを差し上げなさい」

 族長……とさっき挨拶していたエクセン・ロン・ハルトさんは、しわがれた毛並みでパン、パンと手を鳴らした。
 その耳や尻尾も、年相応……と言った形で、比較的しんなりしている。

「えっと……これ、どういう……?」

 全く状況が飲み込めない俺。周りでは、次々に獣人族たちの宴が始まっている。
 一番端では、俺を拉致ってきてたネルトさんが、初老の男女と思しき二人組の前で何やら楽しそうに談笑している。
 あの人たちは……ルーナの父さんと母さんだろうか。
 俺の手に綺麗な紫色のブドウジュースが渡ったと同時に、族長はしわがれた声で笑った。

「皆、それほどにルーナのことが心配だったのですよ。あんな幼い娘を荒野に投げ出してしまって良かったのか……どこかで飢えてしまっていないか……下卑た輩に奴隷として売られていないか……。私たちの行為はもしかしたら間違っていたのではないか、私たちのことを嫌いになってしまっても仕方が無いと……すべてが心配だったのです」

 涙ながらに呟く族長……だが、おかしい……何だ、この反応は……!

「で、でも……ルーナは一族を破門されたって言ってましたよ……?」

「えぇ、破門……致しました。元々、獣人族には広く使われる属性魔法と肉体増幅魔法というものがあります。そのうち、ルーナは昔ながらに属性魔法が上手く使えなかったのです」

 あー、そういやそんなこと言ってたな。

「ですが、それも個性、個性だと私たちはずっと言っていました……。肉体増幅魔法ならば、ルーナは獣人族トップクラスの使い手ですからな。ルーナはただ、属性魔法が使えないことに劣等感を抱いており……一族の中のことしか知らない小さな娘。外に出そうとしても一族を愛しているが故に知ろうとしなかったのです」

 その族長のため息じみた言葉に、俺はルーナの性格を少しだけ頭に浮かべて、「あー……」と妙な納得をしてしまった。

「ですから、今から一月前にこの森を追い出したのです。ルーナの父や母は涙ながらにルーナを罵倒したのです……。外の世界を知ってもらうために。劣等感を抱くほどルーナはだめな子ではないと、知ってもらうために……!ルーナが泣き疲て眠ってしまった隙を縫い、北方都市ルクシアに近く極端な外敵もおらず、ひなたぼっこをするのには最適なダイミガハラ草原という場所に置いて側から見守りつつ、もう何もかもを謝ってこちらに戻そうと思っていたその矢先の5日目に、あなたという救世主にあったのです」

 至れり尽くせり箱入り娘かあいつは。

「って、そういうことだったんですか!? ルーナの破門って!」

「やってはならないことをやった自覚はあります。ですが、ルーナはあなたという存在を得てから、楽しそうに、あなたという優しい人間族と共に旅をし、適材適所でお役に立ち、生きていると言うことを知って私たちはルーナの見守りを取りやめたのです。こちら側に来たと知って、いても立ってもいられず……」

 それで、ルーナの姉さんであるネルトさんが送り込まれた……と。

「……で、ルーナの分のパンケーキをネルトさんが奪って取っちゃった、と」

「ぱんけーきとは、いかなる……?」

「あぁ、ちょっとルーナのために作ってみたお菓子みたいなものです。ネルトさんが全部取っちゃったんですよ」

「……ほう」

 俺が面白半分にそ告げた瞬間、宴の端で父さん母さんと話していたのであろうネルトさんが、耳をぴくぴくさせて引きつった笑みを浮かべた。

 ひゅんっ。

「ネルト、お主、ルーナのお菓子を取ったとは本当か……?」

 音速とも言える速度で族長がネルトさんに近寄った。
 後ろからでも見える。あぁ、これは殺気だ。

「ご、ごめんって!じーちゃんごめんって! 美味しそうだったから! 美味しそうだったから!」

 負けじとネルトさんも音速レベルで俺の背後に隠れる。

「あれほど姉妹仲良くせぇと言ったじゃろう! 肉体増幅魔法獣拳じゅうけんッ!」

「老いぼれ爺のへなちょこパンチなんか効くか! 肉体増幅魔法獣脚じゅうきゃくッ!」

「ちょっと待ってお二方俺を壁に攻撃し合わないで怖い怖い怖い怖い!」

 俺の耳元で「ひゅんっ」やら「しゅばっ」やら聞こえてくるの怖いから!
 俺ここから数ミリでも動いたらどっちかの攻撃当たるから! 死ぬから!?

 そんな瞬間だった。

「伝令ッ! 伝令ッ! ルーナ、大円森林ヴァステラに到着! 猛スピードで集落に向かってます!」

 この村の集落の門番であろう一人の獣人族が、息を切らして走ってくる。

「ネルト、一時休戦といこう……そして族長命令じゃ。ルーナを出迎えよう」

「……爺、そりゃ、ただの出迎えじゃなくていいのかい?」

「――任せる」

 短い会話と共に、「了解っ」とにやり笑みを浮かべたネルトは、再び来た道とは反対の方に走っていく。
 その様子を見守った族長は、何事もなかったかのように「さぁさ御仁、召し上がれ」と料理を勧めてくるのだった。

 ちなみに――。

「うまっ」

 若い美しい女の子が装ってくれた料理は、めちゃくちゃ美味かった。
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