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本編 ─羽ばたき─
包まれて※
しおりを挟む人と清御鳥のしがらみ。大規模な戦禍から解放された晩夏のこと。男と時雨の傷が癒え、真砂から許しを得てようやく帰れた住み処には、去り際を逃した暑い空気が淀んでいた。気忙しい世へ主が姿を消して久しく。そこかしこに埃が溜まってはいるものの、長い時間を過ごしてきた場所に心の底から安堵が滲む。
本来ならばもっと早い段階で帰って来られるはずだったのだが、先の事件により一月以上、延びてしまった。
「長かった」
相変わらずの鉄仮面で呟くも、男の言葉の端々からは心待ちにしていた雰囲気がそこはかとなく感じられ、少女は恥じらいを隠すよう俯いた。
これから本当に、誰にも介入されずに腹の子を見守る時を分かち合えると思うと心に一気に花が咲いたようで、恋を自覚した瞬間の高鳴りを思わせた。
季節に取り残された蝉しぐれを聴きながら男の背を見つめていると、不意に振り返った蒼い瞳と視線がぶつかる。時雨はしばらく離れていた縄張りを確認するのに既に行き合いの空へと姿を消していて、今この空間には男と少女しか存在しない。施設の病室とは訳が違う、閉鎖された場所。正真正銘、二人きり。
「もう、邪魔されないな」
「……っ!」
淡い夕陽が窓から射し込み、男の白髪を橙色に染める。家具をなぞる骨ばった長い指に、細められた目。逞しい巨躯に優しげな低い声色の一つ一つ……少女の背筋が甘く痺れる。
「どうした」
誰もいない、そう意識が強まれば最後。胸のじりじりとした疼きは増すばかりで止まず、近づいてくる指先から目が離せずに思う。
二人でいられることを、一番に待ち望んでいたのは──。
「熱は無いようだが」
男は赤くなったまま固まる少女の額に手を当て熱の有無を確認すると、そのまま指先をするりと頬に滑らせた。
温かい、大きな掌が少女の顔を柔く包む。
「小毬?」
落ちてくる言の葉が、じんわりと心に沁みる。
瞳を瞬かせ、頬に触れたままの男の手にそろそろと指を沿わせながら憂いを帯びた表情で浅く呼吸を繰り返す。何も言わず、きゅっと男の黒衣を掴む少女の手は小刻みに震えていた。
黄昏時の静けさの満ちる中、早鐘を打つ鼓動の苦しさに熱っぽい視線を送る少女の顔はほんのりと蕩けていて、間近で瞳を合わせる男の胸をざわつかせる。少女の乞うような色香に当てられ、グラリと理性が軋み始めた時、耳に掠れた声が届いた。
「……烏京さま……」
切なく、苦しそうな甘えた声。すりすりと自分の手に頬を押し付けながら見せる、艶っぽい表情。細い息を吐く桃色のぷっくりとした唇。
誰もいない。縛るものなど無い。理性の壊れる音が男の脳髄を駆け巡った。
「んっ……ふ……」
かぶりつくように合わさった唇から洩れる少女の吐息に耳を傾け、深く舌を絡めながら口内を蹂躙する。甘く感じる唾液に男の眉間には酔いしれたように皺が刻まれていて、湿った音は徐々に激しく零れ落ち、紡がれた銀糸が二人の間に滴った。
自身の息と心臓、交わる口内の露音が伝わり、蕩けた少女の脚は力を失って、やがて壁に凭れたままズルズルと床に座り込んだ。
「……ぁ……ぅ……ふっ……」
そんな少女と縺れるように、男も口づけたまま姿勢を崩す。逃がさないと言わんばかりに少女の手を壁際に抑え付け、一層激しく犯し尽くす。唾液を吸い、流し込み、互いの息を身に収め──愛でられなかった時間を取り戻すのに、まるで本能に突き動かされているかの如く無我夢中だった。
「小毬……」
想いは溢れ、どうしようもなく、口づけの合間に名を呼ぶ声は焦がれて掠れ、更に深く繋がろうと舌を差し入れる。
「もっと……見せろ」
「ん……んんっ……!?」
男の無骨な手が少女の胸元に迫り、合わせ目の解かれた衣から白い乳房が瑞々しく、ほろりと零れた。悪戯な指先が肌を撫で、未だ触れられていない小さな果実はふるりと赤く屹立していく。
「ん、あぁ……烏京さ、ま……」
乳房を弄ぶ不埒な手に堪らず声を上げるも唇はすぐにまた囚われ、数ヶ月ぶりの甘い刺激に少女の抵抗の意志は容易く消え去っていった。男の腕を掴む力も抗議を唱える口も奪われ、ただ与えられる快楽を享受し喘ぐだけ。
乳房の果実を擦られる度、腰に電流が走る。摘まんで勃たされ弾かれて。美しい双丘に大きな掌が埋まり、根元から揉まれてしまえば混沌と心地好く意識が揺らぐ。久方振りの愛撫に敏感になった少女の身体は、男の劣情を受け止めるのに必死だった。
「ん……やぁ……ぁ……」
「……まだ乳は出ないようだな」
少女から唇を離した男は熱く乳房を揉みしだきながら一人ごちる。視線を落とした先、悶える伴侶の顔の向こうで自分の意のままに形を変える柔らかな双丘。先端は既に赤く尖りきり、小指でくるくると擦ってやれば少女の太腿は痙攣し、耳を打つ可憐な喘ぎに、より愛撫に拍車がかかる。
「あっ、やさ……しくっ……烏京さま……」
揉まれる度、下腹部にじわりと熱が籠るのを感じ、瞳を潤ませながら男に懇願する。
「……んっ、赤ちゃんが……」
「そうだな」
抱きすくめられ、安堵の息を吐いたのも束の間。突然、浮遊感に襲われ思わず男の首にしがみついた。抱き上げられて、身体全体が密着する心地に心臓が一気に跳ね上がる。
ゆったりと大きな腕の中でゆりかごのように揺られながら行き着いた先は、一階に移したと言われる寝室。壊れ物を扱うように、そっと寝台に横たえられた。
「ここ、私の為に……」
空き部屋だった場所を、身重の少女が階を昇らぬようにと造り変えた男は、何を答えるでもなく胎動を確かめようと黙って腹部に手を置いた。
少女はその優しい感触に安堵する一方で、失っていたかもしれない命の尊さに胸がいっぱいになる。あの日、あの時、少しでも何かが違っていたら助からなかったであろう小さな命はわずかに手足をばたつかせ、母に存在を主張していた。今はまだ内側から軽く圧迫される程度だが、時間が経つにつれ強くなっていくのは避けられない。睡眠を妨げられてしまうかもしれないと、かつてはそう心配していたのだが……。
「何故、動かなくなるんだ」
どんなに暴れていても、男が触れればピタリと鎮まる。
不服そうに呟いた男に笑いかけながら、少女も腹に手をやった。
「きっと、お父さんだって分かっているから……安心できるのよ」
「恐ろしいだけではないのか?」
仏頂面で言う男の頬に指を添え、愛おしげに見つめる少女の瞳はどこまでも柔らかく、深い森に包まれたような清らかさを思わせる。
「お父さんが大好きなのよ。ね?」
「……そうか……」
清らかな瞳に己の姿をずっと映してほしいと、そんな願いが男の胸にこみ上げ、間に甘い空気が漂った。
やがて時の流れを忘れ、寝台で唇を合わせる男女の影が斜陽に落ち、熱く絡み、艶かしく踊り始めた。
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