ホテルエデン

虹乃ノラン

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第二章

大切な想い出(12)

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 レテリーの爪が私の背中からおなかを貫通し床に突き刺さっていた。
「おねえちゃん! だめ!」
 アケルが私に駆け寄ってくる。
 私は最後の力を振り絞って「部屋に隠れなさい!」って言ったつもりだったんだけど、その力さえなかったみたいだ。
 大粒の涙を流しながらアケルがなにかを叫んでいるのに、まるで小声で囁かれているかのように聞き取れない。手足の感覚はなくなり、体の真ん中から生暖かいものがたくさん流れ出ている気がした。
 なんだかすごく疲れた。
 人は死に直面するとき、過去の思い出が走馬灯のように思い出されるって聞いたことがある。
 でも私には走馬灯になって思い出される過去の記憶がもうほとんど残っていなかった。
 母の名前や父の名前も、兄弟がいたのかとか、同級生の名前も、自分の名前さえも忘れそうだった……。私自身が望んだのに、今は本当に情けない気持ちでいっぱいだ。
 きっとこれは神様が私に与えた罰なんだ……。
 レテリーに引きずり込まれるようにして私は下の階へと落ちていった。
 アケルが私の落ちた穴から顔を出して泣いている。
 アケル……ごめんね……。
 まるで外の世界が怖くて小さな穴の中に潜り込んで、怯えて鳴いている家出した猫のように…………。
 こんな風にアケルを猫なんかに例えたら、きっと怒られちゃうわね。
 二階の地面に叩きつけられる瞬間、ケルビムが私の体を受け止めた。
 ケルビムが受けた衝撃が、私にまで伝わるほどに激しく打ちつけられたようだ。
 ケルビムの腕の中で包まれながらも、私の体は床に沈んでいた。
 ケルビムのもの言わぬ仮面を間近に見て、私はケルビムの言っていたことを思い出していた。
「つらいから忘れたいのか? つらいからこそ、忘れたくないのか?」
 私は選択を間違えたな……。
 瞼が閉じていく。
 意識が遠のいていく。
「随分と派手にやられたものですね。しかし、このホテルエデンで、そう簡単にくたばって頂いては困りますよ」
 アケルの声はあんなに側にいても小声で囁くようにしか聞こえなかったのに、なぜかケルビムの声ははっきりと聞こえた。
 ケルビムが私を抱きかかえたままジャンプすると、私たちは再び三階へと降り立っていた。
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