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◇◇◇
結論──あれは幻聴だった。
自室であれこれ考えたけど、無駄をとことん嫌い冷酷な判断をすると評判のアルバート様の心の声なわけない。たまたま幻聴が聞こえたのだろう。それに副団長のアルバート様に会う機会などそうそうないから、忘れてしまおうと思っていたのに──!
「ううう、どうしよう……やっぱり討伐隊の資格試験の秘伝必勝書が見つからない」
せっかく先輩聖女さまからいただいたのに、失くしたなんて言えるわけない。騎士団の討伐隊に同行できるようになれば、資格手当で毎月いただくお金が増えて、実家に仕送りできる金額も増やせる。うちの貧乏子沢山子爵家には、腹ペコモンスター化してる弟と妹がいるから受ける気満々だったのに。
秘伝必勝書を落とした廊下、自室も隅から隅まで探したのに見つからなくて、もうアルバート様が持っている可能性に賭けるしかなくなった。この前聞こえたアレは幻聴に決まっているし、そもそも触れなければ心の声なんて聞こえない。
覚悟を決めて、騎士団棟を訪ねる。入り口にいた騎士様にアルバート様の執務室に案内してもらう。
「どうぞ」
ノックするとアルバート様の許可する声が聞こえて、入室。
「なんの用だ?」
書類に目を向けたまま低い声で尋ねられる。
「聖女のリリアンです。先日は落とした書類を拾ってくださりありがとうございました」
「……要件はそれだけですか?」
眼鏡をくいっと直しながら顔を上げたアルバート様に射抜かれた。キラリと光ったような気がする眼鏡フレームに喉の奥が、ひゅ、と鳴って声が上擦る。
「あ、あの、書類の一部が見つからなくて、アルバート様がお持ちではないか確認に参りましたが、アルバートさまが持っているわけないですよね。勘違いしてたみたいなので失礼します。お仕事の邪魔をしてしまってすみません……」
凍てつくような空気に耐えられなくて、ひと息に言い終わって背中を向けた。ドアノブに手を掛けようとしているのに手がぷるぷる震えてしまって上手く握れない。ようやくドアノブを掴んだと思った時、
「持っていますよ」
反射的に振り返るとアルバート様の引き出しから秘伝必勝書が出てきた。隠密のようにサササッと近づいて「ありがとうございます」と言って受け取ろうと手を伸ばしたら、スッと秘伝必勝書が避けられた。なぜかアルバート様がパラパラとめくり始める。
「これを返却することはできません」
「えっ、なんで?」
思いっきり素の声が漏れた。
はあ、と大きなため息を吐いたアルバート様が眼鏡を外して目頭を押さえる。いやいや、ため息つきたいのはわたしですよ? あのですね、秘伝必勝書がないと合格できる気がしないんです。自慢じゃないけど勉強は苦手なので、今すぐ絶対に返してほしいんですけども?
「あ、アルバート様、わたし、それがないと困るんです。だから、返してください」
「駄目です。この資料、バカなくらい間違っています」
「…………へ?」
赤くチェックされた秘伝必勝書をひらひらさせながら向けられて、ぽかんとした。えっ、バカなくらい間違ってるの? えっ、待って、アルバート様、今バカって言った?!
「情報が古すぎます」
「そ、そうなんですか?」
騎士団討伐隊の資格試験まであと一ヶ月しかないのに、絶望的な状況にうなだれる。はあああ、ごめん、お姉ちゃん仕送り額を増やせそうにないよ。ごめんよ、腹ペコモンスターズ。また来年挑戦してみるからね。
「教えてさしあげますよ」
「え?」
今、アルバート様の口から都合のいい言葉を聞いた気がする。いやいや、副団長で多忙で効率魔で冷酷と噂のアルバート様がそんなこと言うわけないよね。うんうん、よしっ、とりあえず帰って寝よう。
「リリアン嬢、考えていることが全部口に出ています」
びっくりして慌てて口を両手で押さえた。
「騎士団に帯同する聖女の質が落ちては困りますから。特別に教えてさしあげますよ、リリアン嬢」
「えっ、あっ、でも、あの、アルバート様は忙しいのでは? えっと、試験まで一ヶ月しかありませんし、また来年でも、いいかなって思わなくもないんですけど……?」
「今は丁度暇ですし、来年受けるなら今年受けたらいいでしょう。それとも私が指導役では不満だと言いたいのでしょうか?」
首をぶんぶん左右に動かして、腕も高速で振る。
「不満なんて、とんでもないです! アルバート様から教わるなんて畏れ多すぎるだけです!」
「それでは、神官長には伝えておきましょう」
眼鏡のフレームを人差し指で上げながらと告げられた。えっ、あれ、今ので教わることが決まっちゃったの? んん、あれれ、待って、アルバート様ってクールな見た目なだけで、実はいい人なんじゃないの?!
わたしはアルバート様にお礼を言いながら、ぺこりと頭を下げた。
結論──あれは幻聴だった。
自室であれこれ考えたけど、無駄をとことん嫌い冷酷な判断をすると評判のアルバート様の心の声なわけない。たまたま幻聴が聞こえたのだろう。それに副団長のアルバート様に会う機会などそうそうないから、忘れてしまおうと思っていたのに──!
「ううう、どうしよう……やっぱり討伐隊の資格試験の秘伝必勝書が見つからない」
せっかく先輩聖女さまからいただいたのに、失くしたなんて言えるわけない。騎士団の討伐隊に同行できるようになれば、資格手当で毎月いただくお金が増えて、実家に仕送りできる金額も増やせる。うちの貧乏子沢山子爵家には、腹ペコモンスター化してる弟と妹がいるから受ける気満々だったのに。
秘伝必勝書を落とした廊下、自室も隅から隅まで探したのに見つからなくて、もうアルバート様が持っている可能性に賭けるしかなくなった。この前聞こえたアレは幻聴に決まっているし、そもそも触れなければ心の声なんて聞こえない。
覚悟を決めて、騎士団棟を訪ねる。入り口にいた騎士様にアルバート様の執務室に案内してもらう。
「どうぞ」
ノックするとアルバート様の許可する声が聞こえて、入室。
「なんの用だ?」
書類に目を向けたまま低い声で尋ねられる。
「聖女のリリアンです。先日は落とした書類を拾ってくださりありがとうございました」
「……要件はそれだけですか?」
眼鏡をくいっと直しながら顔を上げたアルバート様に射抜かれた。キラリと光ったような気がする眼鏡フレームに喉の奥が、ひゅ、と鳴って声が上擦る。
「あ、あの、書類の一部が見つからなくて、アルバート様がお持ちではないか確認に参りましたが、アルバートさまが持っているわけないですよね。勘違いしてたみたいなので失礼します。お仕事の邪魔をしてしまってすみません……」
凍てつくような空気に耐えられなくて、ひと息に言い終わって背中を向けた。ドアノブに手を掛けようとしているのに手がぷるぷる震えてしまって上手く握れない。ようやくドアノブを掴んだと思った時、
「持っていますよ」
反射的に振り返るとアルバート様の引き出しから秘伝必勝書が出てきた。隠密のようにサササッと近づいて「ありがとうございます」と言って受け取ろうと手を伸ばしたら、スッと秘伝必勝書が避けられた。なぜかアルバート様がパラパラとめくり始める。
「これを返却することはできません」
「えっ、なんで?」
思いっきり素の声が漏れた。
はあ、と大きなため息を吐いたアルバート様が眼鏡を外して目頭を押さえる。いやいや、ため息つきたいのはわたしですよ? あのですね、秘伝必勝書がないと合格できる気がしないんです。自慢じゃないけど勉強は苦手なので、今すぐ絶対に返してほしいんですけども?
「あ、アルバート様、わたし、それがないと困るんです。だから、返してください」
「駄目です。この資料、バカなくらい間違っています」
「…………へ?」
赤くチェックされた秘伝必勝書をひらひらさせながら向けられて、ぽかんとした。えっ、バカなくらい間違ってるの? えっ、待って、アルバート様、今バカって言った?!
「情報が古すぎます」
「そ、そうなんですか?」
騎士団討伐隊の資格試験まであと一ヶ月しかないのに、絶望的な状況にうなだれる。はあああ、ごめん、お姉ちゃん仕送り額を増やせそうにないよ。ごめんよ、腹ペコモンスターズ。また来年挑戦してみるからね。
「教えてさしあげますよ」
「え?」
今、アルバート様の口から都合のいい言葉を聞いた気がする。いやいや、副団長で多忙で効率魔で冷酷と噂のアルバート様がそんなこと言うわけないよね。うんうん、よしっ、とりあえず帰って寝よう。
「リリアン嬢、考えていることが全部口に出ています」
びっくりして慌てて口を両手で押さえた。
「騎士団に帯同する聖女の質が落ちては困りますから。特別に教えてさしあげますよ、リリアン嬢」
「えっ、あっ、でも、あの、アルバート様は忙しいのでは? えっと、試験まで一ヶ月しかありませんし、また来年でも、いいかなって思わなくもないんですけど……?」
「今は丁度暇ですし、来年受けるなら今年受けたらいいでしょう。それとも私が指導役では不満だと言いたいのでしょうか?」
首をぶんぶん左右に動かして、腕も高速で振る。
「不満なんて、とんでもないです! アルバート様から教わるなんて畏れ多すぎるだけです!」
「それでは、神官長には伝えておきましょう」
眼鏡のフレームを人差し指で上げながらと告げられた。えっ、あれ、今ので教わることが決まっちゃったの? んん、あれれ、待って、アルバート様ってクールな見た目なだけで、実はいい人なんじゃないの?!
わたしはアルバート様にお礼を言いながら、ぺこりと頭を下げた。
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