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二章:狼は赤頭巾を被る

第4話 コックの信頼

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 トイレに行きたくて、真夜中に部屋を抜け出した。そしたら、どこからか、クロシェ先生の声が聞こえた。こんな時間に、独り言かしら、変な先生、なんて思って、興味本位で扉を開けてみると、隣には使用人の制服を着たメニーがいた。

 皆が寝静まった頃に、見計らって、ひっそりと、メニーに勉強を教えていたのだ。
 メニーは真剣に、クロシェ先生も真剣に、勉強を学び、教えていた。

 二人はあたしが見ていたのに気づいてなかった。だから、あたしは見ていた。扉の隙間から、目だけを二人に向けて、じっと、影のように見ていた。
 そして、ある程度見たら、それを夢だったと思うようにした。
 あたしは、先生が真夜中にひっそりとメニーに勉強を教えている夢を見ているのだと。

 どうやらそれは、毎日続いていたようだった。

 その時期、あたしはホットミルクが欲しくなって、真夜中にキッチンを行き来してた。ママが歩いてたら、ママと廊下で大声でお喋りしながら、部屋に送ってもらった。ママ、夜のホットミルクって美味しいのよ! テリー、声を静かに。それと、夜の飲食は太るからおやめなさい。そんな会話をしながら。

 アメリはクロシェ先生の授業によく寝坊していた。あたしはクロシェ先生と一緒にアメリを待っていた。

 そんな時に、クロシェ先生が、ふと、あたしに言った。

「テリー」
「はい。クロシェ先生」
「貴女は、とても優しいのね」
「ふふ。突然、どうしたんですか?」
「いいえ、なんとなく」
「そうですか」
「テリーは、勉強が好き?」
「勉強は嫌いです」
「テリーは勉強が大切だと思う?」
「思いません」
「勉強をすれば、貴女の役に立つわ」
「どんな風に役に立つんですか?」
「貴女を守ってくれるの」
「勉強がですか?」
「そうよ」
「勉強すれば、自分の身を守れるんですか」
「そうよ」
「学べば幸せになれますか?」
「自分の身に備われば、幸せになれるための役に立つかもね」
「かも、なんですか?」
「人によって、それは違うわ」
「クロシェ先生、先生はどうして勉強を教えるんですか?」
「それが私の仕事だから」
「クロシェ先生、先生はどうしてここに来たんですか?」
「必要だと言われたから」
「クロシェ先生、先生はこの屋敷が好きですか?」
「貴族のお屋敷は、慣れないわね」
「クロシェ先生、先生はこの先どうなりたいですか?」
「私は先生になりたいの。家庭教師じゃなくて、学校の先生。そこで、子供たちに色んなことを教えてあげたいの。選択の答えは一つではない事。様々な選択があること。考え方を変えたら、不幸が幸せになること。それを教えてあげたいの」
「クロシェ先生、先生はあたし達を幸せにしてくれますか?」
「その手助けが出来ればと思ってます」
「助けられますか?」
「え?」
「クロシェ先生の教えを必要な人が、どこかにいると思います」

 あたしはクロシェ先生を見つめる。

「助けられますか?」
「テリーは」

 クロシェ先生は、一度扉を開けた。廊下に、部屋に、誰もいないことを確認してから、扉を閉めて、呟いた。

「これは私の独り言」

 クロシェ先生が、瞳を閉ざした。

「テリーは、誰かの幸せを願っているのね。その誰かは、貴女にとって大切なのかどうか、貴女自身にも、きっとわかっていない。だけど、同情でも、哀れだと想っていても、貴女は誰かの幸福を、この屋敷の中で誰よりも願っている。それは正しい事ではないかもしれない。それはこの世界において、間違っていると教えを貰っていることかもしれない。でも、私としては、そんなことは関係ない。正しいのか間違っているのか、それはテリーが決める事。貴女の気持ちは、間違いなんかじゃない。貴女が素直に想っているその気持ちは、本物。誰になんと言われようと、その本物を忘れないでちょうだい。それを失った時、貴女は大切なものを欠けてしまうことになる。いい? テリー」

 クロシェ先生が、独り言を呟く。

「貴女は、何も間違えてないわ」

 クロシェ先生が、呟く。

「間違えてないわよ」

 呟き終えると、先生は、あたしに振り向いて、上げた瞼から瞳を見せて、にこりと微笑んだ。

「独り言はおしまい。さあ、アメリアヌが来ないけど、先にお勉強を始めましょうか」
「はい。クロシェ先生」
「アメリアヌったら、まだ起きないのかしら? もう午後なのよ」
「あいつ寝坊助だから、しょうがないんですよ。だから、あたしにだけ勉強を教えてください。クロシェ先生のお話、あたし、もっと聞きたいです」





(*'ω'*)




「テリー、答えてみて」

 あたしははっと我に返った。クロシェ先生と目が合う。クロシェ先生がぱちぱちと瞬きした。あたしはにこりと笑った。クロシェ先生がにこりと笑った。

「テリー」
「はい」
「今の質問の答えをどうぞ」
「………」
「お姉ちゃん」

 横からメニーが教えようと小声を出すと、クロシェ先生がメニーを止めた。

「駄目よ。メニー。今甘やかしても、テリーのためにならないわ」

 クロシェ先生がため息を吐き、あたしを見下ろす。

「テリー、何を考えていたの?」
「………えーーーっと………」

 あたしはにこりと微笑んだまま、質問に答える。

「ありもしないことを思い出していました」
「ありもしないことを思い出していた?」

 クロシェ先生が微笑む。

「なるほど、ありもしないことを思い出していた。つまり、テリーは夢を見ていたのね」
「夢は見てません。ちゃんと起きてました」
「テリー、夢っていうものは沢山あるのよ。テリーはありもしないことを思い出していたんでしょう? 将来の夢、白昼夢、記憶の整理をしている段階で起きる夢という現象。ね? テリーは確かに寝ていたわけじゃない。ちゃんと真面目に私の授業を受けていました。じゃあ、白昼夢、もしくは、脳の中で何か、深く潜りこんでしまうような夢を、貴女は見ていたのでしょうね」

 そう言われたら、そうだと思った。

(夢)

「そうですね。確かに、その通りです。あたしはありもしない夢を見ていました。すみません」
「ちょっと難しい内容かもしれないわね。メニーは理解出来てる?」
「………」

 メニーが黙り、にこりと微笑む。この顔は誤魔化している笑顔だ。理解していない。最近、歴史の勉強なんてサボっていて、何もしてなかった。習っていた範囲すら、何もしていないと知識はどんどん抜けていく。あたしですら抜けていく。

 あたし達二人姉妹は途方に暮れた。あたしから頭を下げる。

「…クロシェ先生、もう一度お願いします。ごめんなさい」
「ご、ごめんなさい…」
「あら、ふふっ。謝らないで。二人とも。家庭教師のいいところは、学校じゃないから何回聞いてもいいってところなのよ。テリーとメニーがきちんと理解できるまで、何百回だって説明するわ」
「えへへ、ありがとうございます」

 メニーがそう言って、教科書を開く。

「クロシェ先生、その、気になる部分があって」
「気になる部分を質問することはいいことよ。メニー、言ってみて」
「魔法使いは、どうして迫害されたのでしょうか?」
「それはね、人間が、魔法を恐れたからよ」
「どうして魔法を恐れるんですか? 便利なのに」
「そうよ。便利なの。何でも出来てしまうのよ。戦争だって起こそうと思えば、いつだって起こせる。魔法使い達に怖いものはない。だから私達は恐れたの。そして、魔法使い達を迫害した。この国から、魔法使い達を全員追い出したの。追放よ。逆らったら、人間たちは容赦なく魔法使い達を殺しにかかった」
「…何度聞いても、酷い話」
「そうね。魔法使いって言っても、彼らも人間なのにね。だってね、魔法っていうものは、たまたま人の体に魔力が備わっているものなの。その現象がね、魔法使いの血とか関係なく、生まれつき備わってしまうものだから、ただの人間の家族に生まれても、魔法使いになってしまうことがあったの。そういう人たちも全て、魔力を持っていたという理由で、迫害され、追放され、魔法使いはとうとう滅んでしまった」

 なーんて、言われているけれど、

「実際はどうかしらね。もしかしたら、人間の中に魔力がある人間が今でもどこかにいるかもしれないって、私は思ってるのよ。人間たちにばれないように、生活してるんじゃないかって」

 魔法使いは生きている。

「それは、誰にも分からないけど」

 そこで、時計の針が終わりの音を鳴らす。あたしとメニーがテーブルにぐったりした。クロシェ先生がくすくすと笑う。

「二人とも、お疲れ様! よく頑張ったわね。明日は算数と国語よ!」
「うええ…」

 メニーが唸った。「ありもしない夢」と比べて、今のメニーはあまり勉強好きではないらしい。あたしといえば、変わらない。元々勉強なんて嫌いだ。

(疲れた…)

「明日は算数と国語だけど、今日みたいにならないように、予習をしてもらいます」

 クロシェ先生が笑顔でドリルを配る。

「テリーはこれね」

 あたしは受け取る。

「メニーはこれね」

 メニーが受け取る。

「で、テリーの範囲がここから、ここまでね」

 あたしは目をひきつらせた。

「メニーはここからここまでね」

 メニーが顔を青ざめた。

「それじゃ、お疲れ様でした!」

 クロシェ先生がにこにこ笑って荷物を抱え、部屋から出ていく。あたしとメニーは黙る。

 突然出された宿題の多さに、黙った。

(ああ、そうだった)

 思い出した。

(クロシェ先生は、誰よりも宿題を出すんだった…)

 追い詰めるほど出してくるのだ。

「……メニー、ここは一旦休憩しましょう…」
「うん…」
「ドリーが、おやつを作ってくれてるはずよ…」
「うん…」
「行くわよ…」
「うん…」

 席から立ち、ふらふらと二人で部屋から出ていく。目指すのはキッチン。

(甘いもの…。あたし、甘いものが食べたい…)

 二人でキッチンに入る。すると、中から唸り声。

「うーーーん!!」

 あたしとメニーがきょとんとした。

「うーーーん!!」

 コックのドリーが唸っていた。

「うーーーん!!」
「ちょっと」
「うーーーん!!」
「ドリー」
「うーーーん!!」
「ドリー!」
「うーーーん!!」

 あたしは手をパンパンと鳴らしてみせる。すると、ようやくドリーが振り向いた。

「ああ、これは! テリーお嬢様にメニーお嬢様!」
「こんにちは、ドリー」

 メニーがにこりと笑ってお辞儀する。あたしはドリーを見上げる。

「勉強してたら、甘いものが食べたくなったの。おやつは?」
「ああ、テリーお嬢様、その事なのですが……」
「ん?」

 首を傾げると、ドリーが再び唸った。

「うーーーん!!」
「何かあったの?」
「うーーーん! 実は、うーーーん! 困った事に、うーーーん! うーーーん! うーーーん!!」
「わかった。とりあえず唸るのをやめなさい」
「うーーーん! うーーーん!」
「そのうーうー言うのをやめなさい!」
「むーーーーん!」

(ぐっ! こいつ! 唸り方を変えてきやがった…!)

「お姉ちゃん、何だか、ドリーが辛そう…」

 おっと、これはいい流れだわ。
 あたしはドリーに無邪気な笑みを見せた。

「分かったわ。ドリー、困ってることがあるなら、あたし達に何かお手伝いさせて。ドリーにはいっつもお世話になっているから、貴方がそんなにうーうー言ってるなら、助けてあげたいの」
「おお! そんな! テリーお嬢様! ああ、なんてお優しいお嬢様! この屋敷にお仕え出来て、ドリーは幸せです!」

 ドリーが両手を握り、あたし達を見下ろした。

「実は、新作のおやつを開発しておりまして」
「新作?」
「ええ。新しい家庭教師の先生もいらっしゃいましたし、この機会にと考えていたのですが…」

 案が出てこない!

「私には、ひらめき発想ランプが足りないのです!」

 ひらめき発想ランプが光らないドリーが再び唸った。

「うーーーーん!!」
「つまり、新作おやつの提案をすればいいの?」
「そうですね! お嬢様方の、食べたいものを聞いて作ってみましょう!」

 ドリーの言葉にメニーが目を輝かせた。

「わぁ、素敵! お姉ちゃん、考えようよ!」

(提案ね)

「なんだか面白そう。メニー、一から十まで案を出すのよ」


 罪滅ぼし活動ミッション、新作おやつを提案する。


 あたしとメニーが食べたいものを想像する。

「甘いもの」
「私、プティングみたいなのがいい!」
「あたしもそんなのがいいな。ケーキよりもプティングみたいなやつ」
「ぷるぷるしてるの!」
「秋なんだもの。栗が欲しいわ」
「あ、モンブランみたいなの。素敵」
「クレープもいいわね」
「プティングなら、ゼリーも有り?」
「味はプティング寄りの方がいいわ」
「うん。私もプティング寄りの方がいいな。それでね、平べったいお皿じゃなくて、カップ系の食器に入ってるの」
「カップケーキみたいな?」
「うん!」
「カップケーキみたいなプティング寄りのおやつ」

 言うと、ドリーが考え込んだ。そして、はっと、閃いた。

「それだーーーーーー!」
「ひぇっ」
「メニー、驚いては駄目よ。ドリーは声がでかいの。これが通常よ」
「そうなの…?」
「ええ」

 あたし達が会話する中、ドリーの目が輝き出し、とんちんかんたんところがどっこいと、調理を始めていく。
 卵を多く使い、調味料をぱぱぱと入れ、鍋に蓋をする。

「メニー、しばらく待つみたいだから、手遊びでもしてましょう」
「やる!」

 メニーと手遊びの唄を歌う。

「「らんらんららん」」

 音符を重ねて、歌声を重ねて。

「「らんらんららん」」

 メニーと手遊びをしている間に、ドリーが鍋の蓋を取った。

「完成だぁあああ!!」

 ドリーが叫ぶ。

「お二人とも! こちらへどうぞ!」

 キッチン台の前に立たされ、目の前に見たことのないおやつが並ぶ。

(……何これ)

 あたしとメニーが覗き込む。ドリーが誇らしげに胸を張った。

「卵を蒸したおやつです!」

 命名、

「茶碗蒸し!!」

(大丈夫なの? これ)

 スプーンですくってみると、確かにプティングのような感触。だが、プティングと違って熱そうだ。

 あたしはちらっと隣にいたメニーを見た。
 メニーがちらっと隣にいたあたしを見た。
 考えている事は同じらしい。
 あたしはにこりと微笑んだ。

「メニー、どうぞ。食べてみて」
「お姉ちゃんこそ、食べていいよ」
「ふふ。嫌だわ。メニーったら、先に食べるのはメニーでしょ」
「お姉ちゃん年上でしょ。食べていいよ」
「お姉ちゃんだからこそ妹に一口目は譲るの」

 ドリーが声を割り込ませた。

「大丈夫です! お嬢様方! お二人が食べれるように! お二つ作ったのですから! さあ! 食べてみてください!」

 あたしとメニーが顔をひきつらせた。おやつを見下ろす。

(湯気が出てるけど…)

 未知の食べ物。

(……不味かったら飲み込めばいいわ)

 あたしは、ふー、と息を吹いておやつを冷ます。

(いくわよ)

 ぱくりと、口の中に入れた。








 ふぁっ。









「……甘い……」

 あたしが呟く。

「クリーミー…」

 メニーが目を輝かせる。

「卵の濃厚な味わい…」
「おやつというより、おかずのような代物…」
「進む…! スプーンが進んでしまうわ!」
「なんて不思議な食べ物…!」
「世界の革命だわ…!」
「こ、これが!」

 茶碗蒸し!

 あたしとメニーが声を揃えた。

「「美味!!」」
「やったーーー!」

 ドリーが両腕を天に向けて上げた。


 罪滅ぼし活動ミッション、新作おやつを提案する。


「お嬢様方のおかげで、ドリーの腕はまた上がってしまいました! ありがとうございます! ありがとうございます!」
「よかった。ドリー」

 メニーが拍手をドリーに送る。ドリーが照れたよう笑う。それを見て、

 ―――あたしは思いついた。

(そうよ)

 こうすればいいのよ。
 こうやってミッションをクリアしていけばいいのよ。

「あたし、ドリーのおやつ大好き」

 あたしはドリーに微笑む。

「勉強後ってすごく頭が痛くなるの。ねえ、ドリー、あたし達頑張るから、勉強の後はおやつ作ってくれない?」
「もちろんです。テリーお嬢様!」

 あ、

「でも、ギルエド様と、奥様と、アメリアヌお嬢様には秘密ですよ! 知られたら、余計な糖分を与えるなと怒られてしまいますから!」
「メニー、いい? 秘密よ」
「うん!」

 メニーが頷き、目をきらきら輝かせてドリーに顔を向けた。

「秘密にします!」
「ドリー、明日も作ってね」
「はい、喜んで!」

 ドリーがあたしとメニーに元気よく笑った。

「メニー、これを食べたら宿題よ」
「はい、お姉ちゃん」

 あたしとメニーは再びスプーンを口に入れる。思わず、頬が緩んでしまう。その顔を見て、ドリーは更に、嬉しそうに微笑んだ。




(*'ω'*)



 ねえ? ドロシー。

「提案があるの」
「君の提案にろくなものはないけど、いいよ。聞いてあげよう」

 メニーの部屋でくつろぐドロシーがあたしを見る。あたしはソファーに座り、足を組む。

「今日、コックの困っていたことを解決してあげたの」
「へーえ」
「メニーも喜んでたし、コックも喜んでたわ」

 あたしは何が言いたいか。

「つまり、信頼を築くってこういうことだと思うのよ」

 ママがいないこの間に、アメリが茶々を入れてこないこの間に、

「あたし、こうやって使用人達と信頼を築こうと思うのよ」
「使用人達が困ってたら率先して助けるってこと?」
「良い子でしょ?」
「そう簡単にいくかなぁ?」

 ドロシーが腕を組んだ。

「子供の気まぐれだと思われて、相手にされないかもよ?」
「それはその時よ」

 少なくとも、手助けをしようとする姿勢が大事なのよ。

「あたしはこれで使用人達と信頼関係を築く。そして、未来の裁判にて、嘘の証言をされないよう回避するのよ!」

 ふっふっふっふっ!

「今日から! あたしは! 良い子ちゃんよ!!!」

 あたしは髪を払う。

「ドロシー! 今日からあたしを呼ぶ時は、良い子のテリーちゃんとお呼びなさい! あたしは使用人に優しいお嬢様! 良い子のテリーお嬢様! 優しいテリーお嬢様! これで最悪な未来を回避出来るわ! 絶対出来るわ!」
「見返りを求める善意は、よろしくないと思うなぁ。良い子のテリーちゃん」
「ドロシー! あんたはおとぎ話に出てくるような魔法使いだからそんなこと言えるのよ! いい!? この世の中はね! 見返りを求めるからこそ善意があるの! やった分、倍にして返してもらうの! それが生きるということなのよ! 世界の真実なのよ!」
「何を世界の倫理を語る顔してるんだい。君は語ってるんじゃない。騙ってるんだ。世の中には見返りを求めない素晴らしい人間がごまんといるんだよ。良い子のテリーちゃんにもぜひそうなってほしいな。僕は」
「馬鹿ね! 見返りを求めないなんて、損をする立場になれっての!? お断りよ!」

 あたしは求めるわ。

「裁判での嘘デタラメの証言回避の未来を求めるわ!」

 これがうまくいけば、あたしのやった行動は意味を成す!

「よろしくって? ドロシー! あたしこそ! 良い子のテリーちゃんよ!」

 ガチャリと扉が開く。あたしから発せられた一部の言葉を聞いたメニーが、きょとんと固まった。

「………お姉ちゃん、どうかしたの?」
「メニー、そんな目で見るんじゃないの」

 あたしは腕を組んで、ふんと鼻を鳴らして笑う。

「ママもアメリも留守にしてるでしょ? 帰ってくるまで、良い子に待ってないと」
「うん。良い子にしてないと、ギルエドに怒られちゃう」
「メニー、良い子ってどういう意味だと思う?」
「え?」

 こうなったら、お前も巻き込んでやる。

「メニー、ママとアメリが帰ってくるまで、この屋敷の平和は、あたし達が守るわよ!」
「この屋敷の、平和…?」

 言葉のフレーズに、メニーが目を輝かせる。扉を閉めて、すぐさまあたしに駆け寄ってきた。

「なぁに? なぁに? 屋敷の平和って、なぁに?」
「メニー、この屋敷はとても大きいでしょう? 使用人達は、いつもあたし達のためにたくさん屋敷のことをしてくれてるわね」
「うん!」
「でも、誰かが困ってる時があるかもしれないじゃない?」

 メニー、今ならママはいない。ギルエドにさえ見つからなければ、怒られないのよ!

「貴族令嬢の気品が何よ! 礼儀が何よ! 人に優しく出来ない人は、人にもなれんわ!」
「おお!」
「というわけで、メニー! 明日からこの屋敷でのトラブルは、あたし達が解決するのよ!」
「おおおお!」
「明日からあたし達は、トラブルバスターズよ!」
「トラブルバスターズ!?」
「困ってる人を見かけたら、手伝ってあげるのよ!」
「わあ! かっこいい!」
「でも皆には秘密よ。あたし達は通りすがりで、偶然時間があって助けてあげたって程で助けるのよ。いいわね」
「はぁーい!」

 メニーが元気よく返事をする。

(こいつ、こういうごっこ遊び好きなのよね…! 単純思考の良い子ちゃんで良かったわ! しめしめ!)

「一緒に頑張るわよ! メニー!」
「うん!」
「あたし達は二人で一つのトラブルバスターズ!」
「おお…!」
「一人は皆のために! 皆は一人のために!」
「おおお…! おおおおお!」

 メニーがやる気に満ちて、目を輝かせる。

(しめしめ! こいつはいい!)

 早速明日から、ミッション開始よ!
 誓いを立てるあたしとメニーを見て、緑の猫が呆れた目をあたしに向けるのであった。






(*'ω'*)





 赤は、とても素敵な色だ。
 赤は、僕達を助けてくれる色だ。
 赤は、救いの色だ。
 赤は、太陽の色だ。

 ああ、なんて暖かいのだろう。

 赤を抱きしめる。
 赤を慈しむ。
 赤を愛する。
 赤を愛でる。

 ああ、なんて素敵な色なのだろう。

 僕は赤を求める。
 僕は赤を求める。
 僕は赤を求める。

 これが救いだと信じて。
 これが救済だと信じて。

 赤を求めたら幸せになれる。
 赤を求めたら救われる。
 もっと赤を。
 もっと赤を。
 もっと赤を。

「お姉さん」

 女性の赤を。

「そこのおばさん」

 女性の赤を。

 僕は求める。
 赤を求める。





「お兄ちゃん、赤は、ここにあるでしょう?」




 小さな赤は寄り添って、微笑んだ。



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