上 下
315 / 592
六章:高い塔のブルーローズ(後編)

第4話 夜のパーティー(3)

しおりを挟む


 部屋に戻ると、メニーが枕をクッション代わりにして本を読んでいた。あたしが扉を開けると、メニーが本を閉じた。

「お姉ちゃん」
「ただいま」
「……どうだった?」

 あたしは自分のベッドに座った。

「別に」
「何の話したの?」
「亀」
「……亀?」
「亀って、臆病者なんだって」
「……ふーん」
「それと、歯がないらしいわよ。顎の力が強いから、食べる時は顎を使うんですって」
「……お姉ちゃん、知らなかったの?」
「……お黙り」

 あたしは制服を脱ぐ。制服が地面に落ちた。

「歯磨きは?」
「したよ。お姉ちゃんは?」
「さっきしてきた」
「お風呂は?」
「ラメールに会いに行く前に行った」
「そっか」

 ブラジャーを外す。ベッドに投げた。

「……ドロシーは?」
「どこか行っちゃった」

(また魔法使いのミーティング? ふん。どうせお菓子食べてるだけでしょ)

 下着を替えてからネグリジェを着る。

「今日はまるまるベッドを貸してあげたのに。残念な奴ね」
「お姉ちゃん、もう寝よう」
「ん」

 あたしは脱いだものをクローゼットにかけた。

「どっちのベッドで寝る?」
「お姉ちゃんのがいい」
「いいわよ。来なさい」
「うん」

 メニーが本を引き出しにしまい、あたしのベッドに潜った。あーあ、今夜は狭いままで寝ないといけないのね。

「消すわよ」
「うん」

 ろうそくを消す。暗くなる。窓から零れる明かりを頼りに歩き、あたしもベッドの中に潜った。中にはメニーがいる。メニーが奥の壁にピッタリくっつき、あたしは出来た隙間に入る。はあ、狭い。

「ほら、おいで。メニー」

 笑顔で腕を広げれば、メニーがあたしの胸に顔を埋めた。よしよし、もう寝なさい。さっさと寝ろ。お前が寝た瞬間、その体を壁に突き飛ばしてくれるわ。メニーの腕があたしの腰に置かれる。あたしの手もメニーの背中に置かれる。ああ、狭い。

「……」

(……くそ。髪の毛から良い匂いがする……)

 宮殿の同じシャンプーを使ってるはずなのに、あたしとは全然違う匂い。

(嫌い)

 甘い良い匂い。

(大嫌い)

 頭をそっと撫でると、メニーがあたしを見上げた。

(ん?)

「お姉ちゃん」

 メニーが不安そうな目であたしを見てくる。

「ラメールさんと付き合うの?」
「あのね、言ってるでしょ? 友達よ。仕事仲間」
「どうして急に亀のお話なんて聞きたくなったの?」
「……ちょっと興味が湧いたのよ。ペットにどうかしら」
「……亀がいたら、ドロシーが悪戯しちゃうかも」
「そうね。ラメールとも話して、猫がいるお家には飼っちゃだめかもって思ったわ。それでおしまい」
「おしまい?」
「ええ」

 リトルルビィが来たけど。

「おしまい」
「……ふーん」

 暗い部屋だもの。噛まれた傷には気付かないでしょうよ。

「メニー、明日も仕事があるから寝ましょう」
「……ちょっと慣れてきたよ。お仕事」
「……あんた、昔から器用だものね」

(こいつ全然苦労してないのよ。苦労してたら男達が助けに来るから。くそ。畜生。ムカつく)

 表には出さずに、あたしは微笑み続ける。

「みんなは優しい?」
「うん」
「良かったわね」
「この間もね、迷子になってたら使用人の人が助けてくれたの」
「そう。男の子?」
「うん」
「そうよねー」
「コネッドさんも助けてくれるの。アナトラさんも」
「二人は良い子だもの」
「それとね、魔法の呪文があるから、困ったことがあっても大丈夫なの」
「魔法の呪文?」
「リオン様を看病してる時、暇だったから読んでたの。ほら、掃除したほうの机に置いてあった古い本」

 あたしは眉をひそめた。

「あの日記形式のやつ?」
「うん。あの本、すごく面白かったよ」
「……全部読んだの?」
「ちょっとだけ」
「そう」
「それでね、後半のページに魔法の呪文が書かれてたの。書いた人が、忘れないようにってメモしてたんだって」
「ふーん」
「願いごとが使えるのは三回までで、あの人はすでに二回使ってたから、魔法の呪文を唱えるのにすごく躊躇ってたみたい」
「そんなシーンがあるのね」
「うん。呪文を言えば、お姉ちゃんも使えるかも」
「三回までなら使えるの?」
「らしいよ」
「どんなの?」
「えっとね」

 メニーが思い出す。

「エッペ、ペッペ、カッケ」

 メニーが唸る。

「ハイロー、ホウロー、ハッロー」

 メニーが唱える。

「ジッジー、ズッジー、ジク」

 メニーがにこりと微笑んだ。

「これで、願いを叶える使者が現れるらしいよ」
「変な呪文」
「使者を呼ぶための呪文なんだって」
「所詮はおとぎ話ね」

 あたしはメニーを抱きしめる。

「ほら、話はおしまい。もう寝るわよ」
「うん」

 メニーがあたしの胸に顔を寄せた。

「おやすみなさい。お姉ちゃん」
「……おやすみ」
「……お姉ちゃん」
「ん?」
「昼間、怒鳴ってごめんね?」
「気にしてないから大丈夫よ」

 頭を優しく撫でると、メニーが嬉しそうに微笑んだ。くたばれ。そして、あたしはどんどんうとうとしてくる。しかし、この女に寝顔を見せたくない。先に寝顔を見せるのはあんたよ。ほら、メニー。寝なさい。あたしよりも先に寝なさい。間抜けな寝顔を曝したらあたしも安心して寝れるわ。寝ろ。この美人。お前の引き立て役はもうこりごりよ。大嫌い。寝ろ。寝なさい。寝ろ。黙れ。息するな。息絶えろ。くたばれ。メニー――。






「……」


 凄まじい量の羽の音が部屋にとどろく。
 しかし、眠った姉は気づかない。
 彼女はすでに夢の中に入っている。


「どうか」


 彼女は願う。


「永遠に、テリーと一緒にいられますように」


 青い目は彼女に向けられる。彼女は夢の中だ。
 願いを叶える使者達は伝えた。



 あなたは、金の帽子を持っていない。
 私達は、あなたのお役には立てない。




「……役立たずども」




 忌々しそうな声が部屋に響いた。






( ˘ω˘ )




「お前、どうしてあたしの側にいるんだい」

 とても醜いものが、自分の肩に寄り添う少女に訊いた。

「あたしが臭くないのかい?」
「臭いさ。とってもね」
「なら、どうしてあたしの側にいるんだい」
「落ち着くからさ」
「あたしはね、あの毛だるまのライオンを閉じ込めた張本人だよ」
「キング、結構快適に暮らしてるよ」
「ブリキとわらのようになっちまうかもね」
「あの二人は、コウモリと野ねずみ達が破片を集めてくれた。今、一生懸命、直してくれてる」
「そうかい。いいことを聞いたね。あいつらが蘇ったら、この笛を吹いて、蹴散らしてやる」
「なら、今やればいいじゃないか」
「今は気分じゃないんだ」
「君はとんだ気分屋だ」

 風が吹く。髪の毛が揺れる。緑の髪の毛。黒い髪の毛。少女。とても醜いもの。二人が並ぶ。草原。花が揺れる。風が吹く。揺れる。ドレスがひらり。花がひらり。気持ちがふわり。

「トゥエリー、唄遊びをしよう。僕の唄がいいと思ったら、僕に笑ってくれる?」
「嫌だね! なんて言ったって、あたしは意地悪な魔女だからね!」
「上等だ。聴いてて」

 少女はすっと息を吸って――唄った。


 臭い匂い
 鼻が曲がる
 花も曲がる
 僕の隣
 臭い魔女
 それはだれだ トゥエリーだ
 一番醜い西の魔女
 僕の大事なトゥエリーだ
 そっと優しく触れてごらん
 あたたかい手をしているよ


 とても醜いものは笑わない。
 だって彼女は意地悪だから。

「トゥエリー」

 手が近づく。

「手を握ってもいい?」

 手は動かない。だから、少女は握った。とてもあたたかい。

「トゥエリーはあたたかいね」

 少女は見下ろした。

「トトも気持ち良さそう」

 とても醜いものの膝の上で、猫が眠っている。

「トゥエリー」

 それ以上呼ぶんじゃない。
 そう言いたくて、とても醜いものは、口を開いた。

「ドロシー」

 けれど、すぐに口を閉じる。手があたたかい。とても、あたたかい。だから、つい、思わず、握り返してしまった。















 今日はシェフのようだ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

甘美な百合には裏がある

青春 / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:327

幸子ばあさんの異世界ご飯

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:262pt お気に入り:136

異世界日帰りごはん【料理で王国の胃袋を掴みます!】

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7,271pt お気に入り:2,218

幼馴染が恋をしたら、もれなく巻き込まれました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:208

社畜アラサー女子は、転生先で変態執着系王子に愛される

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:1,762

可笑しなお菓子屋、灯屋(あかしや)

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:852pt お気に入り:1

処理中です...