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七章:偉大なる魔法使い

第7話 字は読めないけれど

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 トゥエリーはさっそくドロシーに毒を盛ることを考えました。

「さて、どうしてくれようかね! どんなタイミングで毒を盛ろうか。はてさてどうしたものかね!」

 ところがトゥエリーはこんな風に思ったことを口に出してしまう性格だったので、計画が野ねずみ達にばれてしまったのです。野ねずみ達は恐怖で震え上がり、すぐにドロシーに伝えにいきました。

「トゥエリーが毒を食事に入れようとしているわ!」
「あなた、殺されるわ!」
「なんだって? ああ、教えてくれてどうもありがとう!」

 でもドロシーは安心してました。だって、食事管理は全て自分がやっているのです。さて、何も知らないトゥエリーが瞳をきらきらに輝かせて、ドロシーに声をかけてきました。

「ドロシー、今日はね、あたしが食事を作ってあげるよ」
「……トゥエリー、君、なんだか顔が青くないかい?」
「なんだって!?」
「君、もしかして、毒を飲んでしまったんじゃないかい!?」
「あ、そうかもしれない! さっき、あたしはのどが渇いて泥水を飲んだのさ! ああ、しまった。その時に毒を間違って入れてしまったんだ! 自分に毒を入れるなんて、あたしはなんてばかなんだろうね!」
「休んだほうがいい! ほら、毒は僕が持ってあげるから!」
「はい!」
「ベッドへ急ぐんだ!」

 こうしてドロシーは毒薬を回収しました。

「トゥエリーが間抜けでよかった」
「しまった! 毒薬を取られてしまった!」

 間抜けなトゥエリーはベッドの中で気づき、憤慨しました。

「さては、野ねずみだね!? 野ねずみがドロシーに言ったに違いない! ああ! もうやだ! ねずみ嫌い!!」

 しかしベッドの中で、トゥエリーはいい作戦を思いついたのです。ドロシーが寝たら、毒を飲ませよう! これであいつもおしまいだよ! ひひひ!

「ドロシー、今日は一緒に寝てやろう」
「わかった。じゃあ、僕は君に子守唄を歌ってあげる」

 ドロシーが子守唄を歌ってあげますと、トゥエリーはとても気持ちよく眠ってしまいました。朝、目が覚めて、トゥエリーは悔しくてベッドを叩きました。

「しかも毒薬が取られてる! 畜生!」

 ドロシーは毒薬を野ねずみに渡して、遠くの町で処分してもらってました。なので探したって奪われた毒薬はどこにもありません。

「畜生!」

 その頃、わらがしっかり詰められ、ナイミスが動けるようになりました。同じく、新しいブリキをしっかり固定され、アクアが動けるようになりました。

「助かったよ。野ねずみの皆さん」
「ちゅー! ちゅー!」
「実に憂鬱だったぜ」
「大変でちゅ!」

 事情を知る野ねずみ達がナイミスとアクアにドロシーが大変だということを伝えました。ナイミスとアクアは頷き合います。

「ドロシーが毒を盛られる前に、助けに行ったほうがいいな」
「キングも無事でよかった」

 ドロシーの身の危険を案じ、二人はドロシーを助ける方法を慎重に考えるのでした。
 一方、トゥエリーの作戦は全く通用しなくなりました。いつの間にか、衛生管理までドロシーが全てやっていたので、毒を作った瞬間に気づかれてしまうのです。

「トゥエリー! また鍋いっぱいに毒を作っただろ!」
「ち、違うよ! これは、毒じゃないよ!」
「緑のどくろマークの湯気がはっきりと出てるじゃないか!」
「違うよ! これは、違うよ!」
「没収!」
「やめとくれよ! ああ、ひどい! なんてことするんだい! せっかく作ったのに!」

 作戦が通用しないので、トゥエリーは外の空気が吸いたくなり、行きたくないと言っていたドロシーとトトを連れて再びピクニックへ出かけました。ランチは、驚くほどとても美味しいです。涼しい風に吹かれながら、トゥエリーは考えました。

「ドロシー、どうやったらあんたを殺せるんだい? 何かいい案はあるかい?」
「ねえ、君さ、どうして殺したい相手に殺す方法を聞くんだい? 君はとんだ間抜けなのかい?」
「あたしは間抜けじゃないよ! なんていったってね、世界で一番……」
「はいはい。わかった、わかった」
「なんで最後まで言わせてくれないんだい!? なんでそんな嫌がらせするんだい!? お前はひどい奴だね!」
「君に言われたくないよ」

 ドロシーはため息をつきました。

「誰に僕を殺せと言われたの?」
「主様さ! お前は主様に嫌われてるのさ! お茶飲む?」
「飲む前に君が飲んで。毒が入ってないなら飲めるはずさ」

 トゥエリーはお茶を捨てました。お茶に濡れた草がすごい勢いで腐っていきます。

「確かに、いつまでもこうしているわけにはいかない。この奴隷生活もなかなか悪くない生活だけど、僕はカンザスに帰らなければいけない。そして、この世界に住む人達のためにもオズに許しを得ないといけない。トゥエリー、君はオズと話ができるのかい?」
「そうさ。あたしはいつだって主様と繋がってる」
「オズに聞いてくれないかい? どうして僕が憎いの? って」
「それはね、聞かなくてもわかるよ。あんたが人間だからさ」
「オズは人間に酷いことをされたらしいね」
「人間は愚か者さ。だから支配して、奴隷にするのさ」
「恐怖を与えるの?」
「そのとおり」
「僕達は謝りたいんだ」
「誰に」
「オズに」
「誰が」
「僕達が」
「お前は関係ないだろう?」
「でも、僕が人間の代表として謝りに行くんだ。これは、そういう旅なんだ」
「主様を酷い目に遭わせた人間が全滅したよ。それ以外の人間が生き残った。言ってることわかるかい? あのね、無理なんだよ。関係ないお前に謝られたところで、主様は何も感じない。むしろ、怒りが沸くだろうさ。どうして関係ないお前が謝りに来るのだと。主様が待っているのはお前じゃない」
「じゃあ、誰なの?」
「迎え」
「迎え?」
「迎えを待ってる」
「誰からの?」
「さあね」
「君も知らないの?」
「知ってるけど教えない。なんていったってね、あたしは意地悪な魔女だからね」
「……どうして僕は呼ばれたの?」
「お前がこの世界の救世主だからさ」
「僕は何を救済すればいいの?」
「さあね」
「教えてよ」
「さあね」
「君は意地悪だ」

 ドロシーが自分の頭をトゥエリーの肩に乗せました。泥の香りがします。

「少しくらい教えてくれてもいいじゃないか」
「主様はお前が邪魔だと言っている。ならば、あたしはお前の邪魔をするまでさ」
「それが意地悪な君の役目?」
「そのとおり」

 ドロシーはどうしたものかと頭を抱えました。自分がこの世界の救世主であるならば、きっと何かオズにもできるはずだと思ったのです。

「トト、君はどう思う?」

 トトはトゥエリーのひざの上で眠っています。

「こいつは厄介だ。優しいおじさんなら、どうするかな?」

 ドロシーはため息をつきました。
 ドロシーは何も悪いことはしてません。
 悪いことをしたのは、人間です。




 オズに酷いことをしたのは、人間です。




「みんな、たいへんだ。使いさまは神さまの使いなんかじゃない。あれは、あくまの使いなんだ!」
「ばか言うな。おまえ、使いさまのことを、悪く言うんじゃない」
「おれは見たんだよ。使いさまったら、人さまのりんごをむだんでもっていったんだ。盗んだんだよ! 盗みってのは、あくまがすることだ。使いさまは、あくまなんだ!」


 怒号。悲鳴。炎。呪い。恨み。憎しみ。憎悪。


「憎い」

 ――使いさまは、まちがいなく神さまの使いだわ! どうか、これで逃げてちょうだいな!

「憎い」

 ――ばれなきゃ、大丈夫です! さ、お逃げ! 振り返ってはいけません!

「憎い」

 人間を助けたら、人間がおかしくなった。
 人間に助けられ、人間に傷つけられた。

 やめてと言ったのに。
 やめてと言ったのに。
 やめてと言ったのに。

「許さない」

 紫の瞳は燃えている。

「許さない」
「絶対に」


「許してなるものか」






 トゥエリーが飛び起きました。

 とても怖い夢を見たのです。

 トゥエリーは泣いてしまいました。顔が泥だらけになります。

 トゥエリーは顔を俯かせて泣きました。そうしますと、横で眠っていたドロシーが目を覚ましたのです。

「……どうしたの? トゥエリー」

 ドロシーがトゥエリーの背中をなでました。

「どうして泣いてるの?」

 トゥエリーが肩を震わせて泥を流します。

「トゥエリー」

 ドロシーが優しくトゥエリーを抱きしめました。

「大丈夫。怖くないよ。僕がいるからね」

 トゥエリーが一人で泣いています。

「大丈夫だよ」

 それを包むように、ドロシーがトゥエリーを抱きしめました。


(*'ω'*)


 オズは人間が許せませんでした。
 だから人間に見立てた奴隷を作りました。
 土と自分の魔力でできた人形の魔女。
 その姿はとても醜いものでした。
 顔を見るのもぞっとするほどの姿でした。
 まるで人間みたい。
 オズは魔女を人形として扱いました。
 魔女はオズが親だと思ってました。ですので、オズの言うことは絶対に従いました。オズの魔力が入っているので、魔女は絶対に何があってもオズを裏切ることはありませんでした。魔女はオズのためなら何でもできました。だから足にキスをしました。殴られました。蹴られました。でも大丈夫。魔女は人形だから何をされてもへっちゃらなのです。叩かれても、傷つけられても、魔女は所詮土人形。オズのものなのです。大切にされたことなんてありません。でもそれが魔女にとっては大切にされていることなのです。オズの心が魔女なのです。何もかもを純粋に信じきっていたオズの姿が魔女なのです。だからオズは魔女を傷つけ続けました。ばかだった自分を責めるように殴りました。魔女は従いました。いつか抱きしめられることがわかってましたから、魔女はオズの言うとおりにします。まだ抱きしめてもらえないので、魔女はもっと言うことを聞きます。オズは人形を操ります。世界を恐怖に支配できました。西の魔女は世界にとってとても厄介な相手。オズはそんな西の魔女の綱をいつだって持ってました。刃向かう者達がいれば、いつだってこのリードを放せばいいのです。けれど、どういうことでしょう。オズが振り返る頃には、

 そのリードが、ドロシーによって切られていたのです。

 優しい手がトゥエリーを抱きしめます。
 トゥエリーはほっと安心しました。
 オズみたいに殴ってきたり、蹴ってきたりしません。
 優しく抱きしめて、優しく頭をなでてくれるのです。
 つい、寂しくなって抱きしめ返しました。
 でも全く殴ってきたりしません。
 トゥエリーは擦り寄りました。
 ずっとやってみたかった、甘える、という行為をしてみました。
 そしたら、優しかった手は、もっともっと優しくなりました。
 だからトゥエリーは求めました。もっとして。
 だからドロシーは答えました。いいよ。
 体をなでるだけ。抱きしめるだけ。優しく優しく包むだけ。
 抱きしめられたら、まるで心が晴れるようでした。
 誰かを虐める時と同じくらい心が和やかになっていくのです。
 だから、

 ドロシー、もっと抱きしめて。
 ドロシー、もっと側にいて。
 ドロシー、離れないで。
 ドロシー、ここにいて。
 ドロシー、撫でて。
 ドロシー、抱きしめて。
 もっと。もっと。もっと。もっと。

 もっと、優しく撫でて。

 手と手を合わせれば、綺麗な手と醜い手が重なり合う。交わることは決してない。綺麗な髪の毛と醜い髪の毛が絡み合う。けれど交わることは決してない。綺麗な心と綺麗な心が関わり合う。それは少しずつ交わりつつあった。

 時間が過ぎる。

 こんな生活はだめだとわかっているはずなのに。

 時間が過ぎる。

 こいつを殺せといわれているのに。

 時間が過ぎる。

「お前、どうしてあたしの側にいるんだい」

 トゥエリーが自分の肩に寄り添うドロシーに訊いた。

「あたしが臭くないのかい?」
「臭いさ。とってもね」
「なら、どうしてあたしの側にいるんだい」
「落ち着くからさ」
「あたしはね、あの毛だるまのライオンを閉じ込めた張本人だよ」
「キング、結構快適に暮らしてるよ」
「ブリキとわらのようになっちまうかもね」
「あの二人は、コウモリと野ねずみ達が破片を集めてくれた。今、一生懸命、直してくれてる」
「そうかい。いいことを聞いたね。あいつらが蘇ったら、この笛を吹いて、蹴散らしてやる」
「なら、今やればいいじゃないか」
「今は気分じゃないんだ」
「君はとんだ気分屋だ」

 風が吹く。髪の毛が揺れる。緑の髪の毛。黒い髪の毛。トゥエリーとドロシー。二人が並ぶ。草原。花が揺れる。風が吹く。揺れる。ドレスがひらり。花がひらり。気持ちがふわり。

「トゥエリー、唄遊びをしよう。僕の唄がいいと思ったら、僕に笑ってくれる?」
「嫌だね! なんて言ったって、あたしは意地悪な魔女だからね!」
「上等だ。聴いてて」

 少女はすっと息を吸って――歌った。


 臭い匂い
 鼻が曲がる
 花も曲がる
 僕の隣
 臭い魔女
 それはだれだ トゥエリーだ
 一番醜い西の魔女
 僕の大事なトゥエリーだ
 そっと優しく触れてごらん
 あたたかい手をしているよ


 トゥエリーは笑わない。だって彼女は意地悪だから。

「トゥエリー」

 手が近づく。

「手を握ってもいい?」

 手は動かない。だから、ドロシーはトゥエリーの手を握ってみた。とてもあたたかい。

「トゥエリーはあたたかいね。……トトも気持ち良さそう」

 いつからか、トゥエリーの膝の上で、トトが眠るようになった。

「トゥエリー」

 それ以上呼ぶんじゃない。そう言いたくて、トゥエリーは口を開いた。

「ドロシー」

 けれど、すぐに口を閉じる。手があたたかい。とても、あたたかい。だから、つい、思わず、握り返してしまった。

 手はあたたかい。
 手は優しい。
 とても優しくて、また泥の涙が出てきてしまいそうになる。
 胸がきゅっとする。
 酷く素敵な満足感に駆られる。
 この感情をなんと呼ぶのか、トゥエリーは知らなかった。
 知らなかったけど、どうしてだろう。いつからだろう。トゥエリーはドロシーのことしか考えられなくなった。
 ドロシーが側にいてくれたら心がとても落ち着くの。
 でもその気持ちの言葉がわからなかった。
 この気持ちは、誰からも聞いたことがなかったから。
 だからトゥエリーはトトに聞いてみた。

「こういう時、なんて言えばいいんだい?」

 トトは伝えた。

「にゃー。それはにゃー。好きって言えばいいんだにゃー」
「そうかい」

 トゥエリーは、ドロシーが眠ったのを見て言った。

「スキ。ドロシー」

 トゥエリーは絶対にドロシーが起きてる前では言わなかった。

「スキ。ドロシー」

 ドロシーが寝静まった頃に伝えた。

「スキ。ドロシー」

 この言葉が伝わればいいのに。

「スキ。ドロシー」

 でも伝えてはいけないから。誰にも聞こえないように。

「スキ。ドロシー」

 優しい手の持ち主に伝える。

「スキ。ドロシー」

 紫の気配を感じて、トゥエリーは目を閉じた。



(*'ω'*)



 とある日のことです。トゥエリーがトトを鍋に入れてしまいました。ドロシーがびっくりして、慌てて止めに入りますが、トゥエリーはこれ見よがしにトトを鍋に混ぜました。だって、彼女はとても意地悪だからです。

 完成したトトの毛は、緑色になってしまいました。

「ああ、そんな! なんて酷いことを!」
「にゃー」
「トゥエリー、酷いじゃないか! なんでこんなことするのさ!」
「なんでこんなことするかだって? 決まってるじゃないか! 昨晩、この猫があたしのおやつを食べちまったからさ! これはお仕置きなのさ!」
「大丈夫? トト?」
「にゃあ」
「ふん! さっさと部屋から出ておいき!」

 ドロシーは友達のトトが虐められ、とても腹立たしくなってしまいました。しかし、先にトトの様子を見ることが先決だと思い、トトを腕に抱えますと、その瞬間です。突然、空が闇に覆われたのです。

 ドロシーはびっくりして周りを見回しますと、トゥエリーがにやりと意地悪な笑みを浮かべて、窓に駆け寄りました。

「ああ、主様だ! 主様がやってきたよ! ひひひ! ドロシー、お前ももうおしまいだよ! 主様がお前を片付けるために、やってきたんだ!」
「なんだって? オズが?」
「そうさ! 主様がわざわざ来てくださったんだよ! お前を殺すためにね!」

 トゥエリーは窓を開けました。

「主様! 女の子はここです! さあ! 殺してくださいな!」

 なんだか不穏な空気を感じたドロシーはトトを地面に下ろし、トゥエリーに手を伸ばしました。

「トゥエリー、なんだか変だ。窓から離れ……」

 その瞬間、外からとんでもない量の水がかけられました。ドロシーがはっと目を丸くします。何が起こったのでしょう。水をかけられたトゥエリーが溶け始めてしまいました。

「ぎゃああああああ!!」

 トゥエリーが後ずさりました。

「主様! なんてことをしてくれたんだい! あと数分であたしは、溶けちまう! ほれ見ろ、どんどん縮んでいくよ!」
「え……」

 ドロシーがぽかんとしました。しかし、どんどん溶けていくトゥエリーを見て、今起こったことがわかりました。空を飛ぶ紫の魔法使いが、バケツに入った水を窓に向かって思いきりかけたのです。

「トゥエリー!」

 ドロシーがトゥエリーに駆け寄りました。

「ああ、そんな! トゥエリー!」

 溶けていく体を抱きしめますと、悔しがる声が聞こえました。

「くそ。あと数分であたしは完全に溶けちまう」
「トゥエリー、大丈夫だよ。落ち着いて。何とかしよう。君は魔法使いじゃないか」
「畜生。城はお前のものだ。あたしは邪悪な生涯を送ったが、まさか、お前みたいな小娘如きに溶かされて、邪悪な一生を終えさせられようとは思ってもいなかったよ」
「トゥエリー、何を言ってるんだい? 君を溶かしたのはオズ……」

 手がとろりと崩れ落ちました。もう手は握れません。

「ああ、トゥエリー!」

 ドロシーは叫びました。

「いやぁああ!! トゥエリー!」

 トゥエリーの体が崩れ落ち、頭だけが残ります。
 トゥエリーの醜い目と、ドロシーの目が合いました。
 もう二度と言葉が交じり合うことはありません。
 もう二度と存在が交じり合うことはありません。

 溶けていくトゥエリーの唇に、ドロシーが唇を重ねました。

――その瞬間、緑の魔法がドロシーを包み込みました。

 トゥエリーは溶けます。緑の肌が溶けていき、その中を流れていた赤い血が混じりあい、黒い髪の毛が溶けて、緑と黒が、赤と混じっていきます。やがてドロシーの手の中には何も残っておりませんでした。部屋にあった排水溝からトゥエリーだったものが流れていきます。西の魔女は、完全になくなって、消えてしまいました。

「今、お前の心には、一つの気持ちが宿ったはずだ」

 紫は微笑みます。

「憎い」

 紫は伝えます。

「恨めしい」

 紫は喜びました。

「トゥエリーと自分を引き裂いた人物を、殺してやりたい」

 長い手がドロシーの頭を撫でました。

「おいで。待ってるよ」

 何もかもが消えました。
 声も、気配も、西の魔女も。

 ドロシーが立ち上がりました。

「トト、おいで。僕達助かったんだ」

 トトがドロシーの足元に転がりました。ドロシーはトトを持ち上げました。玉座の間に出て、ドロシーは宣言しました。

「西の魔女は死んだ。この国は、解放されました。西の魔女の遺言によって、この城は僕のものとなりました」

 黄色いウィンキー達はとても喜びました。奴隷から解放されたのです。というのも、意地悪な魔女のために何年にもわたって辛い生活を強いられてきたのですから。魔女はいつも邪悪で意地悪で残酷でした。ウィンキー達はお祝いに、踊り狂いました。
 庭から解放されたコウモリ娘が、ようやく仲間達と再会します。キングが駆け寄ってきます。城への入場を許されたナイミスとアクアが駆け寄ってきます。
 みんな、ドロシーとトトと再会できて、とても大喜びです。

「ドロシー!」
「ああ、無事でよかった!」
「ドロシー、本当によかった!」

 みんなが抱きしめ合います。ようやく合流できたのです。ドロシーは笑顔で言いました。

「ここはもう大丈夫。さあ、オズに会いに行こう」
「救世主様、どうもありがとうございました。この国はあなた達のおかげで救われました。ほんのささいなものですが、受け取ってください」

 ウィンキー達はトトとキングは金の首輪をあげました。そしてドロシーにはダイヤモンドのブレスレット。ナイミスには、野原で転ばないように、黄金の握りがついた杖。アクアには、あらゆる宝石をはめて作った銀の油さし。みんなはなんだか、とても自分達が誇らしくなりました。

 出発前に、ドロシーは城の食器棚に行きました。バスケットに、道中で食べるための食べ物を集めていたところ、金の帽子と素敵な日記を見つけました。ドロシーはきれいな帽子だと思って、金の帽子を被ってみました。そして、素敵な日記はバスケットの奥底にしまいます。城を一通り歩き、西の魔女の部屋に行き、取り残された銀の笛が置かれていたので、ドロシーはそれを首に下げ、部屋から出ていきましたとさ。

 もう二度と、ここに来ることはないでしょう。

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