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288 恋バナ
しおりを挟むユイトとアレクに見送られ、サンプソンと共に綺麗に舗装された石畳を進んで行く。
この辺りには豪華な邸宅が立ち並んでいるが、昼時という事もあり通りには人も少なく、穏やかな空気が流れていた。
「サンプソン、すまないな。ゆっくりしたかっただろうに」
《 いや、オリビア達を迎えに行くんだろう? 気にしないでいい 》
ブルルと低く嘶き、大きな馬車を何でもない様に牽く姿は頼もしい。
こちらをチラリと見やると、甘い人参が食べたいと小さな声が聞こえてきた。
「ハハ! あの馬たちの分もたくさん買っておこう」
《 きっと喜ぶ 》
そう言うと、サンプソンは機嫌良さそうに尻尾を揺らしていた。
*****
しばらく進むと、漸く賑やかな街の喧騒が聞こえ始める。
二月前にもカーターと来たが、この街の雰囲気も随分久し振りの様に感じた。
( あの王都からの帰り道で、ユイトたちと出会ったんだな…… )
もうずっと一緒に過ごしている気がするが、あれから数えるとまだ二月と少し。
長年オリビアと二人だった我が家に、賑やかで可愛らしい子供たちの声が響く。
二人の生活も気に入っていたが、オリビアもあの日を境に笑顔で過ごす日が目に見えて増えた。
依頼で家を空ける日もあったからな。寂しい思いをさせてしまっていた事は間違いない。
……まぁ、あの子たちが来てから、予想外な事も多々あったが……。
「……ん?」
通りを進んでいると、歩道に見知った後ろ姿が。
《 どうした? 》
「知り合いだ。サンプソン、少し停まってくれるか?」
馬車がゆっくりと道の端に停まり、通り過ぎる人々の驚いた様な声が聞こえてくる。オレもこんなに大きい馬は初めて見たからな。気持ちは分かる。
「エレノア!」
その凛とした後ろ姿に声を掛けると、振り向いた端正な顔は驚きの後、嬉しそうに笑みを浮かべこちらに駆け寄って来た。
「お久し振りです! まさかトーマスさんに王都で会うとは思いませんでした。あ、依頼ですか?」
銀色の美しい髪を後ろで結い、楽しそうに目を細めるその瞳は淡い青色にも見える珍しい灰色だ。
「あぁ、城に呼ばれてね。まぁ、ほとんどユイトの付き添いみたいなものだよ」
「ユイトくんの?」
「あぁ、料理関係でね」
「なるほど。ブレンダも絶賛してました。フレンチトーストも教えてもらったと。結局、ユイトくんの料理を食べれなかったからなぁ……」
次の機会に伺います、と微笑むエレノア。
……もしかして、この様子だと気付いていないのか……?
ふむ……。
「エレノア、この後の予定は?」
「私ですか? 今日は休みだとリーダーが。天気もいいし、昼は外で食べようかと」
「そうか。ちょっと付き合ってほしいところがあるんだが……」
「付き合ってほしいところ……? えぇ、構いませんよ」
首を傾げた後、二つ返事で了承してくれた。
*****
サンプソンの牽く馬車に揺られながら、街の中を進む。
なかなかに視線を集めているが、サンプソンも慣れているのだろう。興奮もせずに悠然と進んで行く。
「昨夜は一晩、門の外で過ごしてね。今朝方、漸く中に入れたんだ。……アレクに聞いてなかったのか?」
確か昨日、王都に帰ってきて手紙を受け取ったと聞いたが……。
「昨夜はステラに付き合わされて、依頼人と夕食を。アレクは早々に帰ったので……。そうか、手紙を受け取ったからか……」
水くさい……、と呟きながらも、その表情は笑顔のままだ。
アレクとユイトの事を心配していたみたいだからな。ユイトの誤解を解く為に、家にも来たとオリビアが言っていたし……。
「トーマスさん、どこに向かうんですか?」
「あぁ、オリビアたちがこの先の診療所に行ってるんだ。そのお迎えだよ」
「診療所……? オリビアさん、どこか具合でも……?」
診療所と聞いた途端、心配そうに訊ねてくる。
「いや、来る途中で出会った子がね。もう大丈夫だと思うんだが、念の為」
「そうですか……。何もなければいいですね」
「あぁ、本当に」
ユランを見つけた時は血の気が引いたが、今朝も美味しそうに朝食を食べていたし……。ブレンダに毎朝あのエキスを飲まされていたしな。
その度にオリビアとユイトの顔は凄い事になっていたが……。ハハ、思い出しても笑えてしまう。
「お、そろそろだな」
通りを抜けると、そこには賑やかな表通りとは違い、たくさんの住居が密集している生活感に溢れた場所。上を向けば、向かいの家々の窓にロープで吊るされた洗濯物が風に吹かれひらひらと靡いている。
辺りからは昼食を作るいい匂いが。……う~ん、腹が減ってきたな……。
今日の昼食はなんだろうかと、年甲斐もなく浮かれてしまう。
「うわぁ! でっけぇ~!」
「すっげぇ! おじさん! そのうま、かっこいいね!」
家の前で遊んでいた子供たちが、サンプソンを見て次々に駆けて来る。あっという間に後ろに列が出来てしまった。
危ないからと注意しても、怖いもの知らずな年だからな。全く言う事を聞かない……。困ったものだ……。
すると、サンプソンがゆっくりゆっくりと馬車を牽くスピードを緩めた。
そして完全に停車すると、子供たちの方を振り返り、低く嘶く。
「……いいのか?」
オレの言葉に、サンプソンはゆっくりと頷き、鼻先を子供たちに近付ける。
「とまった?」
「おっきぃ……!」
「すっげぇ……!」
後ろで騒いでいた子供たちも、間近で見るサンプソンの迫力に興奮していた。
「……ほら、どうやら触ってもいいみたいだが。……撫でてみるか?」
そう声を掛けると、子供たちの表情が見る見ると笑顔に変わっていく。
「いいの!?」
「おれ、さわりたい!」
「優しく撫でてくれよ?」
「うわぁ~!」
「やったぁ!」
御者席から降り、子供たちの横でサンプソンの鼻先にその手を添えてやる。
真っ黒のその毛並みに、かっこいいと呟き、キラキラとした目で鼻先を撫でている。サンプソンもその言葉に気を良くしたのか、子供たち一人一人にスリと鼻先を寄せていた。
「おじさん! ありがと~!」
「さんぷそんも! またね~!」
「あぁ、気を付けてな!」
ひとしきり撫でた後、漸く子供たちも満足したのか、元気に来た道を戻って行く。前を見て歩きなさいとハラハラするが、子供たちは楽しそうに声を上げながら駆けて行った。
「ハァ……。元気だったな……。エレノア、待たせてすまない」
「ハハ! 気にしないでください。トーマスさん、優しいですね!」
「いや、オレじゃなくてこの子が優しいんだよ」
そうオレが撫でると、サンプソンは尻尾を揺らしながら南瓜の追加を強請ってくる。心配しなくても買って帰るよ。
少し時間は掛かったが、漸く目的の場所が見えてきた。
そして、オレ達を見つけ大きく手を振る人物が。
「あっ! トーマスさん! こっちです!」
「おじぃちゃ~ん!」
笑顔でこちらに笑顔を向けるブレンダとレティの二人。
その姿を目にした途端、エレノアは後ろからオレの腕をガシリと掴んだ。
「トーマスさん……!」
「いやいや、本当に知らなかったのか……」
「感謝します!」
そう言うと、エレノアは馬車から飛び降り、ブレンダの元へ駆けて行く。
危ないと注意しようにも、まだ距離はあったのに一瞬で辿り着き、思いっきりブレンダを抱き締めている姿が目に入る。あれは本気で走ってたな……。
ブレンダも驚いた様で、自分を抱き締めるエレノアと、いまだに御者席に座って揺られているオレを見て焦っていた。
「……アレクもエレノアも、情熱的だな……」
そう呟き、自分の昔を思い出す。空回っていた苦い思い出しかないが、あの子達を見ていると少し羨ましく感じてしまう自分もいた。
「あらあら、エレノアちゃん! ブレンダちゃんがまっ赤よ~?」
「オリビアさん! お久し振りです!」
「ふふ! 元気そうね!」
すると、丁度そこにオリビアとユランが診療所の中から出てきた。二人とも笑顔だから問題は無かったんだろうと少し安心する。
「オリビア、ユランはどうだった?」
馬車から降り、レティを抱えながら訊ねてみる。レティはオレの首に手を回し、にこにこと嬉しそうだ。うん、今日も可愛いな。
「出会った時の様子を聞いて、先生も驚いてたわ~! ブレンダちゃんのあのエキスのおかげね!」
医者も驚くほどの効果……。やはり高価なだけあるな……。少し貧血気味だが、それも薬で対処できるらしい。三日分の薬を出してくれたそうだ。
「ブレンダさん、ありがとうございました……! ボク、頑張ってその分をお返しします!」
「い、いや……! 役に立てて嬉しいよ……! 気にしなくてもいい……!」
ユランはブレンダに向かって深々と頭を下げるが、当のブレンダはエレノアに抱き締められたまま身動きが取れないでいる。
ユランもレティも、今朝のアレクとユイトを見たせいなのか、あまり驚いてはいなかった。
「ふふ! レティちゃんは初めまして……、だったわよね? この子がブレンダちゃんの恋人のエレノアちゃんよ」
オリビアがそう紹介すると、エレノアは漸くブレンダを解放し……。いや、手を握りながらレティに笑顔を向ける。
「あの時はレティちゃんは寝ていましたからね。初めまして、エレノアです。私とも仲良くしてくれると嬉しいな」
キラキラと眩しい笑顔を正面から見て、これは王都の女性に人気がある筈だと悟る。確か男性にも人気があると噂で聞いたな……。
「こ、こんにちは……! れてぃです……!」
オレにしがみ付き、少し恥ずかしそうに自己紹介をするレティ。
すると、ブレンダとエレノアを交互に見て、納得した様に頷いた。
「ぶれんだちゃんがね、すてきなひとだっていってたから、あってみたかったの!」
「おはなしどおり、とってもすてき!」
ねっ! と笑顔で訊ねるレティに、ブレンダは固まっている。
だがその隣で、エレノアは心底愛おしそうにブレンダの様子を見つめている。
「ブレンダ……」
「い、いや……、その……。ほ、ほら! “恋バナ”というヤツだ!」
「おうちでいっしょにねてたときね、いっぱいおしゃべりしたの!」
「あぁ! あの出発の前の日か!」
初めてレティがオレとオリビアと離れて寝た日だな。
少し寂しかったのを覚えている。
「うん! えれのあさん、もてるからしんぱいだって」
「れ、レティ! その話は……!」
「こんどはもうすこし、いっしょにいたいっていってたの……。えれのあさん、おやすみある……?」
焦るブレンダを尻目に、レティはエレノアに首を傾げながら訊いている。
「……ブレンダ、この後の予定は?」
「え? あぁ、ギルドに報告に行って終わりだが……」
「よし! トーマスさん! すぐ向かいましょう!」
そう元気よく言うと、エレノアはオリビアとユラン、そしてレティに失礼します、と言いながら抱えて馬車に乗せ、ブレンダの手を取り隣に座る。
ユランは女性に横抱きにされて、少し照れていたが。
「さ! トーマスさん! 行きましょう!」
見た事の無い様な満面の笑みを浮かべ、さらりとオレを急かしてくる。
「……ぶれんだちゃん、よかったね!」
小声で話しかけるレティに、ブレンダは恥ずかしそうに顔を赤らめたまま、ありがとうと呟いていた。
まぁ、その声も全員に聞こえているんだが……。
《 セバスチャンが言っていた 》
すると、サンプソンがゆっくり馬車を牽きながら話し掛けてくる。
「セバスチャンが?」
一体何だろうか……?
《 これが“らぶらぶ”というヤツか…… 》
その言葉に、オレもオリビアも思わず咽てしまう。
《 何だ? 違ったか……? 》
「ん~ん! ぶれんだちゃんと、えれのあさん、らぶらぶなの!」
《 そうか、勉強になったよ 》
笑顔で言うレティに、今度はブレンダが咽始めた。
その隣では、エレノアがキラキラと眩しいくらいの笑顔を向けている。
「レティちゃん、何か欲しいものはあるかい? お礼に何か渡したいんだけど……」
「おれい? ん~ん、だいじょうぶ! ぶれんだちゃんがうれしそうで、わたしもうれしい!」
ねっ!
そう微笑むレティに、ブレンダはまっ赤な顔でこくりと頷いていた。
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