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【1】婚約者と出会った日-①
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まっすぐな黒髪に、地味な一重。
細い鼻筋と、筆で掃かれたような薄い唇。
清潔感があることだけが唯一の救い――そんな平凡な男子高校生が、前世の僕だった。
だからこそ、生まれ変わるなら派手に生きたかった。
陽気で、奔放で、女の子を笑わせるラテンのジゴロになりたかった。
感情のままに泣いて、笑って、恋をして。大袈裟に振舞い、格好つけて見せて、人生を謳歌してみたかったのだ。
そして願いは、確かに叶った。
……けれども、思っていたのと少し違った。
鏡の中の僕は、甘いシャーベットオレンジの髪をふわりと揺らし、下睫毛までびっしりと長い。
ふせると駱駝みたいな濃い金色の睫毛は、瞬きをすると蝶が羽ばたくみたいだった。
瞳は新緑の木漏れ日を閉じ込めたように明るく、キラキラと輝いている。
――エミーリオ・ゼッポリーニ。
それが、この異世界での僕の名前だった。
前世の記憶を取り戻したのは、十四歳の春。父に突然「婚約が決まった」と告げられた日だ。
「えぇっ!? まだ早いよ! それにオルシーニ家って、狼じゃないか! しかも次男って男!」
思わず素の声が出た。父は呆れたように眉を寄せる。
「何を言っている。羊の相手なら、男の方が扱いやすいだろう」
その一言で、前世の記憶とこの世界の常識が噛み合う。
――そうだった。この国では、性よりも“獣性の相性”のほうが重んじられる。
人々は皆、獣の性を持つ。
性格も、体質も、少しだけその獣に寄っている。
兎の獣人は臆病で、猫は気まぐれ。
羊の獣人である僕は、柔らかなオフホワイトの毛と大きめのお尻を持ち、群れでいるのが好きで――つい、頼り甲斐がある人や優しい人に懐いてしまう。
だから、群れの統率者である“狼”とは相性が良いらしい。
でも、相性なんて知らない。
前世で男を恋愛対象にしたことなんて、一度もなかったのだから、戸惑いの方が大きい。
「オルシーニなら、同じ狼獣人の方がいいんじゃないの? 結束が強い一族だし」
「子供たちは、可愛いのが好みらしい」
「じゃあ僕なんか――」
「お前は文句なしに可愛いだろう」
……ああ、そうだった。
今の僕は“やたらと可愛い”のだ。
派手な顔立ちは夢が叶ったようで、どこか他人の仮面を被っている気がして落ち着かない。
「でも、あそこの三兄弟ってまだ子供でしょ?」
「長男マリオは十八歳、三男ルイージは九歳、次男のディーノは十二歳だ。釣り合いは取れている」
「いやいや、十二歳ってまだ子供じゃん!」
狼獣人は早熟と聞くけれど、どう考えても年下すぎる。
「何も今すぐ結婚しろとは言っていない」
「当たり前だよ!」
この世界の成人は十七歳で、大抵の人は二十歳を過ぎてから結婚する。恋愛は自由で盛んだけれど、意外と結婚には慎重なんだ。
僕の家は所謂名家というやつで、政略結婚も覚悟はしていたけれど、さすがに男児との縁談は聞いていない。
「あのさぁ、もう少し他を探そうよ。別の家でもいいじゃない」
「駄目だ。もう決まった話だ」
「はあ!?」
「お前の絵姿を見せたら、すぐに返事が来た。断る理由がない」
「ちょろっ! 父上、軽率すぎない!?」
「相手は狼だ。面倒見が良い。結婚すれば、一生守ってくれるぞ」
「うわ、さいてぇ……」
でも、確かに狼の血筋は堅実で誇り高い。どうせ結婚をするなら、悪くない相手なのはわかっている。
そう理屈では理解しても、心がついていかない。だから僕は、時間を稼ぐことにした。
「じゃあ婚約はいいけど、結婚は二十歳まで待ってよ。その間は自由にさせて」
「自由? それは、まずいだろう」
「どうして」
「お前の顔で“自由”になんてさせていたら、遊んでいると思われて破談になるぞ」
――それだ。
僕は心の中で指を鳴らした。
遊んでいる“ふり”をして、向こうから断ってもらえばいい。そうしたら角も立たないし、婚約話も消える。
「父上、羽目は外さないから、少しだけ猶予をください」
「ディーノが成人するまでだ。それまでに心を決めろ」
「五年……うん、それだけあれば」
僕は慎重に考えた末に頷いた。
形式的に婚約を受け入れ、実際の交流は避けるつもりだった。
だが――初顔合わせだけは避けられなかった。
細い鼻筋と、筆で掃かれたような薄い唇。
清潔感があることだけが唯一の救い――そんな平凡な男子高校生が、前世の僕だった。
だからこそ、生まれ変わるなら派手に生きたかった。
陽気で、奔放で、女の子を笑わせるラテンのジゴロになりたかった。
感情のままに泣いて、笑って、恋をして。大袈裟に振舞い、格好つけて見せて、人生を謳歌してみたかったのだ。
そして願いは、確かに叶った。
……けれども、思っていたのと少し違った。
鏡の中の僕は、甘いシャーベットオレンジの髪をふわりと揺らし、下睫毛までびっしりと長い。
ふせると駱駝みたいな濃い金色の睫毛は、瞬きをすると蝶が羽ばたくみたいだった。
瞳は新緑の木漏れ日を閉じ込めたように明るく、キラキラと輝いている。
――エミーリオ・ゼッポリーニ。
それが、この異世界での僕の名前だった。
前世の記憶を取り戻したのは、十四歳の春。父に突然「婚約が決まった」と告げられた日だ。
「えぇっ!? まだ早いよ! それにオルシーニ家って、狼じゃないか! しかも次男って男!」
思わず素の声が出た。父は呆れたように眉を寄せる。
「何を言っている。羊の相手なら、男の方が扱いやすいだろう」
その一言で、前世の記憶とこの世界の常識が噛み合う。
――そうだった。この国では、性よりも“獣性の相性”のほうが重んじられる。
人々は皆、獣の性を持つ。
性格も、体質も、少しだけその獣に寄っている。
兎の獣人は臆病で、猫は気まぐれ。
羊の獣人である僕は、柔らかなオフホワイトの毛と大きめのお尻を持ち、群れでいるのが好きで――つい、頼り甲斐がある人や優しい人に懐いてしまう。
だから、群れの統率者である“狼”とは相性が良いらしい。
でも、相性なんて知らない。
前世で男を恋愛対象にしたことなんて、一度もなかったのだから、戸惑いの方が大きい。
「オルシーニなら、同じ狼獣人の方がいいんじゃないの? 結束が強い一族だし」
「子供たちは、可愛いのが好みらしい」
「じゃあ僕なんか――」
「お前は文句なしに可愛いだろう」
……ああ、そうだった。
今の僕は“やたらと可愛い”のだ。
派手な顔立ちは夢が叶ったようで、どこか他人の仮面を被っている気がして落ち着かない。
「でも、あそこの三兄弟ってまだ子供でしょ?」
「長男マリオは十八歳、三男ルイージは九歳、次男のディーノは十二歳だ。釣り合いは取れている」
「いやいや、十二歳ってまだ子供じゃん!」
狼獣人は早熟と聞くけれど、どう考えても年下すぎる。
「何も今すぐ結婚しろとは言っていない」
「当たり前だよ!」
この世界の成人は十七歳で、大抵の人は二十歳を過ぎてから結婚する。恋愛は自由で盛んだけれど、意外と結婚には慎重なんだ。
僕の家は所謂名家というやつで、政略結婚も覚悟はしていたけれど、さすがに男児との縁談は聞いていない。
「あのさぁ、もう少し他を探そうよ。別の家でもいいじゃない」
「駄目だ。もう決まった話だ」
「はあ!?」
「お前の絵姿を見せたら、すぐに返事が来た。断る理由がない」
「ちょろっ! 父上、軽率すぎない!?」
「相手は狼だ。面倒見が良い。結婚すれば、一生守ってくれるぞ」
「うわ、さいてぇ……」
でも、確かに狼の血筋は堅実で誇り高い。どうせ結婚をするなら、悪くない相手なのはわかっている。
そう理屈では理解しても、心がついていかない。だから僕は、時間を稼ぐことにした。
「じゃあ婚約はいいけど、結婚は二十歳まで待ってよ。その間は自由にさせて」
「自由? それは、まずいだろう」
「どうして」
「お前の顔で“自由”になんてさせていたら、遊んでいると思われて破談になるぞ」
――それだ。
僕は心の中で指を鳴らした。
遊んでいる“ふり”をして、向こうから断ってもらえばいい。そうしたら角も立たないし、婚約話も消える。
「父上、羽目は外さないから、少しだけ猶予をください」
「ディーノが成人するまでだ。それまでに心を決めろ」
「五年……うん、それだけあれば」
僕は慎重に考えた末に頷いた。
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だが――初顔合わせだけは避けられなかった。
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