狼の婚約者 ―君の愛が、僕の呪いをほどくまで―

海野ことり

文字の大きさ
1 / 35

【1】婚約者と出会った日-①

しおりを挟む
 まっすぐな黒髪に、地味な一重。
 細い鼻筋と、筆で掃かれたような薄い唇。
 清潔感があることだけが唯一の救い――そんな平凡な男子高校生が、前世の僕だった。

 だからこそ、生まれ変わるなら派手に生きたかった。
 陽気で、奔放で、女の子を笑わせるラテンのジゴロになりたかった。
 感情のままに泣いて、笑って、恋をして。大袈裟に振舞い、格好つけて見せて、人生を謳歌してみたかったのだ。

 そして願いは、確かに叶った。
 ……けれども、思っていたのと少し違った。

 鏡の中の僕は、甘いシャーベットオレンジの髪をふわりと揺らし、下睫毛までびっしりと長い。
 ふせると駱駝みたいな濃い金色の睫毛は、瞬きをすると蝶が羽ばたくみたいだった。
 瞳は新緑の木漏れ日を閉じ込めたように明るく、キラキラと輝いている。

 ――エミーリオ・ゼッポリーニ。

 それが、この異世界での僕の名前だった。
 前世の記憶を取り戻したのは、十四歳の春。父に突然「婚約が決まった」と告げられた日だ。

「えぇっ!? まだ早いよ! それにオルシーニ家って、狼じゃないか! しかも次男って男!」
 思わず素の声が出た。父は呆れたように眉を寄せる。

「何を言っている。羊の相手なら、男の方が扱いやすいだろう」
 その一言で、前世の記憶とこの世界の常識が噛み合う。
 ――そうだった。この国では、性よりも“獣性の相性”のほうが重んじられる。

 人々は皆、獣の性を持つ。
 性格も、体質も、少しだけその獣に寄っている。

 兎の獣人は臆病で、猫は気まぐれ。
 羊の獣人である僕は、柔らかなオフホワイトの毛と大きめのお尻を持ち、群れでいるのが好きで――つい、頼り甲斐がある人や優しい人に懐いてしまう。
 だから、群れの統率者である“狼”とは相性が良いらしい。

 でも、相性なんて知らない。
 前世で男を恋愛対象にしたことなんて、一度もなかったのだから、戸惑いの方が大きい。

「オルシーニなら、同じ狼獣人の方がいいんじゃないの? 結束が強い一族だし」
「子供たちは、可愛いのが好みらしい」
「じゃあ僕なんか――」
「お前は文句なしに可愛いだろう」
 ……ああ、そうだった。
 今の僕は“やたらと可愛い”のだ。
 派手な顔立ちは夢が叶ったようで、どこか他人の仮面を被っている気がして落ち着かない。

「でも、あそこの三兄弟ってまだ子供でしょ?」
「長男マリオは十八歳、三男ルイージは九歳、次男のディーノは十二歳だ。釣り合いは取れている」
「いやいや、十二歳ってまだ子供じゃん!」
 狼獣人は早熟と聞くけれど、どう考えても年下すぎる。

「何も今すぐ結婚しろとは言っていない」
「当たり前だよ!」
 この世界の成人は十七歳で、大抵の人は二十歳を過ぎてから結婚する。恋愛は自由で盛んだけれど、意外と結婚には慎重なんだ。
 僕の家は所謂名家というやつで、政略結婚も覚悟はしていたけれど、さすがに男児との縁談は聞いていない。

「あのさぁ、もう少し他を探そうよ。別の家でもいいじゃない」
「駄目だ。もう決まった話だ」
「はあ!?」
「お前の絵姿を見せたら、すぐに返事が来た。断る理由がない」
「ちょろっ! 父上、軽率すぎない!?」
「相手は狼だ。面倒見が良い。結婚すれば、一生守ってくれるぞ」
「うわ、さいてぇ……」
 でも、確かに狼の血筋は堅実で誇り高い。どうせ結婚をするなら、悪くない相手なのはわかっている。
 そう理屈では理解しても、心がついていかない。だから僕は、時間を稼ぐことにした。

「じゃあ婚約はいいけど、結婚は二十歳まで待ってよ。その間は自由にさせて」
「自由? それは、まずいだろう」
「どうして」
「お前の顔で“自由”になんてさせていたら、遊んでいると思われて破談になるぞ」

 ――それだ。

 僕は心の中で指を鳴らした。
 遊んでいる“ふり”をして、向こうから断ってもらえばいい。そうしたら角も立たないし、婚約話も消える。

「父上、羽目は外さないから、少しだけ猶予をください」
「ディーノが成人するまでだ。それまでに心を決めろ」
「五年……うん、それだけあれば」
 僕は慎重に考えた末に頷いた。
 形式的に婚約を受け入れ、実際の交流は避けるつもりだった。

 だが――初顔合わせだけは避けられなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

大魔法使いに生まれ変わったので森に引きこもります

かとらり。
BL
 前世でやっていたRPGの中ボスの大魔法使いに生まれ変わった僕。  勇者に倒されるのは嫌なので、大人しくアイテムを渡して帰ってもらい、塔に引きこもってセカンドライフを楽しむことにした。  風の噂で勇者が魔王を倒したことを聞いて安心していたら、森の中に小さな男の子が転がり込んでくる。  どうやらその子どもは勇者の子供らしく…

【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる

おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。 知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。

黒豹拾いました

おーか
BL
森で暮らし始めたオレは、ボロボロになった子猫を拾った。逞しく育ったその子は、どうやら黒豹の獣人だったようだ。 大人になって独り立ちしていくんだなぁ、と父親のような気持ちで送り出そうとしたのだが… 「大好きだよ。だから、俺の側にずっと居てくれるよね?」 そう迫ってくる。おかしいな…? 育て方間違ったか…。でも、美形に育ったし、可愛い息子だ。拒否も出来ないままに流される。

騎士団長の秘密

さねうずる
BL
「俺は、ポラール殿を好いている」 「「「 なんて!?!?!?」」 無口無表情の騎士団長が好きなのは別騎士団のシロクマ獣人副団長 チャラシロクマ×イケメン騎士団長

令嬢に転生したと思ったけどちょっと違った

しそみょうが
BL
前世男子大学生だったが今世では公爵令嬢に転生したアシュリー8歳は、王城の廊下で4歳年下の第2王子イーライに一目惚れされて婚約者になる。なんやかんやで両想いだった2人だが、イーライの留学中にアシュリーに成長期が訪れ立派な青年に成長してしまう。アシュリーが転生したのは女性ではなくカントボーイだったのだ。泣く泣く婚約者を辞するアシュリーは名前を変えて王城の近衛騎士となる。婚約者にフラれて隣国でグレたと噂の殿下が5年ぶりに帰国してーー? という、婚約者大好き年下王子☓元令嬢のカントボーイ騎士のお話です。前半3話目までは子ども時代で、成長した後半にR18がちょこっとあります♡  短編コメディです

花街だからといって身体は売ってません…って話聞いてます?

銀花月
BL
魔導師マルスは秘密裏に王命を受けて、花街で花を売る(フリ)をしていた。フッと視線を感じ、目線をむけると騎士団の第ニ副団長とバッチリ目が合ってしまう。 王命を知られる訳にもいかず… 王宮内で見た事はあるが接点もない。自分の事は分からないだろうとマルスはシラをきろうとするが、副団長は「お前の花を買ってやろう、マルス=トルマトン」と声をかけてきたーーーえ?俺だってバレてる? ※[小説家になろう]様にも掲載しています。

処理中です...