狼の婚約者 ―君の愛が、僕の呪いをほどくまで―

海野ことり

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㉜祝福の光

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 眩しい朝日が白い石畳を輝かせている。

「ま~た朝まで掛かっちまいましたよ」
 そう文句をこぼしたのは僕の部下で、トムソンガゼルの獣人のファビオだ。

「でも朝の空気って清々しいだろう? ほら、心が洗われる気がしない?」
「一晩中働いた後でそんな事を言えるのは、エミーリオ様だけですよ。細っこい癖に、意外と体力があるんだから」
「だって、実行部隊に比べたら楽でしょ」
 僕が所属しているのはオルシーニ家の情報収集チームで、他に実行部隊と殲滅部隊がある。
 殲滅部隊ってなんだよ~、と聞いた時にはびびった。

「でも実行部隊ってあれでしょ、次期様ひとりいたら他はいらないっていう――」
「そんなことないよ。ディーノは指示だけ出して現場に行かないことも多いし」
「でもこの間、西側の蛮族の侵攻を一人で止めたって聞きましたぜ」
「それは……」
 他の人がいたら巻き込んでしまう案件だった。
 力を出し惜しみする余裕がない。そんな場合もある。

「じゃあ、その前にディーノが掛けた言葉って知ってる?」
「え? なんすか?」
「『俺の真似をしようと思うな。お前たちにしか出来ないことをしろ』」
「それって――」
「背伸びしなくていいよ、お前たちにしか出来ないこともあるよって意味だよね。相変わらず不器用なんだから」
「違いますよね!?」
 ファビオが大袈裟にツッコミを入れたので、ケラケラと笑った。
 ディーノは相変わらず孤高だったけど、良い意味で部下たちと線引きが出来ている。
 信頼が出来つつあるのを傍から見ても感じる。

「ディーノ一人がいればいいってのは、いなくなったらお終いってことだからね。主家として、それを良しとは出来ないかな」
「すみませんっ!」
 慌てて頭を下げたファビオに手を振る。

「いいよいいよ、あのカッコいい完全変態した姿を見たら誰でもそう思うもの。ディーノは強くて格好良くて、凛々しい狼獣人の王だから誰も真似できなくて当然なんだよ」
 僕がデレデレと笑み崩れていたら、石畳に黒い影が差した。

「俺の花嫁は、今日が結婚式だと忘れたのか?」
「ディーノ!」
 長身の彼のコート姿は格好良い。
 でも残念ながら、覗いた尻尾が苛々と揺れている。そして直ぐに鼻を寄せ、僕の匂いを嗅ぐ。

「迎えに来てくれたの? もう少ししたら会えるのに」
「……まったく」
 ディーノはため息を吐いてから僕を軽々と片腕に抱き上げた。

「少し眠っておけ。時間が来たら起こしてやる」
「ん~、でも眠れそうもない」
「こうしたら眠れるだろう」
 彼は僕の両目を片手で覆い、つむじに口付けを落とした。
 安心する闇と体温が、僕の心を眠りに誘う。

「でも、眠ってしまったらダンテが……戻ってきても、気づけない」
「それも見張っておいてやる。だから安心しろ」
「……うん」
 僕は握っていた拳を緩め、力を抜いた。
 遠くでファビオの上擦った声が聞こえる。

「あのっ! 私はトムソンガゼルの獣人の――」
「知ってる。エミーリオの周りに置く人間は、俺が直接調べた」
「えっ!」
「当たり前だろう。こいつは俺の番だ」
 柔らかな口付けと、愛しげな声。
 ああ、愛されているなぁと唇が綻ぶ。

「エミーリオ様は、お美しくて強いからてっきり――」
「なんだ?」
「……いえ、なんでもありません」
 もうっ! ディーノの所為で、部下が僕をどう思っているのか聞き損ねたじゃないか。
 僕は少し頬を膨らまし、その頬を甘噛みされてプシュッと空気が抜けた。

「寝てても可愛いな」
 ぼそりと呟かれた言葉に赤面する。
 ディーノは四六時中、僕を褒めるんだ。

「あの、仲が宜しいんですね」
「ん?」
「いえ、なかなかご結婚なさらないから、形だけという噂も……」
「結婚が遅れたのは、こいつが俺の相棒を待っていたからだ。意地っ張りで、頑固で、本当に……可愛い」
 ディーノの言葉を聞いて申し訳ないと思う。
 いつ戻るか、そもそも本当に帰ってくるかもわからないのに意地を張って彼には悪いことをした。
 まだ一人前じゃない、僕だけ幸せになっていいのか、せめてダンテが戻ってから――と結婚を引き延ばしていたらミルコに叱られた。

「僕のデザインした式服が着られないの!」
「いや、もの凄く光沢があって派手だけど、僕が希望した白色だし素敵だし。喜んで着るよ」
「いつ!? 君はともかく、ディーノ・オルシーニはまだ成長してるんだから、サイズが変わるんだよ!」
「う……そう、だね」
 ディーノは靭やかな身体つきだから背ばかり高いイメージだけど、近くで見ると厚みが凄い。
 夜とかあれに抱き潰されるんだから、僕の体力もつくってものだ。

「何を赤面してるんだよ。それでいつ結婚するのさ。君が結婚してくれないと、僕は安心して行けない」
「え? 行くって……」
「首都に行って店を持つ」
 ――嘘だろう?
 愕然とする僕をミルコが優しい目で見る。

「事件の後、腑抜けた僕を君は辛抱強く待ってくれた。僕よりも辛い思いをしたのに、前を向いて頑張っているエミーリオを見て、本当に勇気づけられたよ」
 そこでミルコは言葉を切り、指先で胸元を掴んだ。それから決意したように顔を上げる。

「……だから今度は、僕が輝いて君を照らす」
「ミルコ……」
「ああ、泣くんじゃないよ。離れるのが辛くなるじゃないか」
 ミルコの言葉を聞いて、『泣くのはおよし』というダンテの声が蘇る。
 そうだ。彼が戻ってきた時に僕が幸せじゃないと。

「ミルコ、ありがとう。ディーノと結婚するよ」
「それは僕じゃなくて、彼に言ってあげるんだね。あの狼は君にだけ弱いんだから」
「うん」
 僕は直ぐにディーノに結婚すると伝え、今日の日が来るまで彼はずっと浮かれっぱなしだった。
 当主に結婚と同時に長の座を譲ると言われたことなどすっかり霞んでいる。
 本当に、僕は幸せ者だ。

「エミーリオ、目を覚ましてくれ」
 いつの間にか本当に眠っていた僕は、すっかり支度の済んだ姿で目を覚ました。

「ディーノ? 寝過ごしてごめ――」
「行くぞ」
 力強く手を差し出されてその手を掴む。
 扉がページを捲るように開き、柔らかな光が降り注ぐ。
 ふかりとした絨毯を踏み締めたら、何処かで鳥が羽ばたく音がした。

 ――ああ、ダンテ。君はここにいたんだね。
 僕はそっと胸を押さえた。
 加護の文様が燃え立つように揺れ、胸の奥が熱く波打つ。
 幸福の光が満ちていく。
 視界を溢れるほどに染め上げた光は、新緑と闇を宿す僕の瞳から、どこまでも広がっていくのだった。
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