狼の婚約者 ―君の愛が、僕の呪いをほどくまで―

海野ことり

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㉛新しい朝

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 明け方になってやっとうとうとし出したのに、シーツがガサゴソとうるさい。
 そのうちズボッと狼が顔を出し、至近距離で目が合う。

「……ディーノ。また窓から入ったね」
「……」
 耳を伏せたって駄目だ。君がこうして夜に訪ねてくるのは、二人きりになりたいからだって知っているもの。
 使用人や家族にも邪魔されたくないって気持ちはわかるけど、まるで後ろ暗い所があるみたいだと父上に釘を刺されている。
 僕は暫くディーノと睨み合い、先に根負けしたのは僕の方だった。

「わかってるよ、心配してくれたんだろう? あんなことの後だし、チェーリオは行方不明だし」
 僕の腕から出ていったきり、彼は戻って来なかった。
 あの形で生きていけるのか心配だったけれど、探さない方がいい気もしている。
 それに心配事はまだある。

「悪しき者は姿を現さなかったけど、これで本当に終わったのかな?」
 僕は小声で尋ねてみたが、ディーノからの答えはない。
 多分、彼にもわからないのだろう。

「でもね、良い報せもあったんだよ。倒れていた人が、冬眠状態から目を覚ましたんだ。全員、命に別条はないって!」
 それを聞いて僕は本当に嬉しかった。助かった人がいて救われたんだ。
 僕は狼の首にギュッと抱きつき、滑らかな毛並みに顔を埋めながら続ける。

「ミルコも部屋から出られるようになったんだよ。敷地内なら散歩も出来るってさ。……僕とは、まだ会ってくれないけど」
 へへ、と笑ったら頬を舐められた。
 僕は目頭が熱くなり、それを誤魔化すように抱きつく腕に力を入れる。

「姉さんは、年が明けたらモンドさんと結婚する。彼なら安心だし、話が進んで良かった。良かったんだけれど――」
 寂しい。口には出さなかったけれど、ディーノには伝わったようで少し強く身体を押し付けられた。僕は心地好く彼の重みを受け止める。

「僕も早く結婚したいよ」
 思わずそうこぼしたら、狼が喉の奥でグルグルと低く唸った。

「ごめん。待てないのは君の方だった。うん、すぐに結婚することは出来ない。やる事がある。ごめんったら」
 僕は拗ねてしまったディーノの機嫌を取ろうと耳の後ろをくすぐった。
 僕たちはディーノが成人してもすぐには結婚できない。
 僕は力の使い方を学ばないといけないし、ディーノも長としてはまだ未熟だ。

「せっかくダンテが遺してくれた力だからさ、ちゃんと役立てたいんだ。それに、彼を戻す手立てもわかるかもしれないし」
 僕はどうしてももう一度ダンテに会いたいし、ディーノに返してあげたい。
 彼には自分だけの大事なものがもっと必要だ。
 僕が眉間にしわを寄せて真剣に考えていたら、隣で膨らみがむくむくと大きくなった。

「もうっ! 急に人型になったりして、吃驚するだろっ!」
 僕はドキドキする胸を止めようと手で押さえる。
 人型のディーノは格好良いし、長い髪が顔にかかる様子とか妙な色気があって戸惑ってしまう。

「……こっちも駄目か」
「ええっ?」
 ため息を吐いたディーノを訝しく見つめる。
 彼の考えることはたまに突拍子もない。

「獣化した俺を見ても笑わないから、人型に戻った。でもやっぱり、こっちの俺にはよそよそしい。昨日は手に入れたと思ったのに」
「……」
 もしかして、モフモフに癒される僕の為に獣化して来てくれたのか。それでも思ったように笑顔にならないから人型に戻って、昨日僕が愛してるなんて言ったから期待してたのに反応が思ってたのと違って――。

「君、僕のことが好きすぎるだろう」
「足りないくらいだ」
 もっとあんたの為に色々したいのに、と続けられて僕は顔を枕に埋めた。
 とても顔を上げられない。

「エミーリオ? 疲れたのか?」
 心配するディーノの声で、僕はのろのろと顔を上げた。でも両手で顔は隠したまま話す。

「君が格好良いからソワソワするんだよ。ほら、雌狼が気になって、周りをウロウロする個体とかいるだろ? 僕も君が気になって――」
「俺に恋をしてるのか?」
「……うん」
 なんかもう、愛してると言うよりも恥ずかしい。

「エミーリオッ!」
「ぐえっ!」
 きつく抱きしめられて、僕は色気のない声を上げてしまった。

「俺もあんたに恋をしてる! 出会った時から、ずっと」
「うん」
 ふわふわの銀灰色の毛。ビー玉みたいな目に濡れた鼻先。
 可愛かった僕の婚約者は、立派な成狼となって帰ってきた。

「ディーノ、少しだけ……あの時出来なかったことをしようか」
 ディーノの銀河を映す銀色の瞳が甘く滲んだのを見て目を瞑った。
 柔らかく首筋に食い込む牙も、尖った爪も僕を傷つけはしない。
 ただもどかしく、心の琴線を引っ掻く。

「ディーノ……ディーノッ!」
 彼の名前を呼ぶことしか出来ない僕を、ディーノは優しく追い詰めて光に導いた。
 僕は荒々しい呼吸のまま、ふと窓の外を見る。

「ディーノ、夜明けだ」
 まっさらな光が、僕らを眩しく照らした。
 希望の予感に、僕は小さく鼻を鳴らした。
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