水の都~二十年越しの恋~

海野ことり

文字の大きさ
46 / 58

㉔奸計ってのはこうするんだよ−1

しおりを挟む
 蓮治は番頭に今年の祭りの寄進額を指図し、他にも手伝いや差し入れなど諸々の手配を話し合った。そして話に一段落がついた所で恐る恐る訊ねられた。

「あの方達はいつまでいらっしゃるつもりなんでしょうか……」
「ああ、何か迷惑を掛けられているかい?」
「いえ、あたしはそれ程でも……。ただ若いのがねぇ……お嬢さんのあの口の利きようにどうにも腹が立つようで」
 蓮治は僅かに眉を顰めた。そして穏やかな口調で訊ねる。

「仕事の事に口を出すのかい?」
「仕事の事と言うか……」
 そこで番頭は困ったように苦笑した。

「そこに荷物を置いちゃ邪魔だの見苦しいだの、分かりもしないのにガチャガチャと口を挟んできましてね。一つ一つは大した事じゃないが、ああも口喧しいとあたしでも癇に障ります。ましてや若い子じゃねぇ、鬱陶しいってんで犬を嗾ける始末で、そうするとまた大事になるんですわ」
「嗾けると言っても、太郎は噛んだりしないだろう?」
 隣の犬だろうと当たりを付けて聞いた蓮治に番頭が可笑しそうな顔をする。

「それがね、何でも幼い頃に咬まれたとかで、じゃれ付かれるだけでも魂消たように叫ぶんですわ。あたしも止めなさいと諌めはするが、笑いを堪えるのが大変で」
「こらこら、お前までそんな事を言っては困るね」
 蓮治は呆れつつも困ったものだと思う。
 先々代の弟の孫の伯父家族、という全く血の繋がりの無い一家が喜多屋に初めてやってきたのは大火の後だった。その時はぴしゃりと追い返したが、この度は少々事情が違った。
 彼らは娘を喜多屋の嫁にすると勇んで乗り込んできたのだ。
 勿論、嫁などとんでもないと断った。断ったが彼らは古めかしい証文を持ち出してきた。
 それは喜多屋の土地の一角の沽券(権利書)で、先々代の弟が譲り受けたものだという。
 調べたらどうやら本物らしく、買い取ろうと言ったのだが彼らは首を縦に振らなかった。

「いやですよ、あたしたちだってここに暮らす権利があるんです。もう田舎に引っ込むのは真っ平。蓮治さんもお独りなのだし、うちの娘と身を固めたら丁度良いじゃありませんか」
 それは聞かされる方からしたら全く勝手な言い分だった。話にもならない、お粗末な理屈だった。
 しかし話を持ち込まれた町の長老やら世話役が悪くは無い話だと同意した。
 蓮治は仕事に関してはやり手だが一方で遊び人として鳴らしていたし、ここらで落ち着くのが良いだろうと勝手に話を纏められそうになった。

 冗談では無い。蓮治に嫁など貰うつもりはこれっぽっちもなかった。
 蓮治は一生を懸けて信乃が幸せになるのを見届けるつもりでいたし、店はゆくゆくは番頭に任せてもいいし若いのを養子にして継がせても良い。血筋は途絶えても店の名さえ残ればそれで良いのだ。

 しかし蓮治はその心積もりを明かす事が出来なかった。
 全く関係のない信乃の名前を出す事は出来ないし、もしも注目でもされたらえらい迷惑だろう。
 信乃はあの外見だから人目を怖がっているところがあるし、雑音を聞かせたりして創作の邪魔をしたくもない。
 巻き込まれては大変だからと、こちらから距離を開けているくらいなのだ。

(まぁ、信乃が慶太郎と親密になっている所など見たくないから丁度良いけど)
 思わず溜め息を吐いた蓮治をキーキーと甲走った声が現実に戻した。

「蓮治さんお芝居ですって! 両国橋で新しいお芝居が掛かるんですってよ!」
 興奮した娘の声に、蓮治はいっそ役者に夢中になって身を持ち崩してくれればいいのにと酷薄な事を思う。

(ん? 本当に役者に夢中になって貰ったらどうだろう?)
 蓮治は彦十朗に一芝居打って貰ってはどうかと思い付いた。
 彦十朗に夢中になった娘はつれない蓮治の事など忘れるだろう。本人が嫁ぐのを嫌だと言えば、いかな両親とて無理強いも出来まい。

「夢中にさせておいてこっ酷く振れば、若い娘の事だから暫くは男などこりごりだと思うに違いない」
 蓮治は良い思い付きだと直ぐさま彦十朗に連絡を取った。しかし。

「うーん、蓮治さんの頼みなら聞いてあげたいのですがね」
「駄目かい?」
 大きな形をして叱られた子犬のようにしょんぼりと眉を下げる蓮治を見て彦十朗が苦笑する。

「俺の男は嫉妬深いんですよ。例え演技でも女の口など吸ったら公衆の面前で犯されかねない」
「……そんなにかい?」
「笑顔で孕むまで抱いてあげると言い放つような男ですからねぇ」
 彦十朗は可笑しそうに笑って言ったが冗談では無い。少し前に彦十朗の隠し子騒動があった時に、善一はガセだという弁明も聞かずに子供が欲しいならあんたが孕むまで抱いてあげるよと言い放った。
 出来ない事は十二分に分かっていて、彦十朗が音を上げてお前の子を身籠ったと言うのを待つつもりだったのだ。
 実行に移す前に身の潔白が証明されたので事無きを得たが、あのままだったらきっと善一の望む台詞を言わされていた。

『お前の子を身籠ったから産ませて』
 そんな台詞を男の身で言うなどゾッとしない。

「もっと軽い男だと思っていたけどねぇ」
 残念そうな蓮治に後ろから可愛らしい声が掛かった。

「その役目、僕にやらせてくれませんか?」
「「駒!」」
 振り向いた蓮治と彦十朗が声を揃えて驚く。駒はいつもと変わらぬ態度でニコニコと笑っている。

「僕なら遠慮する恋人もいませんし、その人にはお気の毒ですけどそれも人生勉強と思って泣いて貰いましょうよ」
「お前ねぇ……」
 言いだしっぺの癖に蓮治が咎めるような視線を向けた。

「僕にはそんな事をして欲しくないですか?」
 小首を傾げた駒は恋に恋していた頃の無邪気な彼では無い。人がどういう目で自分を見ているか理解し、どう振る舞ったら相手の感情を操れるか冷静に計算出来た。

「あなたがするなと言うならしませんけど」
 ついっ、と彦十朗に視線を流して艶を見せる。
 ここで彦十朗が駒を止めたら、相手の何かを背負う事になる。人を止めるとはそういう事だ。

「……止めないよ。お前ももう子供じゃない。自分の考えで動いたらいい」
「うん……。見ていて下さいね」
 兄さん、と甘ったるく言われて彦十朗が目を逸らした。最近の弟子から向けられる視線や言葉は彦十朗の手に余るものだった。
 蓮治は励ますようにぽん、と彦十朗の肩に手を置いて黙ったまま頷いて見せたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

処理中です...