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本編
7.帰ってきた男、冬の扉がひらく時-②
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けれど志貴の思惑は無駄になる。
店にふらりと現れた洸が、既に燕司に会って来たと口にしたのだ。
「は? え? 何? ここに来る前にあっちに顔を出してきたの? へぇ、やっぱりお前ら仲が良いんだな」
毒気を抜かれたような、狐に抓まれたような不可解な顔をして志貴が言った。
洸は穏やかな微笑を浮かべたまま、簡単に否定する。
「違う違う、ちょっと寝てきただけ。あいつはどうせ仕込みに出てるしね」
「それで戻って来た燕司と鉢合わせしたって訳か。あいつ怒ったろう?」
留守中に勝手に上がり込んだりして、と友人の性分をよく弁えた志貴が言えば、洸はニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「そうでもない。わざと鍵を開けて置いてくれたくらいだしね」
「それはお前にピッキングされるのが嫌だったからだろう」
「あはは、そうかもねー」
平然と笑い飛ばす男に理央は言葉が出ない。
家人が留守だからと寝てきた? ピッキング? 何かもう予想を超えている。
見た目はひょろりと背が高くて優男然としていて、柔らかい微笑を絶やさない人なのだけれど。
「お前は本当に相変わらずだな。理央も呆れてるぞ」
「『理央』? 志貴さんのお気に入りって、この子?」
どれどれ、とやっと自分を認識して真正面から見つめてきた相手に、理央は少々気圧される。
笑った顔とはアンバランスに光る目がちょっと怖い。
この人、苦手かも……。
「ふぅん、格好良いね」
洸は、理央を値踏みするように見てから柔らかな声で囁いた。
風のようなハスキーボイスはまるで歌の調べだ。自由な彼の気性をよく表している。
その声に歳を訊ねられ、理央は小声で答える。
「ヒューッ! 声もイイじゃん」
「出たよ声フェチ」
ぼそり、と言った志貴を振り返って洸が愛嬌を振りまく。
「妬かないでよ。あなたの声が俺はいちばん好きだよ」
「妬いてねぇよ。相変わらず頭湧いてんな」
「褒めないでよ」
「褒めてねえ!」
燕司とはボケと突っ込みが逆になったかのようなやり取りだった。
志貴が防戦に回っているのが理央には新鮮だった。
「でも本当、相変わらず麗しくて目に楽しい。志貴さんはますます綺麗になったんじゃない?」
「男に綺麗と言われても、嬉しくありませんー」
「はいはい、旦那以外にはね」
「阿呆か」
志貴は呆れて手に持っていた布巾を投げ付けた。
「お前が送ってくれた豆でコーヒーを淹れてやるから、そのクマの浮かんだ顔でも洗って来い」
そうバックヤードを指さした志貴に、敵わないなと洸が苦笑して大人しく姿を消した。
その場から彼が消えて、理央が詰めていた息を大きく吐いた。
「何か疲れる男だろう?」
「ええ……まあ」
「つまりはそういう男なんだ。洸という奴は」
「はい、よく分かりました」
理央は深く頷いて、カップに残っていたコーヒーを一息に飲み干した。
志貴と洸がコーヒー談義に花を咲かせてるのをぼんやりと眺めていたら、ガラス窓に付いた水滴で雨が降り出したのに気が付いた。
「雨だ」
ぽつりと呟いて、理央は心許ない顔付きをする。
雨降りは嫌いじゃないけれど、濡れるのは苦手だ。どうしよう、帰りまでに止むかな。
困っていたら、志貴が何処かに電話をかけた。それから十分後、カラコロカランといつもよりも騒々しくカウベルが鳴って、奏太がずぶ濡れの姿で飛び込んでくる。
「奏太? どうしたの?」
理央は吃驚して立ち上がった。
「無事だったか」
自分を見てホッとした様子の奏太に、理央は不思議そうに首を傾げた。
「無事って何が? 訳が分からない」
「ああ、俺も分からないけど……志貴さん? 誰がピンチですって?」
険のある表情で志貴を見た奏太に、彼は平然と言う。
「理央はそんな薄着なのに、この冷たい雨に濡れたら間違いなく風邪を引く。それどころか肺炎に罹りそうだろ。ほら、大ピンチ」
「「……志貴さん!」」
奏太と理央が声を揃えたが、志貴はどこ吹く風だった。
それにあり得そうな話で、それ以上強くは言えない。
「迎えが来て良かったな。ほら、雨が強くなる前に帰れ」
ぷらぷらと手を振って追い払われ、理央は何だかなぁと思いつつも奏太と一緒に帰る事にした。
奏太は会いたがっていた洸に目顔で挨拶だけ済ませ、理央と一緒に店を出た。
二人を見送ってから、洸がおもむろに口を開いた。
「さて、邪魔者はいなくなったし、ゆっくりとあなたを口説こうかな」
「邪魔者って――誰の事?」
志貴は窓越しに視線を投げてそう言った。
洸は嫌な予感がして背後を振り返り、水滴に曇った窓の外を確かめた。
そこには焼き立てパンの入っているだろう紙袋を大事そうに胸に抱え、やけに鮮やかな赤い傘を差した燕司の姿があった。
「……タイミングのいい奴」
「本当にな」
カランコロンカラン。 雨の匂いとともに、冬の扉が、確かにひらかれた。
店にふらりと現れた洸が、既に燕司に会って来たと口にしたのだ。
「は? え? 何? ここに来る前にあっちに顔を出してきたの? へぇ、やっぱりお前ら仲が良いんだな」
毒気を抜かれたような、狐に抓まれたような不可解な顔をして志貴が言った。
洸は穏やかな微笑を浮かべたまま、簡単に否定する。
「違う違う、ちょっと寝てきただけ。あいつはどうせ仕込みに出てるしね」
「それで戻って来た燕司と鉢合わせしたって訳か。あいつ怒ったろう?」
留守中に勝手に上がり込んだりして、と友人の性分をよく弁えた志貴が言えば、洸はニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「そうでもない。わざと鍵を開けて置いてくれたくらいだしね」
「それはお前にピッキングされるのが嫌だったからだろう」
「あはは、そうかもねー」
平然と笑い飛ばす男に理央は言葉が出ない。
家人が留守だからと寝てきた? ピッキング? 何かもう予想を超えている。
見た目はひょろりと背が高くて優男然としていて、柔らかい微笑を絶やさない人なのだけれど。
「お前は本当に相変わらずだな。理央も呆れてるぞ」
「『理央』? 志貴さんのお気に入りって、この子?」
どれどれ、とやっと自分を認識して真正面から見つめてきた相手に、理央は少々気圧される。
笑った顔とはアンバランスに光る目がちょっと怖い。
この人、苦手かも……。
「ふぅん、格好良いね」
洸は、理央を値踏みするように見てから柔らかな声で囁いた。
風のようなハスキーボイスはまるで歌の調べだ。自由な彼の気性をよく表している。
その声に歳を訊ねられ、理央は小声で答える。
「ヒューッ! 声もイイじゃん」
「出たよ声フェチ」
ぼそり、と言った志貴を振り返って洸が愛嬌を振りまく。
「妬かないでよ。あなたの声が俺はいちばん好きだよ」
「妬いてねぇよ。相変わらず頭湧いてんな」
「褒めないでよ」
「褒めてねえ!」
燕司とはボケと突っ込みが逆になったかのようなやり取りだった。
志貴が防戦に回っているのが理央には新鮮だった。
「でも本当、相変わらず麗しくて目に楽しい。志貴さんはますます綺麗になったんじゃない?」
「男に綺麗と言われても、嬉しくありませんー」
「はいはい、旦那以外にはね」
「阿呆か」
志貴は呆れて手に持っていた布巾を投げ付けた。
「お前が送ってくれた豆でコーヒーを淹れてやるから、そのクマの浮かんだ顔でも洗って来い」
そうバックヤードを指さした志貴に、敵わないなと洸が苦笑して大人しく姿を消した。
その場から彼が消えて、理央が詰めていた息を大きく吐いた。
「何か疲れる男だろう?」
「ええ……まあ」
「つまりはそういう男なんだ。洸という奴は」
「はい、よく分かりました」
理央は深く頷いて、カップに残っていたコーヒーを一息に飲み干した。
志貴と洸がコーヒー談義に花を咲かせてるのをぼんやりと眺めていたら、ガラス窓に付いた水滴で雨が降り出したのに気が付いた。
「雨だ」
ぽつりと呟いて、理央は心許ない顔付きをする。
雨降りは嫌いじゃないけれど、濡れるのは苦手だ。どうしよう、帰りまでに止むかな。
困っていたら、志貴が何処かに電話をかけた。それから十分後、カラコロカランといつもよりも騒々しくカウベルが鳴って、奏太がずぶ濡れの姿で飛び込んでくる。
「奏太? どうしたの?」
理央は吃驚して立ち上がった。
「無事だったか」
自分を見てホッとした様子の奏太に、理央は不思議そうに首を傾げた。
「無事って何が? 訳が分からない」
「ああ、俺も分からないけど……志貴さん? 誰がピンチですって?」
険のある表情で志貴を見た奏太に、彼は平然と言う。
「理央はそんな薄着なのに、この冷たい雨に濡れたら間違いなく風邪を引く。それどころか肺炎に罹りそうだろ。ほら、大ピンチ」
「「……志貴さん!」」
奏太と理央が声を揃えたが、志貴はどこ吹く風だった。
それにあり得そうな話で、それ以上強くは言えない。
「迎えが来て良かったな。ほら、雨が強くなる前に帰れ」
ぷらぷらと手を振って追い払われ、理央は何だかなぁと思いつつも奏太と一緒に帰る事にした。
奏太は会いたがっていた洸に目顔で挨拶だけ済ませ、理央と一緒に店を出た。
二人を見送ってから、洸がおもむろに口を開いた。
「さて、邪魔者はいなくなったし、ゆっくりとあなたを口説こうかな」
「邪魔者って――誰の事?」
志貴は窓越しに視線を投げてそう言った。
洸は嫌な予感がして背後を振り返り、水滴に曇った窓の外を確かめた。
そこには焼き立てパンの入っているだろう紙袋を大事そうに胸に抱え、やけに鮮やかな赤い傘を差した燕司の姿があった。
「……タイミングのいい奴」
「本当にな」
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