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本編
CoffeeBreak4.迷路
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パン屋の朝は早い。というより、深夜から始まる。仕込みは大抵三時頃には始まり、開店準備が終わった僅かな時間に仮眠を取って、再び働き出す。燕司がこの店を立ち上げた頃は、ほとんど寝る暇もなかった。
今ではようやく経営も安定し、人を雇えるようになった。少しは眠れるようになったはずだが、夕方に少し、朝方に少しという睡眠サイクルが身体に染み付いてしまっている。そんな燕司が、今朝も六時半という“普通の人”が起きる時間にようやくベッドに潜り込もうとした、そのときだった。
「普通、家主の留守中にベッド使うか? 図々しい野郎だな」
苦々しげに呟きながら、ベッドの中央に陣取っていた男を容赦なく蹴落とす。
「うわたぁっ!?」
情けない悲鳴を上げたのは洸だった。
「……人肌で温もってて気持ち悪い」
ぼやきながらも、結局ベッドに体を横たえると、洸が文句を言ってくる。
「客を床で寝かせるのかよ」
「お前は客じゃない」
「まあ、歓迎されてないのは知ってるけど」
「だったらもう少し小さくなってろ」
「はいはい、小さく小さく縮こまってるよ」
「おい、入ってくんな!」
「寒いんだよ。俺は熱帯から来たばかりだよ?まだ日本の寒さに慣れてないんだから」
「知るか! こら、止めろ! 俺は眠いんだって――」
「いいよ、寝てて。激しい動きはしないから」
「……ふざけんな、やめろって。……っ、あっ……」
「相変わらず、イイ声だな。その声に惑わされた」
「っ……この、人の所為に……する、な……っ」
背後からぴたりとくっついてきた洸が、項を吸いながら胸を弄ってくる。それだけで反応してしまう自分が信じられない。しかも、よりによって相手は恋敵だ。
「ほら、手ぇ、邪魔。あの人の手だと思っていいから、目を瞑って、力抜いて」
「ばか……やろ。あの人は、そんな事……しない」
「分からないじゃん。恋人といる時のあの人を、お前は頑なに見ようとしないし」
「言うな! するなら黙ってしろ!」
「はいはい、お前も大人しく啼いてろよ」
くそ、死ね。燕司は理央が聞いたら吃驚するような口の悪さで吐き捨てた。
洸は密やかに笑って、自由になった手を本格的に動かし始める。
白く肌理の細かい肌は手に吸い付くようで、相変わらず極上の身体だと飢えて乾いた感情で思う。
温かく良い匂いのする肌をじっくりと堪能し、彼の弱い部分を刺激しつつそっと奥へと侵入する。
「くっ……ぅ、ぅ…………」
その瞬間だけは何とか堪えようとして、堪え切れなかった声が早朝の冷えた空気を震わせた。
激しい動きはしない、と言った通り洸は腰を押し付けてじわじわと刺激してくる。
「……やだ、それ……」
「やだ? でも体は素直だよ」
くすりと笑いながら扱かれ、燕司は思わず中を締め上げてしまう。
別にゲイではないので慣れていないし、そもそも男は洸しか知らない。けれどこれまでしたどのセックスよりも気持ちが良いのは、この男が上手いからなのか、嫌悪というスパイスが効いているからなのか。
「も……イカ、せろ……」
「了解」
前を乱雑に、奥を丁寧に。燕司が好むやり方を洸はよく知っている。指を噛み、声を押し殺す彼が絶頂に達する瞬間、洸は肩に噛み痕を残した。
「んぁああっ!」
そのすすり泣くような声が、ずっと欲しかった。
「……決して、あの人の代わりなんかじゃない」
すぅすぅと寝息を立てる男の髪に、そう呟く。
――あの日、三人で飲んだ。
それぞれがそれぞれの理由で適量を飲み過ごした。
特に志貴は泥酔してしまい、べろべろに酔っ払って正体不明になった。
洸も強かに酔っていたので、つい魔が差して手を出そうとした。
それを燕司が悲壮な顔付きで止めた。
「俺が身代わりになるから、この人には手を出すな」
(身代わり……?)
燕司のその言葉に、酷く腹が立った。
そんな悲壮な顔つきで、俺に抱かれるって?
あれ以来、触れるのを許さなかった癖に。
いつも生意気で口答えしかしない奴が――他の男のためになら、身を差し出すのか?
そう思ったら、ネジが飛んだ。どうしようもない衝動に身を任せてしまった。もう、後には引けなかった。
「ここでいいのか?」
低く問うと、燕司は短く息を詰めてから、寝室へ歩いていった。
生活感の滲むその部屋。
ベッドの上には、まだ洗濯されたばかりのシーツの匂い。
窓際には小さな植物。枕元には使い込まれた目覚まし時計。
それが、妙に切なかった。
声を掛けようとしたが、燕司が黙って服を脱ぎ始めた。
肩を、背中を、骨ばった腰を露わにしながらも、顔だけは絶対に見せない。
四つん這いになったその背中は、あの夜と同じ、綺麗なままだった。
汗に濡れ、強張った背筋が、微かに震えていた。
俺が本当に触れていいのかと、ほんの一瞬だけ迷った。
でも――もう、止まれなかった。
クリームを塗った指でゆっくりと中を開いていく。
彼は唇を噛み締めて、何も言わずに痛みに耐えていた。
あの夜と重なる姿――でも今は、本当に触れている。その熱さに、興奮が突き上げてきた。
頑なだった蕾が綻び、熱を帯びて膨らみ、指を受け入れたかと思えば、名残惜しげに締めてくる。
赤く潤んだ唇が、艶声を漏らした。
その声に、身体が震えた。
聴いたことのない、燕司の声。
あの夜は聞けなかった、触れるのを躊躇った唇から洩れる声を――。
どうしても、もっと聴きたくなった。
「もう、どうにか……しろ」
その一言が降参の合図のように思えて、俺は全てを忘れて、彼の中に沈み込んだ。
「ん、ぁああああああっ!」
その甘く、痛く、切ない声に、心を掴まれた。
――この声を、知ってしまった。もう戻れない。
あの時も、その後も、正面から抱く事は出来なかった。
唇を合わせる訳にはいかなかったし、向かい合うには憚りのある相手だ。
「本当に、どうして手を出してしまったかな」
そしてどうして未だに抱き続けるのか。
その答えは洸本人にもわからない。
ただ麻薬のようなそれをどうしても断ち切る事が出来ずに、普段は遠く距離を隔てられている事を感謝するばかりだ。
「いっそ手加減なしに、本気で抱いてしまったら――」
キュッ、と身体に回した腕に力を籠める。そして直ぐに解放する。
「出来るわけ、ないか」
恋敵で、喧嘩友達。
ときどき身体を重ねるだけ。それがちょうどいい。
洸はまどろみの中、肩に残した自分の噛み痕を眺めながら、答えのない迷路に目を閉じた。
「今さら、入口にも戻れないって」
行き場のない感情だけが、ベッドの上に残された。
今ではようやく経営も安定し、人を雇えるようになった。少しは眠れるようになったはずだが、夕方に少し、朝方に少しという睡眠サイクルが身体に染み付いてしまっている。そんな燕司が、今朝も六時半という“普通の人”が起きる時間にようやくベッドに潜り込もうとした、そのときだった。
「普通、家主の留守中にベッド使うか? 図々しい野郎だな」
苦々しげに呟きながら、ベッドの中央に陣取っていた男を容赦なく蹴落とす。
「うわたぁっ!?」
情けない悲鳴を上げたのは洸だった。
「……人肌で温もってて気持ち悪い」
ぼやきながらも、結局ベッドに体を横たえると、洸が文句を言ってくる。
「客を床で寝かせるのかよ」
「お前は客じゃない」
「まあ、歓迎されてないのは知ってるけど」
「だったらもう少し小さくなってろ」
「はいはい、小さく小さく縮こまってるよ」
「おい、入ってくんな!」
「寒いんだよ。俺は熱帯から来たばかりだよ?まだ日本の寒さに慣れてないんだから」
「知るか! こら、止めろ! 俺は眠いんだって――」
「いいよ、寝てて。激しい動きはしないから」
「……ふざけんな、やめろって。……っ、あっ……」
「相変わらず、イイ声だな。その声に惑わされた」
「っ……この、人の所為に……する、な……っ」
背後からぴたりとくっついてきた洸が、項を吸いながら胸を弄ってくる。それだけで反応してしまう自分が信じられない。しかも、よりによって相手は恋敵だ。
「ほら、手ぇ、邪魔。あの人の手だと思っていいから、目を瞑って、力抜いて」
「ばか……やろ。あの人は、そんな事……しない」
「分からないじゃん。恋人といる時のあの人を、お前は頑なに見ようとしないし」
「言うな! するなら黙ってしろ!」
「はいはい、お前も大人しく啼いてろよ」
くそ、死ね。燕司は理央が聞いたら吃驚するような口の悪さで吐き捨てた。
洸は密やかに笑って、自由になった手を本格的に動かし始める。
白く肌理の細かい肌は手に吸い付くようで、相変わらず極上の身体だと飢えて乾いた感情で思う。
温かく良い匂いのする肌をじっくりと堪能し、彼の弱い部分を刺激しつつそっと奥へと侵入する。
「くっ……ぅ、ぅ…………」
その瞬間だけは何とか堪えようとして、堪え切れなかった声が早朝の冷えた空気を震わせた。
激しい動きはしない、と言った通り洸は腰を押し付けてじわじわと刺激してくる。
「……やだ、それ……」
「やだ? でも体は素直だよ」
くすりと笑いながら扱かれ、燕司は思わず中を締め上げてしまう。
別にゲイではないので慣れていないし、そもそも男は洸しか知らない。けれどこれまでしたどのセックスよりも気持ちが良いのは、この男が上手いからなのか、嫌悪というスパイスが効いているからなのか。
「も……イカ、せろ……」
「了解」
前を乱雑に、奥を丁寧に。燕司が好むやり方を洸はよく知っている。指を噛み、声を押し殺す彼が絶頂に達する瞬間、洸は肩に噛み痕を残した。
「んぁああっ!」
そのすすり泣くような声が、ずっと欲しかった。
「……決して、あの人の代わりなんかじゃない」
すぅすぅと寝息を立てる男の髪に、そう呟く。
――あの日、三人で飲んだ。
それぞれがそれぞれの理由で適量を飲み過ごした。
特に志貴は泥酔してしまい、べろべろに酔っ払って正体不明になった。
洸も強かに酔っていたので、つい魔が差して手を出そうとした。
それを燕司が悲壮な顔付きで止めた。
「俺が身代わりになるから、この人には手を出すな」
(身代わり……?)
燕司のその言葉に、酷く腹が立った。
そんな悲壮な顔つきで、俺に抱かれるって?
あれ以来、触れるのを許さなかった癖に。
いつも生意気で口答えしかしない奴が――他の男のためになら、身を差し出すのか?
そう思ったら、ネジが飛んだ。どうしようもない衝動に身を任せてしまった。もう、後には引けなかった。
「ここでいいのか?」
低く問うと、燕司は短く息を詰めてから、寝室へ歩いていった。
生活感の滲むその部屋。
ベッドの上には、まだ洗濯されたばかりのシーツの匂い。
窓際には小さな植物。枕元には使い込まれた目覚まし時計。
それが、妙に切なかった。
声を掛けようとしたが、燕司が黙って服を脱ぎ始めた。
肩を、背中を、骨ばった腰を露わにしながらも、顔だけは絶対に見せない。
四つん這いになったその背中は、あの夜と同じ、綺麗なままだった。
汗に濡れ、強張った背筋が、微かに震えていた。
俺が本当に触れていいのかと、ほんの一瞬だけ迷った。
でも――もう、止まれなかった。
クリームを塗った指でゆっくりと中を開いていく。
彼は唇を噛み締めて、何も言わずに痛みに耐えていた。
あの夜と重なる姿――でも今は、本当に触れている。その熱さに、興奮が突き上げてきた。
頑なだった蕾が綻び、熱を帯びて膨らみ、指を受け入れたかと思えば、名残惜しげに締めてくる。
赤く潤んだ唇が、艶声を漏らした。
その声に、身体が震えた。
聴いたことのない、燕司の声。
あの夜は聞けなかった、触れるのを躊躇った唇から洩れる声を――。
どうしても、もっと聴きたくなった。
「もう、どうにか……しろ」
その一言が降参の合図のように思えて、俺は全てを忘れて、彼の中に沈み込んだ。
「ん、ぁああああああっ!」
その甘く、痛く、切ない声に、心を掴まれた。
――この声を、知ってしまった。もう戻れない。
あの時も、その後も、正面から抱く事は出来なかった。
唇を合わせる訳にはいかなかったし、向かい合うには憚りのある相手だ。
「本当に、どうして手を出してしまったかな」
そしてどうして未だに抱き続けるのか。
その答えは洸本人にもわからない。
ただ麻薬のようなそれをどうしても断ち切る事が出来ずに、普段は遠く距離を隔てられている事を感謝するばかりだ。
「いっそ手加減なしに、本気で抱いてしまったら――」
キュッ、と身体に回した腕に力を籠める。そして直ぐに解放する。
「出来るわけ、ないか」
恋敵で、喧嘩友達。
ときどき身体を重ねるだけ。それがちょうどいい。
洸はまどろみの中、肩に残した自分の噛み痕を眺めながら、答えのない迷路に目を閉じた。
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行き場のない感情だけが、ベッドの上に残された。
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