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㉙見放された土地−2
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「え~と、午前中はハヌマーンから話を聞くから、ウィリアムさんには午後からお願いしてもいい?」
「私も同席させて頂きます」
「えっ、忙しいのにそれは悪いよ」
侍従長というのが何をする役目なのかよく知らないけど、きっと忙しいに決まってる。
だってこのでっかい城を維持しているんだもん。やる事だって、気を付ける事だって山ほどあるだろう。
でもそんな俺の気遣いも虚しく、ウィリアムはこれも仕事なのだと言った。
「ハヌマーンとイチヤ様が会う時は同席するようにと仰せつかっております。私は護衛としても使えますので」
「護衛……」
ハヌマーンは確かに横暴で乱暴で理解できない所も多いけど、だからってそこまで警戒する必要がある?
いざとなれば緊箍児でキュッと出来るし、そんなに心配しなくてもいいと思うんだけどなぁ。
「イチヤ様、それでお館様が満足されるならお安いものです」
……なるほど。ロクが集中して仕事が出来た方がお得なのかぁ。
「じゃあ悪いけど宜しくお願いします」
俺はウィリアム同席の元、ハヌマーンから話を聞くことになった。
「一人にしてごめんな。寂しかったか?」
「アホかっ! 千年も一人で生きてきて、今さら寂しいも何もあるかっ」
「千年!?」
「正確には千三百二十年ほどか」
千三百二十年も一人で生きてきたの?
そりゃあ、途中で人に不死薬をあげたりハーレムを築いたりしてるから厳密にはずっと一人ではないんだろうけどでも。
「仲間は――他に堕ちてきた神はいなかったの?」
「いないな」
「君みたいに追放された神はいないって事?」
「ああ。神を降ろされる事はたまにある」
「その神たちは何処に行ったんだよ」
「そのまま天界で修行を積み直す」
「修行?」
「他の神の下働きのような事をして、引き上げて貰えるのを待つんだ」
それって大物歌手に気に入って貰えるように媚びを売る付き人みたいだね。
或いはワンマン社長にすり寄るサラリーマンとか?
「君は下働きも許されないくらいの罪を犯したの?」
確か色欲に溺れて追放されたんだよね? と訊いたら庇ってくれる神がいなかったのだと答えた。
「誰も俺を下働きで使おうとはしなかったし、色狂いの猿など側には置けないと撥ね付けられたわ」
「そ、れは……」
それは性犯罪者を雇用しろって言われたら二の足を踏むのもわかるけど、でもハヌマーンはそこまで見境なくは見えない。
緊箍児だって嵌めてるし、彼だけ罰が重すぎるとは誰も思わなかったのだろうか。
「俺も天界なんて向いてないからそれはいい。ただ仙桃と甘露が手に入らないのは困る。俺は堕ちても滅多に死なないままだし、うんと長く生きる。だが不死薬を作れないのはなぁ」
う~ん、神々であっても身体を若く保つ為に、コンディションを整える為に仙桃と甘露は必要でハヌマーンもそれは一緒って事か。
「地上で代わりになるものは無かったんだね?」
「無かった」
「それって、甘い物が下界に存在しない事と関係がある?」
「……わからん。元々天界の物は天界にしか無い。下界に甘い物が存在しないのは、大昔に神々がそう決めたからとしか俺は知らん」
「神々が決めた……それって罰って事?」
これだけ皆が甘味を求めているのに取り上げたのなら、何かの罰とか嫌がらせって事だよね?
「だとしても、何の罪かわからんぞ」
「うん、罪状もわからずに罰だけを押し付けられている――理不尽だ」
だって罪の在処がわからなかったら、償う事だって出来ないじゃん。
挽回するチャンスも与えられずに罰だけを受け続けるなんて理不尽だ。
「神様って物凄く理不尽で横暴だね」
「そうとも、神とは理不尽なものよ」
あっさりと肯定されてしまった。
地球でもギリシャ神話の神は嫉妬深かったり見栄っ張りだったりするから、まあこの世界の神もそうなんだろう。
「そういう理不尽な存在なら、逆に気紛れに救ってくれるって事もあるんじゃない?」
これまたギリシャ神話を例に出すなら、神々に寵愛を受ける人間がちょいちょい出てくる。
こっちだって気紛れを起こす神が一柱くらいはいてもいいだろう。
そう期待を籠めて訊いたのに、ハヌマーンはあっさりと首を横に振った。
「ないな。神々はすっかり下界に興味を失っている。手を差し伸べるどころか、視線を向けもしないだろう」
「えぇぇ、そんなのってあり?」
酷い。興味がないなら罰を撤回しておいてくれればいいじゃん。
誰も助けてくれなんて言ってないだろ?
呪うなって言ってるだけだろう?
「それは下界の人も神に興味がないから仕方がない」
「えっ? 信仰ってないの?」
チラリとウィリアムを振り返ったら頷いてから教えてくれた。
「私たち獣人は自分の神霊を大事にしています。信じるべきは神霊なので、神は不要です」
神は不要って、ロクと同じような事を言うなぁ。
あ、でも待って。
「じゃあ人間は? 人間には神霊がいませんよね?」
「……人間が、何を拠り所にしているのかはわかりません」
ウィリアムの哀しそうな目の色に、俺はこの世界の人間と獣人の断絶の深さを見たような気がした。
「私も同席させて頂きます」
「えっ、忙しいのにそれは悪いよ」
侍従長というのが何をする役目なのかよく知らないけど、きっと忙しいに決まってる。
だってこのでっかい城を維持しているんだもん。やる事だって、気を付ける事だって山ほどあるだろう。
でもそんな俺の気遣いも虚しく、ウィリアムはこれも仕事なのだと言った。
「ハヌマーンとイチヤ様が会う時は同席するようにと仰せつかっております。私は護衛としても使えますので」
「護衛……」
ハヌマーンは確かに横暴で乱暴で理解できない所も多いけど、だからってそこまで警戒する必要がある?
いざとなれば緊箍児でキュッと出来るし、そんなに心配しなくてもいいと思うんだけどなぁ。
「イチヤ様、それでお館様が満足されるならお安いものです」
……なるほど。ロクが集中して仕事が出来た方がお得なのかぁ。
「じゃあ悪いけど宜しくお願いします」
俺はウィリアム同席の元、ハヌマーンから話を聞くことになった。
「一人にしてごめんな。寂しかったか?」
「アホかっ! 千年も一人で生きてきて、今さら寂しいも何もあるかっ」
「千年!?」
「正確には千三百二十年ほどか」
千三百二十年も一人で生きてきたの?
そりゃあ、途中で人に不死薬をあげたりハーレムを築いたりしてるから厳密にはずっと一人ではないんだろうけどでも。
「仲間は――他に堕ちてきた神はいなかったの?」
「いないな」
「君みたいに追放された神はいないって事?」
「ああ。神を降ろされる事はたまにある」
「その神たちは何処に行ったんだよ」
「そのまま天界で修行を積み直す」
「修行?」
「他の神の下働きのような事をして、引き上げて貰えるのを待つんだ」
それって大物歌手に気に入って貰えるように媚びを売る付き人みたいだね。
或いはワンマン社長にすり寄るサラリーマンとか?
「君は下働きも許されないくらいの罪を犯したの?」
確か色欲に溺れて追放されたんだよね? と訊いたら庇ってくれる神がいなかったのだと答えた。
「誰も俺を下働きで使おうとはしなかったし、色狂いの猿など側には置けないと撥ね付けられたわ」
「そ、れは……」
それは性犯罪者を雇用しろって言われたら二の足を踏むのもわかるけど、でもハヌマーンはそこまで見境なくは見えない。
緊箍児だって嵌めてるし、彼だけ罰が重すぎるとは誰も思わなかったのだろうか。
「俺も天界なんて向いてないからそれはいい。ただ仙桃と甘露が手に入らないのは困る。俺は堕ちても滅多に死なないままだし、うんと長く生きる。だが不死薬を作れないのはなぁ」
う~ん、神々であっても身体を若く保つ為に、コンディションを整える為に仙桃と甘露は必要でハヌマーンもそれは一緒って事か。
「地上で代わりになるものは無かったんだね?」
「無かった」
「それって、甘い物が下界に存在しない事と関係がある?」
「……わからん。元々天界の物は天界にしか無い。下界に甘い物が存在しないのは、大昔に神々がそう決めたからとしか俺は知らん」
「神々が決めた……それって罰って事?」
これだけ皆が甘味を求めているのに取り上げたのなら、何かの罰とか嫌がらせって事だよね?
「だとしても、何の罪かわからんぞ」
「うん、罪状もわからずに罰だけを押し付けられている――理不尽だ」
だって罪の在処がわからなかったら、償う事だって出来ないじゃん。
挽回するチャンスも与えられずに罰だけを受け続けるなんて理不尽だ。
「神様って物凄く理不尽で横暴だね」
「そうとも、神とは理不尽なものよ」
あっさりと肯定されてしまった。
地球でもギリシャ神話の神は嫉妬深かったり見栄っ張りだったりするから、まあこの世界の神もそうなんだろう。
「そういう理不尽な存在なら、逆に気紛れに救ってくれるって事もあるんじゃない?」
これまたギリシャ神話を例に出すなら、神々に寵愛を受ける人間がちょいちょい出てくる。
こっちだって気紛れを起こす神が一柱くらいはいてもいいだろう。
そう期待を籠めて訊いたのに、ハヌマーンはあっさりと首を横に振った。
「ないな。神々はすっかり下界に興味を失っている。手を差し伸べるどころか、視線を向けもしないだろう」
「えぇぇ、そんなのってあり?」
酷い。興味がないなら罰を撤回しておいてくれればいいじゃん。
誰も助けてくれなんて言ってないだろ?
呪うなって言ってるだけだろう?
「それは下界の人も神に興味がないから仕方がない」
「えっ? 信仰ってないの?」
チラリとウィリアムを振り返ったら頷いてから教えてくれた。
「私たち獣人は自分の神霊を大事にしています。信じるべきは神霊なので、神は不要です」
神は不要って、ロクと同じような事を言うなぁ。
あ、でも待って。
「じゃあ人間は? 人間には神霊がいませんよね?」
「……人間が、何を拠り所にしているのかはわかりません」
ウィリアムの哀しそうな目の色に、俺はこの世界の人間と獣人の断絶の深さを見たような気がした。
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