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本編
もう、戻れない1
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昔、1度聞いたことがある。
どうして真剣な告白まで拒絶してしまうんですか?と。
そうすると、先生は面倒臭そうにこう答えた。
『こういうものはな?相手の誠意いかんに拘らず、曖昧にしたまま返事をしない方が、後から面倒なことになるものだ。特に、気持ちもないのに下手に放っておくと、勝手に恋人気分になって自分よがりの気持ちを押し付けてくるんだ。………そうなると、どっちも辛いことになるんだよ』
実体験なのだろうか?苦虫を噛み潰した顔でそう答えてくれた。
先生には先生なりの思いもあって、あそこまで手酷く振っているようだ。……された方は、堪ったものじゃないけれど。
『……もし、ですけど。本当に好きな人が出来た場合は、どう対応するんですか?』
『あ?なんだ、そりゃ』
『いえ。人生経験豊富そうな先生なら、好きな人と付き合ったことの1つや2つ、ありそうだなぁ……なんて、思ったもので』
そういう時は、どうしていたんですか?と、興味本位で聞いてみれば。
先生はしばらく沈黙してから、徐に後ろ首を掻いて。
『……そもそも、そんな恋愛なんぞしたことねぇよ』
なんて。眉を下がらせて、情けなさそうにボソッと呟くものだから。
滅多に見れない表情に思わず吹き出し、そのままツボに入ってしまい、しばらく笑いを止めることが出来なかった。
そんな、俺を見て。
いつの間にやら青筋立てた先生に小突かれるまで、あと、何秒だったかーー。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
「……最悪」
あんなに、きっぱりフラれたのに。
脳裏に真っ先に思い浮かぶのは。どんな思惑であれ、目と鼻の先まで近づけられた整った顔立ちと、耳元に寄せられた冷たくも心地よさを覚える低い声だった。ホント、惚れた方の負けなんだな、こういうのって。
そう、つい、昨日俺は、好きだった先生に無理やり告白させられて。挙句その場でバッサリフラれた上に、部屋から出て行けと言われて。
気づけば、部屋に帰っていた俺は。
食べることも寝ることも出来ずに、一晩中、泣いて、泣いて、泣き続けて、結果。
……あの人のことが、まだ。
好きで、好きで、仕方ないままなのだ。
(……あそこまではっきり言われたら、嫌いになれると思ったのに)
最悪だ、と。面と向かって、はっきり言われたのだ。
怖くて、顔が見られなかったのは正解だった。
確かに俺は、昨日、見事に先生にフラれてしまって。その上、出て行けとまで言われてしまった。
……なのに。
(……馬鹿じゃないか、俺)
怪我をした生徒を的確に治療する姿。何かの書類を書き込んでる真剣な顔。
素っ気ないけど、それでも相談にのってくれる優しさ。
嫌われたはずなのに、そんないいところばかり、思い出してしまって。
……つまりは全然、諦めきれないままでいるのだ、俺は。
ホント、馬鹿みたいだ。
思い出してはまた涙が流れてしまった俺は、
いつの間にか差し込んだ光にやっと気づいて、窓の方に目をやる。
気付けば、朝がやってきたようだった。
いつもの習慣で、ぼんやりした頭のまま、洗面台に向かってのろのろ歩き、鏡を覗き込んでみた。
(…目、真っ赤だな)
真正面から見る自分の顔は、涙の痕が乾ききらないまま、赤く腫れ上がったみっともないものだった。
そんな姿に思わず苦笑いを零してから、昨日のことを思い出す。
『お前、俺のことーーホントに好き、なんだな』
……あんな、質問をいきなりしてきて。結局、何がしたかったんだろうか?俺のこと、気付いて遠ざけたかったのだろうか?でも、昨日のあの瞬間まではそんな素振り、なかったはずなのに……いや、俺が気付けなかっただけかも、しれない。
ただ、はっきりとわかったのは。
もう二度と、昨日までの関係には戻れないこと、だった。
「……もう、考えるな。俺」
大丈夫。正直、いつも通り振る舞える自信はともかく、学校に行くくらいは、いけるだろう。授業はちゃんと、受けないと。そう、自分に言い聞かせて。喝を入れるために、両頬をぱちん!と景気よく叩き付ける。それから、いつもより身支度をしてから、登校時間ギリギリまで、目を冷やすことにしたのだったーー。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
あれから、1週間。
あの日以来、授業はきちんと受けているものの。先生のいる保健室へは、足を向けられなくなってしまった。
(……先生も、俺の顔なんて見たくないだろうし)
正直にいえば、整理しそこねた薬品とか、まだ積み上がっているだろう先生の机の上とか。気になることは色々あるけれど。
出て行け、って言われたし。もう来るな、ということだろうな。
助手だって、とっくの昔にクビになっていることだろう。休みますとか、そういう連絡すは入れることが、出来なくて。任された仕事を報告もできない俺は、つまりはドタキャンしてしまったわけだが。先生からの連絡も特になく。……やはり見限られた、と言うことだろう。
そうすると、当たり前なのだけど、保健室なんて病気や怪我でもしない限り、そうそう行くものではないから。
そんなわけで、俺は現在、暇を持て余していた。それまでは、放課後になれば、基本的にはすぐにあの人のもとへ向かっていたのだけれど。今の俺には、そんな勇気はなかった。
こんな状況になってやっと、俺の生活がいかにあの人で彩られていたか、分かってしまう。
ほぼ毎日やってくる俺に、先生もよく付き合ってくれたものだ。今頃はさぞ、清々していることだろう。
『ーー月島、その顔どうしたんだ?』
『何かあったの?大丈夫??』
先生に自分の惨めな恋心を知られてしまった、次の日の朝。冷やし続けても、時間までにどうしても治らなかったため、少し腫れたままの目で登校してしまった僕に、クラスメイト達は驚き、心配そうに話しかけてくれた。けれど、その時の俺は、そんな善意の気持ちすら、受け止めきれなくて。
『何でもないよ?徹夜で録画した映画見てたら、うっかり寝るのを忘れちゃってさ』
とりあえず、そう言って笑って誤魔化してみる。いつもなら納得してくれるのだけれど、流石に今日は無理だったらしい。みんな、怪訝そうではあったけれど、こちらが踏み込まれたくないという気持ちが伝わったのだろう。それ以降は、何も言わずにいてくれた。
そうして手持無沙汰になった俺は、教室でぼんやりすることが多くなった。基本的には誰とも喋らず、1人で黙々と勉強して。手が空けば、いつの日かの先生とのやり取りを思い出してはその過去を振り返る、というだけの日々。
そんな毎日を、惰性で過ごしていた俺でも、昼ご飯の時だけは違った。
授業が終わり、いつのまにか取り終えていたノートの文字列を眺める。けれど、集中できなったせいだろう、頭の知識とノートにとった内容が一致せず、教科書を読んで照らしあわせようとすると、俺の鼻先に焼きそばパンが突きつけられる。
顔を上げれば、クラスメイトの不機嫌そうな顔と、心配そうな顔が合わせて2つ、こちらを覗き込んでいた。
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