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本編
もう、戻れない 2
しおりを挟む「月島、飯は?」
「…ちょっと、授業でわかんないとこあって。これ終わったら食べるから大丈夫…」
「別に後でもできるだろ、そんなの。それよりお前は、先に食え」
不機嫌そうなかのまま、焼きそばパンを口元に突きつけるの彼は北島智也(きたじまともや)。少しぶっきらぼうだけど、何だかんだで世話好きな優しい人だ。…本人に言ったら照れ隠しで怒られてしまいそうだが。
「…ありがとう。でも今、本当にお腹空いてないし…」
「そう言って誤魔化そうとしてもダメだよ?放っといたらまた食べないつもりでしょー、尚ちゃんは」
心配そうにこちらを見るのは西宮遥(にしみやはるか)。中性的な顔立ちをしていて、いわゆる男の娘というヤツで、お洒落が好きな子だ。彼と友達になったのは高等部以降だけど、細やかな気遣いも出来るいい子だ。この2人は、俺が高等部になってから知り合い、仲良くさせてもらってるクラスメイトだ。
この2人だけは、あれからあまりにも動こうとしない俺を見かねたのだろう。朝から様子が変だった俺が、昼休みになっても自分の机から動けなくなった俺を見兼ねたらしく、無理矢理購買のパンとかジュースを突きつけられる。最近では、俺の昼のルーチンとなりつつあった。
「お腹空いてないからって、何も食べないのは身体に悪いよー?ちょっとでもいいから食べよ?ね??」
……本当に、心の底から心配してくれているのだろう。眉を下げて自分が今にも泣きそうな表情で俺の顔を覗き込む西宮に、俺は笑みを浮かべてみせた。
「心配してくれてありがと。でも本当に平…んぐっ⁉︎」
「つべこべ言わず大人しく食べろ。奢りにしてやるから」
「……んぅ」
いつのまにかビニールから剥がされた焼きそばパンを口に突っ込まれた俺は、なすすべもなく大人しく口を動かすことしか出来なかった。
「もー、智也ってば!気持ちはわかるけど、もうちょっと食べやすそうなの選んできなよ!」
「っ、るせーな……焼きそばパン嫌いな奴なんていないだろうから、大丈夫だろ。これなら野菜も入ってるし」
「サイズが大きすぎるんだよこれじゃあ!ホントに食が細くなってるのに、せめてサンドイッチにするとかさぁ……」
「それでも食べねぇじゃねぇか、コイツ。野菜ジュースですら半分も飲めないなら好きなモン食べさせる方が手っ取り早いだろ?」
「好きなのは自分でしょうが!全く、そういうとこがガサツなんだから……」
高等部から知り合った、という2人だが。出会った頃からよく言い合いと言うか、口喧嘩するのは日常だった。前からよくあることだけど、これはこれで2人が仲良い証拠なのだろう。
そんな2人の様子を、口の中のパンを咀嚼しながら眺めていると。
『ーーいい加減、自分の机の物ぐらい自分で整理してください、先生!』
『いーだろ別に。最近はお前がやってくれるし』
「ーーーーーー」
ほんの少し、脳裏によぎったその思い出は、瞬きとともに、見知ったクラスメイトの姿に戻る。
……さすがに女々しすぎだな、自分。
4分の1くらいは食べた焼きそばパンから口を離し、机にもたれかかり頭を伏せる。食欲がないせいか、最近身体もダルい気がする。それでも、先生の元には行けないのだけれど。
(――先生、元気にしてるかな)
我ながら、情けないと思う。嫌われてしまったであろう人が気になってしまうなんて。それでも、やっぱりあの人のことが忘れられないのだ。
拗れた恋心とは厄介なものだ。なんて、改めて思い知らされてしまうのだ。
「……今日も授業終わったら部屋に戻るのか?月島」
いつの間にか口喧嘩をやめていたらしい北島の声が、上から降ってくる。
見上げるのも億劫な俺は、その問いにこくりと頷く。
「最近、授業も難しくなってきたし。先生には悪いけど、こっち優先させて貰ってるんだ」
まあ、半分嘘だけど。
今は放課後になったら、すぐに寮に戻るようにしている。最近、授業に集中出来なくて、理解するのにどうしても時間がかかってしまっているし。そもそも、先生に合わす顔がない今、先生の手伝いをすること以外で特別やることなんて、ないし。
「…しんどいなら、保健室いく?」
西宮の優しい言葉に、俺はゆるりと首を横に振る。
彼には特に他意はなく、他の先生がいる保健室へ、と言う意味だろう。それでも、万が一にもあの人と鉢合わせるかもしれないと思うと、無理だった。
……いや。本当は、どんな形でも、あの人に逢いたい。だけど、次に会ったら。きっとあの人は、冷たい目を向けてくるに違いないから。
そう。自分が蒔いた種だと言うのに、俺は。
先生に会うのが怖くて怖くて、たまらないのだ。
そのたびに俺は、部屋で勉強していても、枯れたはずの涙がぽろぽろとあふれ出すのを、抑えられなくなってしまい。
眠れない夜を、ずっと繰り返していく。
今は学校だから涙を流しちゃダメだ、と我慢できるけれど。
部屋に戻って1人になったら、もう、どうしようもないのだ。
「…まあいいけど。授業始まる前には、しゃんとしろよ」
「予鈴が鳴ったら、起こしたげるから」
上から降ってくるその優しい声は、そのまま俺の席から離れていく音がする。しんどそうに見える俺に、気を遣ってくれたのだろう。ただ、心配してくれる2人には申し訳ないのだが、別に俺は体調が悪いわけじゃない。馬鹿みたいに、恋煩いが長続きしてしまってるだけなのだ。
ーー彼らは、俺が放課後になる度に保健室に行くことは勿論知っていた。最近、保健室に行けていないことも。
でも、それ以上は踏み込もうとしない彼らに、心から感謝していた。
(先生……)
そっと目を閉じて、瞼の裏に顔を思い出す。
記憶の中の先生は、素っ気ないけど。少しだけ、笑っているような気がした。
……もう二度と、笑いかけてくれることはないと、わかっていても。
どうしようもなく、もう一度だけ、見たかった。
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