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本編

屋上でのうたたねと、いつかの昔話

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「……アキ!」

声が出せない俺をよそに、横道が離れていく足音がする。
羨ましい。俺だって、体を動かすことが出来たなら、すぐに先生の元へ行けたのに…いや、無理か。あんなことがあって、更に好きな人から汚ならしいものを見るような目で見られるのはごめんだ。そう考えると、これで良かったのかもしれない。

なんて、思っていたけれど。
神様は、こんな俺にもご褒美をくれたようだ。





「――月島。俺の声、聞こえるか?」

「…っ、……?」

先生の声が聞こえて、手放しそうになっていた意識をなんとか保ち、必死に重くなった瞼をあげてみる。
そこには、白衣を着た先生のようなシルエットが見えた。……まさか蜃気楼?というやつ、かな?



「せん、せ……」
「よし、意識はあるな。とりあえずじっとしてろ」

ぼんやりしてる俺をよそに、先生は倒れていた俺をそっと起こし、持っていた真っ白なハンカチを後頭部に強く、けれどどこか優しく押し当ててくる。そうして俺の頭を固定した後、何かを俺の頭に巻いていく。……ああ、なるほど。俺が怪我してるから、この人は優しいのか。

「……こんな時でも笑うのかよ。お前は」

怪我してんのはお前だぞ、と、呆れられてしまった。笑ったつもりはないのだけれど。先生にはそう見えたようだ。

動けないだけでホントは平気だ、と伝えたくて、なんとか腕を上げようとするけど。……そんな力すら、できなかった。思ったより俺の身体は、限界に近かったようだ。

「…ん、せ……」

それでも、俺はなんとか伝えたかった。先生の声が、泣きそうに聞こえたから。

「……か、ぃ、で……。ぃじょぶ、ら……」

ーー泣かないで。大丈夫、だから。


そう、言いたかったけれど、上手く言葉に、出来ないな。
でも、先生は、そんな俺の言葉もちゃんと、わかってくれたらしい。

「……バカだな、ったく。こんな時まで人の心配、してんじゃねぇよ……」

いいから少し、寝とけ。俺がちゃんと、治してやるから。

幻聴かもしれないけど、そう言ってくれた先生の言葉が、すごく優しかったから。
唐突に訪れた眠気に、大人しく、身を委ねることにしたのだったーー。




✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


あれは、俺がこの学校に入って数ヶ月。夏の暑さが本格的になり始め、この学園に来てから2度目のテストが始まる前頃。
俺は生まれて初めて、学校をサボってしまった。
寮からは出たものの、教室に行くのが億劫で。気が付けば、中等部から少し離れた建物まで、迷いこんでしまった。そこから学校に向かうのが面倒になった俺は、その見慣れない建物の影に座り込むことにした。と同時に、思わず大きなため息をついてしまった。

『はぁ……やっちゃったなあ、俺』

中学から入ったこの全寮制の学校でも、それなりに勉強ができたおかげか。俺はいきなり、クラス委員長をやらされることになった。
最初は慣れない環境のなか、どうすればいいかわからなくて。それでも、自分なりにできることをやろうと、必死でクラスをまとめたり、困っているクラスメイトに親切にしてみたり。
拙くはあったけれど、それなりに頑張っていたつもりだった。
だけど、中には俺のやり方が気に入らない人もいて。

ーー月島君ってさ。なんか、いい子ぶってるよね?
ーーああいう奴のこと、偽善者っていうんだろうな。
ーーいつもヘラヘラ笑ってばかりだし。庶民のくせに、気持ち悪いよね。


『……』

いい子ぶることの、何がいけないのだろう。
俺はただ、自分にできることを、一生懸命にやってきただけなのに。
勿論、感謝してくれる人もいた。先生もこっそりだけど、俺を褒めてくれた。

だけど、それでもどこからともなく聞こえてしまう心無い言葉を聞いてしまうことは、あるもので。
勿論、
気にはしないように、してきたつもりだったけれど。
俺の中の限界は、とっくに超えてしまったらしく。
気付いたら、滅多に来ない場所へ、逃げるように迷い込んでいた。


誰も、俺のことを見ていない。そう気付いた瞬間、涙がぽろぽろと流れ出していた。……自分で思ってたより、相当堪えてたんだのだろう。それでも、1人でも声を出せば負けな気がして。情けない声を漏らさないように、体を縮みこませていた。
その時。

『なーにやってんだ、新入生。ここは俺の縄張りだ、許可なく勝手に入ってくんな』

唐突に、上から呆れたような声が降ってきた。
真っ赤に目を腫らせたまま、視線を上げると、窓から、無精ひげにくたびれた白衣を着こんだ人が俺の顔を覗き込んできていた。
それが、上城先生。

『たく、いつまでメソメソしてるんだ。……悩み相談ぐらいなら無料で聞いてやるからこっち来い。ウザッてぇ』

無愛想に、真顔のまま、ぶっきらぼうな口調なのに。
それでも、何となく。その話しかける声が、優しく感じられたせいだろう。最後の堰が切れてしまい、その場でみっともないくらい
大きな声で泣き出してしまった。
そのせいで、内心先生が苛ついてたらしいということは。

何年か経ってから暴露された身にしてみれば、申し訳ないとしか言いようがなかったのだったーー。


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