先生、いきなり人の後ろから壁ドンするのはどうかと思います!【番外編連載中】

あか

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本編

伝えたいこと、伝えるべきこと 5

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しばらくブツブツなにごとかを言っていた先生だったが。先程から黙ってしまったままの俺を不審に思ったのか、顔を覗き込んでくる。そして、眉をひそませた。

「……泣いてるのか。お前」
「泣いて、ませんよ」
「嘘つけ」
「嘘じゃない、です」


分かっていた、自分でも。
目の奥が熱くなって、視界も歪んでは明瞭になって、またぼやけていく。

それでも、俺は、泣いてないと言い張る。
そうでもしないと、押し殺していたものが溢れ出して、自制出来なくなってしまうだろう。

せっかく、先生に嫌われずに済んだんだから。
これ以上、みっともない姿を見せたくない。
それで、満足すればいいんだ。

「……大丈夫ですよ、先生」

だから、俺は無理矢理でも笑ってみせる。
だって、これ以上何を望むんだ?
ーー先生が俺を拒絶しないでくれた。その事実だけで、十分だ。

「看病、ありがとうございます。どこかのお人好しな先生のおかげで、早く治りそうです。だからーー」

もう、大丈夫ですと。
そう、告げる前に。

ーー視界が、反転した。


一瞬呆けていた俺だが、目の前に先生の顔があることに気付いて、押しのけようとする。けれど、起きたばかりの上、既に腕を掴まれベットに縫いとめられた俺の身体は、その力すら思うように込められなかった。


「……お前。何でいつも、そうなんだ?」
「へ?」
「ガキの癖に、そうやって何でもかんでも飲み込んでるとこ。ムカつく」

本当に腹立たしそうのか、眉間に皺を寄せながら、掴んだ俺の腕が強く握り締めてくるその容赦のなさに、思わず顔をしかめた。とはいえ、後ろ頭の下に掌があるのは、怪我してる俺へのせめてもの配慮のつもりなのかもしれない。


「……やっぱり迷惑、でしたか?なら、もう少し分かりやすく言ってもらえると有難いんですけど」
「気にすんな。単にムカついたから押し倒しただけだ」
「……どう違うのか、わからないんですけど」


先生の真意が、掴めない。
長い間ずっと一緒にいた。良いところも、悪いところも。全部見てきたつもりだったけれど。

目の前の先生が、何を考えているのか。
今の俺には推し量ることが出来ないでいた。


「………お前の笑顔自体は、別に嫌いじゃねーよ」

妙に近い先生との距離に混乱していた俺は、真顔のまま唐突に言われた言葉の意味を図りかねていた。

「ついでに、いつもみたいに怒鳴られるのも、反応が面白いから悪くない。あと、泣き顔も、もう最初に見たことあるから別にどうでもいい」

何を言いたいのか、さっぱりわからない。大体、そのことと、今先生がムカついてることとの繋がりが見えない。




「ーーけど。さっきの表情は、ウザい」

そう言って、真剣な表情のまま、掴んでいた腕を片方離し、指の背で頬をそっと拭うように撫でられる。

「泣いてるくせに、無理やり笑うとか。意地っ張りにも程がある」
「…………」

その言葉を聞いて、やっと理解する。俺が嘘をついたことを指摘しているのだと。

「そうやって。何もかも一人で抱え込もうとするお前が気に食わねぇ」
「……何で、先生が気にするんですか?」

その声は俺を詰ってるはずなのに、なぜか優しく聞こえるのだから。どう反応すればいいのか、わからなくなって目をそらす。


「関係、ないじゃないですか。俺のことなんて。先生にとってみればただの一生徒で、助手なだけじゃ、ないですか……」


強いて言えば、中等部からよく顔を合わせてる、それなりに付き合いが長い生徒とも言えるかもしれない。
でも、先生にとってはそれだけなのだ。
俺のような邪な思いを持っている訳じゃないのに、だから……。





「……それじゃ、ダメなのか?」
「え?」

先生のその言葉は、俺の予想のどれも違う答えで。真意を確かめようとそらした顔を元に戻せば。いつのまにか額がぶつかりそうな程の短い距離の中、視線が合いーー既に流れ出る涙を掬うように、目元にそっと口づけを落とされた。

「ぇ………?」

瞼に柔らかいものが触れた感覚に呆けている隙をつ彼、そのまま零れ落ちる涙を舌で、ぺろりと掬い取られる。

(な、んで)

思わぬ先生の唐突な行動に、体を固まらせている間にも、頬に、額にと。温かい温度が、降り注いでくる。
訳がわからず頭の中が混乱している間に、とうとう唇にまで、落とされそうになって、思わず目を強く瞑ってしまう。けれど、予想された感覚はすぐに降りてこず。一拍後、額がこつりと触れられた。その感覚に目をおそるおそる開けば、もう一度真っ黒な瞳の中に、俺が映っているのが見えて。
その中の俺は、馬鹿みたいに涙が溢れ出て止まらないでいるのが見えた。


「ーーただの一生徒で、俺の助手で。それが理由じゃ、ダメか?」
「………っ」


その言い方は、ずるい。
先生の瞳に映る自分が、余計みっともなくて、涙で顔がぐしゃぐしゃでーーなのにそんな俺を見つめるその人の目元が柔らかく、細められて。


「…そうだ。そうやってガキらしく、感情のままに泣けばいい」

そう言って、2人一緒にベッドに横になり、自分の元へ俺の体を引き寄せて抱きしめられる。そしてそのまま優しく背を撫でてくれる温度に、涙と押し殺していた嗚咽が喉から漏れ出してしまう。


「っ、あ……」

その声を押し殺そうとする前に、先生に背中をポンと、強く叩かれてから耳元で囁かれる。

「泣いちまえ。もう、我慢する理由は、ねぇだろ?」


その一言で、俺の中の何かが、切れた音がした。そして。


「う……ぁ、あ……ああ…ッ!!」

何も考えられなくなった俺は、子供みたいに縋りつき、泣きじゃくる。
そんな俺を、先生は怒ることも、鬱陶しそうにもせず。
ただ黙って優しく、抱きしめ返してくれたのだった――。






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