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三話①
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撮影スタジオに入る時、所狭しと並ぶ機材を見る時、どうしても最初に(いいなぁ)と思う。
この場所を使って、この機材を使って、写真を撮ることで金銭を稼ぐことができる人たちを、心から羨ましく思い、心から尊敬している。
今の仕事に誇りを持ってやっていても、今の仕事が自分と相性の良い仕事だとわかっていても、あの高校生の頃、純粋に「撮りたい」と思った気持ちは簡単には消せるものじゃない。そして、消そうとも思っていない。あれはあれで、俺にとっての宝物のひとつだ。
「坂崎さん、こっち」
今日のカメラマン糸井さんに呼ばれて、モニターの傍に寄る。芸能関係のカメラマンとしては既に中堅の位置にいる糸井さんは、わかりやすく業界人という感じのイケてるおじさんだ。今日も無精髭がキマってる。
簡単な挨拶をして、今日撮りたい写真についての最後の打ち合わせが始まる。と言っても、糸井さんのセンスはこれまでの作品から見ても折り紙付きだ。実力がない者は中堅まで生き残れない。そういうシビアな世界。なので特に心配もしていないし、ほぼお任せで大丈夫です。と、だけ伝える。
「じゃあ、とりあえずアップと引きで全身撮って様子見ていきますか」
「あ。ひとつだけ」
「ん?何」
「笑顔っていうのはちょっと、イメージに合わないかな…?」
「そ?」
糸井さんは少しだけ笑ったが、「瑞稀、そもそも笑わないから大丈夫よ」と言った。
そう返されると苦しい。なぜ苦しいのかはわからないのだけど。
アシスタントが機材やスタジオの小道具のセッティングを進める様子を、なるべく邪魔にならないように壁際に立って眺めている。
多少の知識はあるから、人が足りない時には手伝うこともあるけれど、基本的には彼らの仕事に手を出さないことにしている。領域が違うから。
憧れがあって、知識もあって、あわよくばという気持ちが無いわけじゃないことは自分が一番わかっている。けれど、そこで欲を出してしまうことは俺にとってはタブーだ。
俺はあくまで、写真の道に進まなかった奴である。それは、大学入試に落ちたからとかじゃなくて、大学入試に落ちてそこで諦めた自分への戒めだ。大学で学べなかったとしても、いくらでも写真の道に進む方法はあった。けれど、俺はそれを選ばずに趣味で続けることに決めたのだ。そう、俺がそう決めた。
その自負があるからこそ、妙にしゃしゃり出ていくのはダセェことだと思っている。
俺がここにいるのはグラフィックデザイナーとして。その領域での必要な仕事のためにここにいる。それだけだ。
アシスタントがモデルの立ち位置に代わりに立って、ライティングの確認をしているのを見ていると、俺の横にふわっと風が吹いた。
実際には吹いたのではなく、大きな人間が通ったのだ。瑞稀だった。
「あ、どうも。こんにちは」
俺に気づくと少し顎を引いて、しっかりと目を見て挨拶してくれる。柔和な眼差しだ。
「今日はよろしくお願いします」
会社員の一人として、丁寧に頭を下げる。
『普段使いできるメンズ用カラーコンタクト』というコンセプトなので、衣装は豪華なものじゃない。Tシャツにジャケット、そして細身のジーンズだ。そんなシンプルな出立ちでさえ、めちゃくちゃかっこいいのは、顔の良さと怖いくらいのスタイルの良さのせいだ。
モデルはみんな一様にそんな感じだけど、どうにも瑞稀は俺の好みど真ん中過ぎて、仕事じゃなければめまいを起こしそうなほどだ。
なんとか足を踏ん張って、よろけないように気をつける。
この場所を使って、この機材を使って、写真を撮ることで金銭を稼ぐことができる人たちを、心から羨ましく思い、心から尊敬している。
今の仕事に誇りを持ってやっていても、今の仕事が自分と相性の良い仕事だとわかっていても、あの高校生の頃、純粋に「撮りたい」と思った気持ちは簡単には消せるものじゃない。そして、消そうとも思っていない。あれはあれで、俺にとっての宝物のひとつだ。
「坂崎さん、こっち」
今日のカメラマン糸井さんに呼ばれて、モニターの傍に寄る。芸能関係のカメラマンとしては既に中堅の位置にいる糸井さんは、わかりやすく業界人という感じのイケてるおじさんだ。今日も無精髭がキマってる。
簡単な挨拶をして、今日撮りたい写真についての最後の打ち合わせが始まる。と言っても、糸井さんのセンスはこれまでの作品から見ても折り紙付きだ。実力がない者は中堅まで生き残れない。そういうシビアな世界。なので特に心配もしていないし、ほぼお任せで大丈夫です。と、だけ伝える。
「じゃあ、とりあえずアップと引きで全身撮って様子見ていきますか」
「あ。ひとつだけ」
「ん?何」
「笑顔っていうのはちょっと、イメージに合わないかな…?」
「そ?」
糸井さんは少しだけ笑ったが、「瑞稀、そもそも笑わないから大丈夫よ」と言った。
そう返されると苦しい。なぜ苦しいのかはわからないのだけど。
アシスタントが機材やスタジオの小道具のセッティングを進める様子を、なるべく邪魔にならないように壁際に立って眺めている。
多少の知識はあるから、人が足りない時には手伝うこともあるけれど、基本的には彼らの仕事に手を出さないことにしている。領域が違うから。
憧れがあって、知識もあって、あわよくばという気持ちが無いわけじゃないことは自分が一番わかっている。けれど、そこで欲を出してしまうことは俺にとってはタブーだ。
俺はあくまで、写真の道に進まなかった奴である。それは、大学入試に落ちたからとかじゃなくて、大学入試に落ちてそこで諦めた自分への戒めだ。大学で学べなかったとしても、いくらでも写真の道に進む方法はあった。けれど、俺はそれを選ばずに趣味で続けることに決めたのだ。そう、俺がそう決めた。
その自負があるからこそ、妙にしゃしゃり出ていくのはダセェことだと思っている。
俺がここにいるのはグラフィックデザイナーとして。その領域での必要な仕事のためにここにいる。それだけだ。
アシスタントがモデルの立ち位置に代わりに立って、ライティングの確認をしているのを見ていると、俺の横にふわっと風が吹いた。
実際には吹いたのではなく、大きな人間が通ったのだ。瑞稀だった。
「あ、どうも。こんにちは」
俺に気づくと少し顎を引いて、しっかりと目を見て挨拶してくれる。柔和な眼差しだ。
「今日はよろしくお願いします」
会社員の一人として、丁寧に頭を下げる。
『普段使いできるメンズ用カラーコンタクト』というコンセプトなので、衣装は豪華なものじゃない。Tシャツにジャケット、そして細身のジーンズだ。そんなシンプルな出立ちでさえ、めちゃくちゃかっこいいのは、顔の良さと怖いくらいのスタイルの良さのせいだ。
モデルはみんな一様にそんな感じだけど、どうにも瑞稀は俺の好みど真ん中過ぎて、仕事じゃなければめまいを起こしそうなほどだ。
なんとか足を踏ん張って、よろけないように気をつける。
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