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2章 満たす白 空っぽの黒

7話

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 ――「ふ~、くったくった。ごちそーさま」

「おう」

 身体の殆どが胃袋なのではないかと疑う量を平らげた彼女は、腹をさすって満足気に店を出た。

 帰り道、コートをずって歩く後ろ姿を、東条は黙って見つめる。

「……なぁ、服見に行くか?」

「ん?これでもいいけど」

「動き辛ぇだろ」

「……確かに」

 彼女は余った袖を持ち上げ、言われてみれば邪魔だと頷く。

「行くか」

「ん」

 次の目的地を決めた彼等は、スポーツ用品店へと足を向けた。




 ――「適当に選び」

「ん」

 子供用売り場へ、トテトテと走って行く彼女を見届ける。

 椅子に座って休もうとし……、一度漆黒を解き、自分の着ているボロボロの服を見た。

(……この際だから俺も変えるかな)

 思えば、洗濯はしているものの、握り潰された時からずっと同じ服を着ている。

 彼としては常時服を着ている様なものなので、二、三日裸でも問題ないのも要因ではある。

 東条は服を脱ぎながら商品を物色し、遅めの衣替えの準備を始めた。


 ――数十分後。


「まさー、まさー!」

「なんじゃい」

 試着室から顔だけ出した彼女が、大声で東条を呼びつける。

「そこ座って」

 試着室前に一つ置かれた丸椅子。
 東条は言われるがまま腰を下ろした。

「いくよ」

「おう」

「じゃーん」

「おー、似合ってるじゃん」

 飛び出した彼女が身につけているのは、白の上下インナー、白の半袖、白の短パン、白のランニングシューズ。

「ファッションもクソもないけどな」

「えっへん」

「まぁ褒めてはいる」

 全身白コーデなど、余程自分に自信がある者か、選ばれた美形以外に出来るものではない。

 目の前の蛇は直感でそれを分かっているのか、それとも自覚してやっているのか、どちらにしても性質が悪い。

「まさのも見せて」

「あ?」

「着替えてたでしょ」

 どうやらバレていたらしい。

「しゃーねーな。俺のセンスに酔いしれな」

 漆黒をパッ、と霧散させ、新しいコーデを見せつける。

 黒の上下インナー、黒の半袖、黒の短パン、黒のランニングシューズ。

 ……ファッションもクソの欠片もない。

 彼女は自分の服と彼の服を見比べ、一言。

「……似た者同士」

「YEAH~」
「YEAH~」

 拳を合わせた。


「ジャケットは山岳用から選ぼうぜ」

「なんで?」

「耐水、耐寒、耐熱、どれをとってもトップクラス。おまけに頑丈」

「でもお高いんでしょ?」

「それがなんと、今だけ全品無料ただ!盗り放題セール!」

「わーい」

 商品に向かって走り出す彼女に、一つだけアドバイス。

「なるべく高いやつから選べよー」

「おけー」

 庶民感丸出しの泥棒は、高級品を片っ端から物色していった。


 ――そして最終的に手に取った物。

 自分達が選んだものを、お互いに見せ合う。

「……それお前にはデカいだろ」

「いいの」

 真っ黒のジャンパーに、真っ白のジャンパー。
 面白味など微塵もない。最早ユーモアを殺しにかかっている。

「メーカーは?」

「ラムート」

「……同じく」

 腕に刻印された子羊のロゴが、どこか悲しく見えるのは気のせいか。

 予定調和にも思える結末に、東条は最後の勝負に出る。

「値段は?」

「十五万」

「十三万」

「勝った」

「くっそ……」

 何が『勝った』なのかは果たして永遠の謎ではあるが、彼等の反応を見る限り、それは大事なことなのだろう。

 しげしげとジャンパーに腕を通そうとする東条を、しかし彼女が止めた。

「これとこれ、交換」

「ん?なにゆえ?」

「白黒白黒、面白い」

 自分と彼を交互に指さし、ジャンパーを渡してくる。

 黒い服に、白いジャンパー。白い服に、黒いジャンパー。確かに、

「いいな」

「ん」

 最後の最後にユーモアを見せつけた彼女は、黒のジャンパーをバサリと羽織った。

 腰部分が膝下まで来てしまっているが、ずってはいないので良しとする。

 ――くるりと回ってピースを決める。

 何より、彼女が喜んでいるのだからこれでいいのだ。



「まさそれ消して」

 帰り際、彼女が怒った顔で東条の漆黒を指さす。

「何でよ」

「せっかく選んだのにつまんない」

「んー、でもいきなり襲われたら」

「ここら辺でまさに勝てる奴なんていない」

「……ったく、これで良いか?」

 頭部以外を霧散させ、先の服が見えるよう調節する。

 消すには意識しないといけないのだ。面倒極まりないが、彼女が煩そうなので従っておく。

「頭は?」

「流石に守っておきたいだろ」

「むー、表情見えない」

「俺はいつだってニコニコだよ」

「きしょっ」

「んだとこの野郎」

 ギャーギャーと言い合いながら、彼等は家路に就いた。
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