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4章
4
しおりを挟む案内された場所は、元は金持ちの家だったのか、庭付きの豪邸であった。
突っかかってきた見張り数人の膝を折り、玄関の扉を開く。
「っ……」
「くさ」
途端に漂ってくる、どこか甘ったるく生臭い臭気。東条は諦念を抱き、廊下に足を踏み入れた。
リビングまで進み、すりガラスのドアの向こう。身を寄せ合う何かが此方を見ている。
彼は引き摺ってきた者共を玄関に投げ捨て、ドアノブに手を掛けた。
「……ノエル、カメラ下ろせ」
「何で」
「いいから、……下ろせ」
「……ん」
有無を言わさぬその口調に、ノエルは素直に従った。
東条はドアを押し、室内に一歩を踏み入れる。
「ひっ」
誰ともつかない、そんな怯えの声が、二人の耳を打った。
簡素な服を着せられただけの、心身ともに疲弊した二十人余りの女性。二人を映す彼女達の瞳は、今にも壊れてしまいそうな程恐怖に歪んでいた。
「……はぁ」
「「「(ビクッ)」」」
東条の溜息一つで、女性達の肩が震える。
――血が飛び交い、肉が弾ける、秩序の無くなった世界。
生物が欲のままに自由を手に入れる反面、その犠牲となるモノが出てくるのは自明の理だ。
力ある者が喰い、力なき者が喰われる。
傲慢に、強欲に、憤怒に、嫉妬に、怠惰に、暴食に、そして色欲に。強者の些細な、されど圧倒的な罪一つで、弱者は蹂躙される。
(……あぁそうだ)
改めて思い出す。
ここは血沸き肉躍る、最低最悪で、
最高な世界だった。
ノエルが黙ったまま動かない東条のコートを引っ張る。
「……まさ、」
「ん?どした」
「怒ってる?」
「怒ってる、のかな。……正直、この状況に納得してる自分が、恐ろしいよ」
世界が変わる前の自分なら、少しは取り乱したり、義憤に燃えたりしたのだろうか?
「ノエルは?」
「何が?」
「何か感じるものは?」
透き通った紫の瞳が、もう一度彼女達を射抜く。
「……何も。弱肉強食。子孫繁栄。普通の事」
「ハハっ、普通の事、か。……人間ってのはそうやって割り切れる程、簡単な構造してないんだぜ?」
「……心にもない事を」
自分を見透かす彼女の紫眼に、乾いた笑みが漏れる。
「……だから俺は、それを確かめながら生きてかなきゃならんのさ」
東条は怯える女性達に近づき、膝を曲げ目線を合わせた。
「大丈夫ですよ。私達は貴女方を助けに来たんです」
勤めて優しく、穏やかに話しかける。
恐怖から疑念。疑念から希望。数秒の後、一人の女性が口を開いた。
「……ほ、本当ですか?」
「ええ。特区の外とまではいきませんが、こんな場所よりも安全で、快適な場所へ連れて行ってあげれます」
「……特区?」
「……、今世界中にモンスター、化物が現れているのは知ってますか?」
「はい」
「ここ、山手線の内側は、その中でも特別危険な場所。特区と呼ばれているんです」
今まで情報を奪われていた彼女達の間で、動揺が広がる。
「安心してください。ここ近辺に強力なモンスターはいませんし、近くに避難民達が協力して作り上げたコロニーがあります。そこの人達は皆優しいですし、何より強いです。外からの助けが来るまで、安全に過ごせると思いますよ」
優しい声かけに、徐々に警戒を解いていく彼女達。降って湧いた希望の光に、一人、また一人と立ち上がっていった。
今まで話していた女性が、東条を真っすぐ見つめ、頭を下げる。
「私達を、助けて下さいっ」
次々に頭を下げる弱き者達に、東条は優しく笑った。
「勿論です」
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