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終章 大切なトラウマ
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しおりを挟むすぐに来た馬場も混ざり、ピりついた空気の中皆が向かい合う。
「で、話って?」
東条とノエルは椅子に腰かけ、新を見た。
「まず、勝手に情報を動画にして流したのは謝る。すまなかった」
素直に頭を下げる新。
「……だが、後悔はしていない」
「っ新君!」
しかし顔を上げた彼の目には、確固たる意志が宿っていた。
「今も全国各地に、俺達みたいに危険区域に取り残された人が大勢いるはずだ。その人達が少しでも安心して過ごせるように、俺はするべきことをした」
東条はそんな彼の決意を鼻で笑う。
「なるほど。お前はそのいるかも分からない可哀想な人間の為に、簡単に人を殺せる凶器の扱い方講座を全国に流したと」
「力を向けるべきは、モンスターであって人じゃないだろ」
「お前何見てきたんだ?半グレ共が彼女達に何してた?あいつ等はモンスターか?人間だろ。お前と同じ人間。言っちまえば最も人間らしい人間だよ」
「同じな訳ないだろッ。あれは人の道を外れた獣だ!」
東条は呆れて足を組み、新を見下す。
「論点をすり替えるな。
要するにお前の行動は、その獣さんにも力を与えてるんだよ。例えばお前のおかげで、逃げることしかできない弱者が、凶器を手に入れてパワーアップしたとしよう。それで何か変わるか?何も変わらない。なぜなら獣さんも、同じ凶器を手に入れてパワーアップしてるからだ。
今のお前なら分かるだろうが、初期の魔力量には圧倒的個人差がある。もしかしたらお前みたいに、ノウハウを齧るだけで強くなる人間もいるかもだが、お前が想定しているのは、ここの避難民みたいな無力な人間だろ?じゃあ大半が焼け石に水、ただの付け焼刃だ。そこに戦闘慣れした獣さんと、モンスターと戦ったこともない人間の経験値の差。
お前のおかげでモンスターの被害は減るだろうが、心無い獣さんによる被害が多発するだろうな」
「――っこの技術のおかげで、生き延びられる人が出で来るのは事実だろ!そういうクズ共からは、より力がある人間が守ってやればいい!」
「お前人間の善意に夢見すぎじゃないか?現に今お前の目の前にいる力ある人間は、心から他人の幸福を願って人助けをしているか?ん?
俺みたいなのを例に出すのは違うかもしれねぇが、大体の取り残された奴は自分の事で精いっぱいで、他人の事を考えてる余裕なんてないだろうな。ここの奴等は本当に運がいいよ」
「俺という事例があるんだから、同じ様なコロニーがあっても不思議じゃないだろっ」
「確かに、それは言えてるな」
「それならっ」
「でもおかしいな。お前は取り残された少数を助けるために、殺人の技術を流出させたんだろ?要は少数を尊重して行動したわけだ。
なのに、少数が殺されても、この技術で生き残る人間が出てくれればいいってのは、……ハハっ、矛盾してないか?」
東条の楽しそうな指摘に、新は悔しさのあまり自身の唇を噛み切った。
「――ッ俺はそんな事言ってないだろ!!何でそんな言い方しかできないんだよっ!!」
「加えて言うと、最も被害が出るのは危険区域じゃなくて安全区域だろうな。今あそこじゃ魔法を使った軽犯罪が多発してる。知ってんだろ?
今の日本に銃刀法なんてあってないようなもんだ。そいつらが魔力の扱い方を覚えたらどうなる?簡単だ。秩序は崩れ、弱者は蹂躙される、完璧な魔力格差社会の出来上がり。
お前の浅慮で短絡的な行動のおかげで、モンスターとは無縁だった温かいご家庭にまで、悪意が届いてしまうわけだ。おめでとう!」
「まささん……」
胡桃がスカートの裾を強く握りしめ、東条に訴える。
「――ッ犯罪行為の取り締まりは国の仕事だろ!魔法なんて力が証明された時から、対策を講じるべきだった!俺達を助けに来る暇もないんだっ、時間なんて幾らでもあっただろうからな!!」
「そうだよ国も準備してたんだよ。今回の交渉で、安全区域の治安は一旦収まるはずだった。それをお前がぶち壊したって言ってんだよ。
人の為?笑わせんな。本当にお前は、何処までも自分の物差しでしか他人を計れないな」
「――っ人の命より金を取るような奴にっ、何が分かるって言うんだよッ!!」
「私はいつでも皆の幸せを願ってますってか?ハっ、なんて綺麗で立派なテロリズムだよ」
「――ッ」
「っまささんッ!」
胡桃が泣きそうな顔で東条の肩を掴む。
悲しみからか、怒りからか、その手は少し震えていた。
「まささんの主張も分かりました。でも、新君がそんな風に思ってない事も、分かって下さい。今回の件は私達が間違っていました。……だから、もう、新君を許してあげて下さいっ。お願いしますっ」
自分の事の様に頭を下げる彼女に、ヒートアップしていた東条も心を落ち着かせる。
新がそんなことを思って動画を撮ってない事など、はなから分かっている。ただ、今は明確な敵意と悪意をもって、彼に接しているだけだ。
それにもう仕返しはいい。正直飽きたし疲れた。こんな奴に時間を割くのが、バカバカしく思えてしょうがない。
「分かった。だから頭上げてくれ。俺が悪者に見えちまう」
「ありがとうございます」
胡桃の肩に優しく手を置く馬場は、「やりすぎだよ」、と東条を目で非難する。
「俺は許すけど、ノエルは?」
彼女はトテトテと新まで寄り、その俯く顔を覗き込む。
「ハッ」
最高の侮蔑と軽蔑を貼り付けた顔を見せ、トテトテと東条の元に戻った。
二人の許し?が出た事に、胡桃も安堵の表情を浮かべる。しかし彼女は分かっていない。許すというのは、今後も関係を継続するという意味ではない。二人の中の新との繋がりは、既に断ち切られている。
「んじゃ行くか」
「ん」
「最後に女学生達に挨拶でもしてくかな」
「……」
「なんだよ。下心はないぞ?」
いつもの雰囲気に戻った二人に、室内の空気に温かさが戻ってくる。
……しかしそこで、疲れて椅子に座る新が、力なく口を開いた。
「……まさはさ、大切な人を失ったことがないんだろうな」
ぼそりと呟かれた、独り言の様なもの。
だがその言葉は、確かな鋭さを持って、東条の心の隙間を抉った。
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