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第六章
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体育の時間の一件以来、樹くんは休み時間もそして放課後も私と一緒に過ごすようになった。
たださすがに顔面にボールをぶつけたのはやり過ぎだと思ったのか、それとも先生から叱られたからか、浅田さんが私に対して嫌がらせをすることもあれ以来なくなってはいたのだけれど。
それでも「大丈夫だよ」と言うたびに樹くんが申し訳なさそうな顔をするので、なんとなくズルズルとそのままになっていた。
あの日から私は自分の中の小さな棘が大きくなっていることに気づいていた。本当はずっと気づかないふりをしたかった。気のせいだって、一時的なものだって。
なのに棘はどんどん大きくなり、目を背けることができなくなり始めていた。
放課後の教室で、結月の席に座って樹くんは私に話しかける。その笑顔を見ながら心がざわつく。
あんなに好きだった樹くんといっしょにいるはずなのに、どうして――。
「ねえ、加納さん」
「え?」
樹くんの呼びかけに私が顔を上げると、鼻先が触れそうな程の距離に樹くんの顔があった。そのまま樹くんは目を閉じると――私の方へと顔を寄せた。
「やっ……!」
キス、される。
そう思った瞬間、私はその身体を押し返してしまっていた。
「あ……」
目の前に座る樹くんが、傷ついたような表情を浮かべているのがわかった。でも、どうしてもそれだけは受け入れられなかった。
だって、だって。
「泣かないで」
「え――」
樹くんに言われて私は自分の頬に触れた。いつの間にか溢れだしていた涙が頬を濡らしていた。
「なん、で、わた……し……」
次から次へと溢れだしてくる涙に、私はようやく気づいた。
私が好きなのは、本当に好きなのは樹くんじゃなくて、蒼くんだったんだ。
ぶっきらぼうで、口が悪くて、でも本当は凄く優しい蒼くんのことがいつの間にかこんなにも好きになっていたんだ。
「わた……し、ごめ……な、さ……」
「謝らないで」
「で、も……」
樹くんは悲しげに首を振る。その表情があまりにも辛そうで、胸の奥が痛くなる。
けれど樹くんはそんな私にそっと微笑みかけた。
「自分の、本当の気持ちに気づいた?」
「ごめ……な、さ……」
「泣かないで」
私の頬に樹くんが手を伸ばした。けれどその手が私の頬に触れる前に、誰かが樹くんの腕を掴んだ。
「何泣かせてんだよ」
「あお、い、く……」
「ふざけんなよ、お前」
違うと、樹くんが泣かせたわけじゃないんだと言いたいのに上手く声が出せない。
そんな私の態度をどう受け取ったのか、蒼くんは樹くんの学ランの胸元を掴んだ。
「俺は泣かせるためにこいつを諦めたんじゃねえんだぞ!」
「ち、が……」
蒼くんの腕を掴み、必死に首を振る私を蒼くんは驚いたような表情で見つめていた。
「私が、悪いの。樹くんは悪くないの」
「どういうことだよ」
「私が……本当の、自分の気持ちに気づかなかったから」
前までならきっと言えなかった。自分の気持ち押し殺して、樹くんのことを受け入れて楽な方に誰も傷つかない方に逃げようとしていたと思う。
でももう、自分の気持ちをぞんざいに扱いたくない。なかったことにしたくない。
「本当の気持ちって……」
蒼くんは思わずといった様子で樹くんから手を離す。その手を私はぎゅっと握りしめた。ゴツゴツとしていて、それでいて優しい手を。
「好きです」
「……は」
「蒼くん、私は……あなたのことが、大好きです」
今度は間違いじゃない。私の、本当の気持ち。
まっすぐに伝えた言葉が届いたかどうかは――真っ赤な顔で口を開けたまま私を見つめている蒼くんの姿を見たらわかった気がした。
たださすがに顔面にボールをぶつけたのはやり過ぎだと思ったのか、それとも先生から叱られたからか、浅田さんが私に対して嫌がらせをすることもあれ以来なくなってはいたのだけれど。
それでも「大丈夫だよ」と言うたびに樹くんが申し訳なさそうな顔をするので、なんとなくズルズルとそのままになっていた。
あの日から私は自分の中の小さな棘が大きくなっていることに気づいていた。本当はずっと気づかないふりをしたかった。気のせいだって、一時的なものだって。
なのに棘はどんどん大きくなり、目を背けることができなくなり始めていた。
放課後の教室で、結月の席に座って樹くんは私に話しかける。その笑顔を見ながら心がざわつく。
あんなに好きだった樹くんといっしょにいるはずなのに、どうして――。
「ねえ、加納さん」
「え?」
樹くんの呼びかけに私が顔を上げると、鼻先が触れそうな程の距離に樹くんの顔があった。そのまま樹くんは目を閉じると――私の方へと顔を寄せた。
「やっ……!」
キス、される。
そう思った瞬間、私はその身体を押し返してしまっていた。
「あ……」
目の前に座る樹くんが、傷ついたような表情を浮かべているのがわかった。でも、どうしてもそれだけは受け入れられなかった。
だって、だって。
「泣かないで」
「え――」
樹くんに言われて私は自分の頬に触れた。いつの間にか溢れだしていた涙が頬を濡らしていた。
「なん、で、わた……し……」
次から次へと溢れだしてくる涙に、私はようやく気づいた。
私が好きなのは、本当に好きなのは樹くんじゃなくて、蒼くんだったんだ。
ぶっきらぼうで、口が悪くて、でも本当は凄く優しい蒼くんのことがいつの間にかこんなにも好きになっていたんだ。
「わた……し、ごめ……な、さ……」
「謝らないで」
「で、も……」
樹くんは悲しげに首を振る。その表情があまりにも辛そうで、胸の奥が痛くなる。
けれど樹くんはそんな私にそっと微笑みかけた。
「自分の、本当の気持ちに気づいた?」
「ごめ……な、さ……」
「泣かないで」
私の頬に樹くんが手を伸ばした。けれどその手が私の頬に触れる前に、誰かが樹くんの腕を掴んだ。
「何泣かせてんだよ」
「あお、い、く……」
「ふざけんなよ、お前」
違うと、樹くんが泣かせたわけじゃないんだと言いたいのに上手く声が出せない。
そんな私の態度をどう受け取ったのか、蒼くんは樹くんの学ランの胸元を掴んだ。
「俺は泣かせるためにこいつを諦めたんじゃねえんだぞ!」
「ち、が……」
蒼くんの腕を掴み、必死に首を振る私を蒼くんは驚いたような表情で見つめていた。
「私が、悪いの。樹くんは悪くないの」
「どういうことだよ」
「私が……本当の、自分の気持ちに気づかなかったから」
前までならきっと言えなかった。自分の気持ち押し殺して、樹くんのことを受け入れて楽な方に誰も傷つかない方に逃げようとしていたと思う。
でももう、自分の気持ちをぞんざいに扱いたくない。なかったことにしたくない。
「本当の気持ちって……」
蒼くんは思わずといった様子で樹くんから手を離す。その手を私はぎゅっと握りしめた。ゴツゴツとしていて、それでいて優しい手を。
「好きです」
「……は」
「蒼くん、私は……あなたのことが、大好きです」
今度は間違いじゃない。私の、本当の気持ち。
まっすぐに伝えた言葉が届いたかどうかは――真っ赤な顔で口を開けたまま私を見つめている蒼くんの姿を見たらわかった気がした。
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