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三の罪状

惨劇の予兆

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前方に一つの人影が見えたのは。


「此処は私有地だ。お引き取り願おう」


紳士的だがドスの効いた声。


黒スーツにネクタイと、オールバックで銀縁四角眼鏡がまるで執事風貌。


その我体の良い男は世良のボディーガード兼、divaの一員で間違いなさそうだ。


明らかに警告は二人へと向けていた。


「でさぁ、琉月ちゃんとはもうひと押しなんだよ――」


だが時雨は目の前の存在に気付かないのか、幸人に熱弁しながら歩みを進めている。


「そうは見えないがな……」


「何言ってやがる! 見て分かんないのかよ俺達の仲を?」


時雨のみじゃない。幸人さえもまるで気付いてないかの様な振るまいで、時雨の熱弁を受け流しながら、躊躇無く歩を進めていた。


対象と目前に迫っていく。


その距離、およそ五メートル。


「ふざけた連中だ……」


屈強な男は眼前の二人の無知無謀さに呆れながらも、スーツの内側から何かを取り出す。


「まあ此処では死体となっても帰れないがな」


取り出して右手に持ち、二人に向けられたのは黒い小型拳銃。


そう――


「えっ!?」


それは照準を合わせる、ほんの一瞬の間の事だった。


「居ないっ!?」


歩み寄って来る二人の姿が、男の瞳に映っていなかったのを――


男は己の目を疑った。


一瞬たりとも二人から目を離してはいないはず。


まるで目の前から消えたのだ。


「どっ……何処に行った!?」


男は得体の知れぬ現象から焦りを隠せず、辺りをキョロキョロと伺っていた。


「まあ先に結婚するのは間違い無く俺。お前は根暗君だから無理無理」


「お前の様な軽い男よりマシだ……」


声が聞こえた方角。それは己の背後から。


『――んなっ!?』


男は驚愕に絶句し、振り返った先にあるのは、まるで自分を見ていないかの様に、談笑しながら遠ざかっていく二人の後ろ姿だった。


片目の黒猫のみが、肩側から此方を伺っている。


それより何時の間に後ろに移動したのか?


「ふざけやがって!」


腑に落ちない現象に戸惑いながらも、男は銃口を二人の背後へ向けた。


「……えっ!?」


不意に感じる違和感。


ようやく気付いたのだ。


「――えぎゃあぁぁぁっ!!」


闇の静寂に響き渡る、男の悲痛な絶叫。


銃を握っていたはずの右手が、その手首より無くなっている事に。


「おっ! 俺の手がぁぁぁ!!」


右手首断面より溢れ出す血液。


訳も分からず、狂った様に絶叫する男。


そして――


「あっ……あぁああぁぁぁっ!!」


突如、男の身体の隅々より浮かび上がる、赤い線上の様なモノ。


「――ぁがっ!?」


そして“それ”は噴き出す鮮血となって、五体そのものを強制的に、そして多数に分断。


男は断末魔の悲鳴もそこそこに、その場で無惨な肉塊に成り果てていた。


“何時……斬ったんだ?”


その一部始終を眺めていたジュウベエは、その突然の惨事に戸惑っていた。


相手に気付かれない内に移動するのは、幸人と行動を共にする彼にとっては日常茶飯事。


狂座に属する彼等の動作は、常人の視覚領域では反応出来る訳がないからだ。


だが突然男の右手が無くなり、その後バラバラに分離された事。


それは分からなかったが、少なくとも――


“これは幸人の仕業じゃない”


ジュウベエは陽気に語り続ける時雨へ視線を向けた。


ふざけてはいるが、仮にもSS級――


「ところでさぁ……」


ジュウベエの視線や思惑に気付いた訳でもないだろうが、時雨は不意に話を逸らす。


「お前、動物と話せるんだっけ? その黒猫、何て言ってんだ?」


そしてその瞳は明らかにジュウベエへと向けられていた。


「――うっ!」


“自分の視線に気付かれた”


ジュウベエは思わず言葉を失い、全身に緊張が走る。


それは戦慄か?


「……お前と同じだよ。あの仲介人が、実は絶世の美女だと疑ってたんだとよ」


すかさず幸人のフォロー。勿論間違ってはいない。


途端に時雨は目を輝かせて――


「おぉやっぱり? 見る目あんじゃん! 仲良くしようぜ黒猫」


そう親しげにジュウベエへと手を伸ばした。


「寄るな!」


“シャアッ”とジュウベエは猫パンチで時雨を威嚇。


「わはは、そう毛嫌いするなよ」


構わず撫でてくる時雨に、ジュウベエは戸惑いを隠せなかった。


陽気な表情。だが虫も殺さぬ様な顔で、あっさりと先程の男を“消去”した彼に――


「お喋りはその位にしておけ。見えてきたぞ」


じゃれあう二人を余所に、幸人が口を紡ぐ。


その言葉通り、前方には闇を朧に建造物が見えてきた。


世良の豪邸、divaの本拠地。


「ようやくか。腕が鳴るぜ」


陽気だが真顔に戻った時雨を横目に、ジュウベエは確信する。


「お気の毒にな……」


彼も同じ――人の皮を被った死神なのだと。


“惨劇の予兆”


――その呟きは誰が為に?
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