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第1章 蒼月の侍

二話 奇襲?

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「その話、詳しく聞かせて貰おうか?」


突如漆黒の森の木陰から、何者かが姿を現す。


「何奴!?」


二人はその声がした方向を振り向き、警戒を以って問い掛けた。


“誰だ? こいつは……”


木陰から姿を現したのは、黒い着流しを纏う長身痩躯の、男とも女とも取れる中性的な顔立ちの若者。


一際目立つ長い蒼髪、そして冷酷そうなその瞳まで、深い蒼色であった。


「何者かなんてどうだっていいんだよ。俺が聞きたいのは、その直属部隊とやらを倒したという奴の話だ」


無感情かつ面倒臭そうにその男は、軍団員の二人に問い掛ける。


左腰に差した日本刀が侍で在る事に間違いは無さそうだが、少なくとも狂座の者では無い事は、二人の反応からして明白。


「貴様!  我々が狂座第十二軍団の者と知っての事か!?」


一人が蒼髪の男に、掴み掛からん勢いで歩み寄る。


「十二軍団だか何だか知らんし、どうだっていいな。お前じゃ話しにならんみたいだし……」


蒼髪の男は、歩み寄って来た軍団員の一人に右手を翳す。


「死んどけ」


ーー刹那、軍団員の男の首から上が、水風船が割れたかの様に破裂する。まるで花火が弾けた様に、辺りに血飛沫が舞い上がった。


そしてそのまま後方に倒れ、何が起きたか分からないかが如く、首から上を失った躯は不規則に痙攣を繰り返していた。


“なっ……何だ!? 一体何がどうなって……”


いきなり頭が無くなり、物を言わぬ骸と化した同僚。その突然の惨劇が、まだ頭では理解出来ない。


鼻腔に血の臭いが刺激し、吐き気を催してくる。


暗闇の中、月明かりに妖しく照らされた目の前の蒼髪の男は、薄ら笑っていた。


“こ、殺される!”


「てっーー敵襲!!」


暗闇の静寂を切り裂くが如く、残された軍団員の叫び声が辺りに木霊する。


「何事だ!?」


その声を聞き付け、ぞろぞろと他軍団員達が集まってきた。


“た、助かった……”


生き残った男は安堵する。得体の知れぬ者だが、この人数ならひとたまりもあるまいーーと。


その数、およそ二十数名。


「面倒臭いな……。虫共がわらわらと集まってきやがったか」


蒼髪の男は、この人数を前にして少しも怯む処か、まるでーー


『殺すのは簡単だが、面倒は御免だ』


と言わんばかりの、余裕の佇まいに見えた。


「人間如きが一人で奇襲に来るとは、我々も随分と舐められたものだな」


西洋の大剣を携えた、全身甲冑を纏う大柄な剣士風の男が、蒼髪の男を取り囲む軍団員達の奥より歩み寄る。


「軍団長!」


「おお!  アルマ軍団長様!」


モーゼの十戒の様に、海が二つに割れるが如く軍団員達は道を開ける。


“狂座第十二軍団長アルマ”


その威厳は古代ローマ闘技場、歴戦のグラディエーターが如く。


『アルマ軍団長が一騎打ちを成されるか?』


軍団員の誰もがアルマに心酔していた。その歴戦の実績と、軍団長としての確固たる実力。


この軍団長の下に居れば、第十二軍団も安泰と誰もが確信していた。


「大将虫までやってきたか。ホント面倒臭いな」


“……どうした事だ?”


火の番をしていた軍団員の男は、この圧倒的優位な状況に置いて尚、ある奇妙な違和感を拭えない。


この蒼髪の男は、軍団長まで含めたこの圧倒的な危機的状況を前に、まるで危機感というものを感じられない。


余程自信があるのか、それとも相手の戦力も見抜けない程の馬鹿なのか。得体が知れないとはいえ、間違いなく後者の筈。
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